討伐
「なっなんだと! お前は神の神託にて選ばれた勇者だと言うのか!」
ちょっと白々しかっただろうか? 勇者くんの心は、神(笑)に選ばれたという選民意識に支えられているみたいだ。
「ああ。そうだ。俺の事はなんと言われようと構わないが、この勇者の称号は汚すわけにはいかない!」
論理が破錠しているのに気がつかないくらい洗脳された、超一流の勇者だった。
「貴様の様な奴が神に選ばれていたとは……」
「俺は神の神託を受けた。貴様の様な奴を倒すために選ばれたんだ」
「そうか……では、私はどうしたら良い? 私は貴様に全てを捧げさせてしまった。どうしたら神に報いる事が出来るのだ?」
「その子を治療し、俺の裁きを受ければいい」
「死ね!……」
もう限界だった。何この頭沸いちゃってる勇者(笑)は?
マジで超ヤバイんですけど! 全てを捧げる(笑)とか約束したくせに、選民意識強すぎて自分イコール神(笑)の代弁者にでもなってんのかな?
ちょっともうマジで最高だわ!
『ねーねー! 魔王さーん。どうする? この後どうする?」
——お前を選んだのは正しかった様だ。実に面白い余興だ。この後もお前に任せる。自由にするがいい。
『えー! なんかリクエスト無いの? この勇者くん最高だよ?』
——ならばもう充分楽しませてもらった。殺せ。
『却下』
——好きにしろ。任せた。
『うえぇ! さっきから殺せしか言ってないじゃねぇか! なんか面白い事言えよ! おーい』
また逃げられたようだ。でもまあ、満更でもないご様子だったので良しとするか。
「欲望と権力の権化め! 貴様のような奴に神を語る資格が有ってたまるものか! 都合の良い解釈で正義を振りかざす外道が!」
「なっ……。神を愚弄する気か!」
「お前は神に会ったことでもあるのか? その神託とやらは幻聴か茶番ではないのか? お前の言う神は本当の神か? 人間のような意地汚い愚民に神が神託を授けるわけがないだろう?
誰がそれを神だと言ったのだ?
厳格な神父か?
時の運で権力を持った王様か?
たかが人間の弱さによって祭り上げられた権力者に言われただけで神とは笑わせる。
いい加減にありもしない偶像崇拝など辞めたらどうだ?」
「神はいる!」
「ならば証明してみせろ」
「くっ……だが、存在しない事は証明出来ない!」
「私は幼子をあやすのは得意ではないのだ。無いものを証明させようなど悪魔の所業ではないのか? お前の世界では文化レベルが低すぎて理解できないか?」
「悪魔の所業だと! 貴様……それは……神への冒涜だ!」
「ここまでとは救いようが無いな。知能の低い脳筋に時間を費やすことになってしまった私に詫びてくれないか? この無駄な時間をどうしてくれる!
神などと戯言を言い悦に浸る前に、その女を助けるのではなかったのか?
もう随分と全身の痛みに悶え苦しんでるぞ。神の代弁者であるお前の行いによってな。
神などと言う居もしない、今苦しんでいる娘一人助けられないお前の心の拠り所のせいで、苦しみは長引くばかりだ。
お前がしなきゃいけなかったのは神を冒涜した私への講釈ではなく、そこにいる娘にお前が行った罪を償うことではないのか?」
「神は個人を助けたりはしない。人類を見守っているのだ。
もちろん罪は償う。神に誓って」
「じゃあ、どうするのだ?」
「彼女にしてしまった罪は、俺がお前を倒す事で償う!」
「くっ……くく。あー。ははっ。あーっはっはっはっは。
責任転嫁しかできない屑。
選民意識で愉悦に浸る屑。
目覚めたばかりだと言っているのに、やってもいない罪を着せる屑。
女一人の命より、居もしない神に縋る屑。
危害を一方的に加えている加害者なのにも関わらず、道理の通らない正義を振りかざす屑。
それがお前の言う崇高な勇者の全てだ」
「もうなんとでも言うがいい。人を惑わす悪魔……魔王め! もう俺は騙されない! 貴様を殺すと神に誓う!」
「クククク。うっ。うはぁ。はぁ。はぁ。一体誰に向かって言ってるんだ? 早く殺せ。大義など語らずとも良い。お前の好きしろ」
「うわぁぁあああ! 死ね! 魔王! グラビティ・ボム!」
突然現れた黒い球体が俺を包む。球体内の重力が内側に向かって急激にベクトルを変える。
耐えきれなくなった体液が体から吹き出し、全身が圧縮される。
球体が収束を終えると、俺の体は消えてしまった。
「はぁ。はぁ。はぁ。やったか? ついに……俺は魔王を殺した……。ああ、やっと皆に報いる事が出来る……」
魔王との戦いを終え祭壇に残ったのは勇者と、焼け焦げた女だけだった。
「あっ……。くっ……。うぎぃ……。」
女は床で悶え苦しんでいる。
「……」
「あ……。あぁ。……あぁ」
女は苦しみの最中、誰かを探すように手を伸ばす。
「……」
「……」
「……」
・
・
・
「へァ……。ぁぁ。あ……」
「かっ……。あぁ。あぁ。」
「う……。あぁ。……たっ」
「すっ……。あっ……」
「……!……!」
「……。ぁ……」
死なない。女はいつまで経っても死ぬ事が出来ないでいた。
勇者が犯した罪は、神の神託を遂行して償いを終えた。
この焼けた女が死ねずに苦しみ続けているのは、魔王を倒すための尊い犠牲なのだ。
勇者は魔王を倒し、真の勇者となった。
ガタッ
真の勇者は戦いの疲れが出たのか、膝から崩れ落ちた。
真の勇者が達成した偉業は、魔王討伐という最高の巻引きで終わった。
この後も、後世にわたり、真の勇者の伝説は語り継がれるだろう。
「嫌だ……」
「いっ……!っ……!」
「なんでこうなった……。俺は魔王を討伐したんだ……。神託を守り、人類の敵を討ち取ったんだ……」
ボソボソと声にならない声で、真の勇者は戦いの余韻に浸る。
誰に聞かせようとしたのだろうか? そこには、真の勇者が燃やした女しかいない。
死ねずに苦しんでいる。
ここは、神に祈り、彼女を苦しみから解放してやるべきだろう。
それが、神に選ばれた真の勇者にしかできない彼女への贖罪ではないだろうか?
このままでは魔王の呪いによって、永遠苦しみを味わい続ける事になるだろう。
悪魔のような魔王は、真の勇者によって討伐されたのだ。
神の導きによって、倒されたのだ。
真の勇者の行いは間違っているわけがない。
それは、神が導いた結果なのだから……。
真の勇者は苦しみに悶える女の首元に、聖剣の切っ先を近づける。
「っ……。かっ……。……。!!」
「……息が出来ないのかい?……苦しかったね。……今……その苦しみから、解放してあげるからね」
ガスッ! びしゃ。
真の勇者は女の首に聖剣を突き刺した。
女の首から鮮血が吹き出す。
心臓はポッカリと無くなっているのに、その勢いは収まる事なく真の勇者を赤く染める。
女は鮮血を撒き散らし、ビクビクと痙攣している。
「……」
「……」
「……」
・
・
・
「おい……。嘘だろ?……なんでだよ! なんで死なないんだよ!」
真の勇者は女を焼き、全身の苦しみを与えた。
真の勇者は女の首を突き、全身の熱を奪った。
しかし、女は死ねなかった。
鮮血を撒き散らし、痙攣している。
いつまでも……
いつまでも……
屑対屑の装いですね!