勇者と魔王
段々とイライラして来た。
あれから五分程沈黙が続いている。勇者は八方塞りで動けず、女は静かに泣いていた。
そろそろ我慢の限界だ。
「お前達いい加減何か言ったらどうだ? 勇者よ、お前は俺を殺すんじゃなかったのか?」
「……魔王……お前……この女性をどうする気だ」
ようやく沈黙を破った勇者が語った言葉がそれだった。
「自分が助けられないと悟り、敵である私に何を求めるのだ? お前は俺が死ねば女の生き死になどどうでも良いと言っていたじゃないか。先程までの威勢はどうした? 国を支配された恨みとはそんなものだったのか?」
「くっ……言わせておけば……お前にわかってたまるか!」
「じゃあどうするのだ? もういい加減飽きてきたところだ。今のお前ではどうする事も出来ない。早々に立ち去れ」
「ふざけるな! 俺は人類の敵であるお前を前にして逃げるわけにはいかないんだ!」
「ふむ。では、理由を作ってやろう」
俺は女の体から触手を抜いた。
「あ……。はっ……」
蹲っていた女は前のめりに地に伏せ、吸う事のできない息を懸命にしようとする。
「く……き……キサマ……うぁああああああ!!」
勇者が奇声をあげ向かって来た。今度は首跳ねられたようだ。
「やめて!……お願いだから……もうやめて……」
勇者が向かって来ると同時に女を触手で蘇生させていた。
転がった首から見上げる勇者はどこか虚ろな瞳で俺を見下す。
「女はやめて欲しいそうだぞ?」
首が離れた哀れな状態で勇者に語りかける。
「なぜだ……そんな状態でなぜ死なない……」
「私にもわからないな」
「クソ! クソ! クソ! なんで俺に反撃しない! なんでだ!!」
「人間など下等な生物の愉悦に付き合ってやる程心が豊かではないのだ。許せよ」
「愉悦? 愉悦だと? 俺が悦に浸ってるとでも言いたいのか! ふざけるのもいい加減にしろ!」
「もっともらしい敵を倒して愉悦に浸りたいのだろう? 復讐のための犠牲にその女を捨て去れば良いではないか。くだらない小物のすることは面白くないな」
「……死ね」
グチャ。
勇者に頭を潰されたようだ。勇者の足には、俺の体液が付着している。
その様子を離された胴体から頭を再生して見ていた。
この体なんでもありだな。
「気が済んだか? 小物の勇者よ」
「……あぁああああああ!! ファイア・アロー! ファイア・アロー! ファイア・アロー! ファイア・アロー! ファイア・アロー! ファイア・アロー! ファイア・アロー! ファイア・アロー!……」
ちょっと煽ってみたが、勇者と言われるだけある。初級魔法っぽいが、一発一発がかなり痛かった。
俺の体が燃え上がり、触手を伝って女の方にまで火の手が上がる。
やがて目を見開きながら苦悶の表情を見せる女の全身を炎が包み込む。
俺は燃え盛る体から分離し新たな個体を形成する。
「おやおや、女が燃えているぞ。良いのか? 小物勇者よ」
何故だか勇者くんを煽るのがこの上なく楽しくなってきた。
下を向き動かなくなった勇者くんめがけて女を放ってみる。
ナイススローにて丁度下を向く勇者くんを見上げるように投げてやった。
「魔王……悪魔……あぁ。ウ……ウォーター・ヒール」
小物勇者は耐えきれずに魔法で炎を消した。そこには癒しきれずに焼け焦げた女が寝そべる。
「くっ……くははははははは! なんだそれは? お前のせいで女は焼け焦げてしまったぞ! はーっはっはっはー。どうするのだ小物勇者よ。お前が焼いてしまった肌は醜く赤黒く爛れてしまっているぞ!」
「もういい……」
「何がだ?」
「もういいって言ってんだよぉ! お前は絶対に俺が殺してやる!お前は……!!」
「痛い……うぅ。痛いよぉ。もう、やだよ……暗いよ……いやぁ」
勇者くんの死角から、焼けただれた女の心臓を突き蘇生させていた。
はてさて、勇者くんはどんな反応をみせるのかな?
「女よ、目が見えないのか? なんて酷いことをするのだ。小物勇者よ」
「いや……違う……そんなつもりじゃ……」
「何が違うのだ?」
「俺のせいじゃない……お前が」
「私が何かしたか?」
「お前のせいだ……」
「そうかもしれないな」
「全部お前のせいでこうなった」
「そうだな。お前はこの女を助けようと必死だった」
「そうだ! 全部お前がいたからこんなことになるんだ!」
「そうだな。では私を殺せ」
勇者は心もとない足取りで剣を振り上げ近づいてくる。
俺はそんな勇者くんに女を放った。
勇者くんは投げつけられた女の勢いに負け、一緒に倒れ込み、床に打ち付けられた。
「痛い……誰? ごめんなさい。全身が痛くて動けないの。ごめんなさい」
「俺の……」
「俺の?」
勇者くんの言葉を遮り煽ってみる。また、聞くに堪えない罵詈雑言を吐露するのだろうか?
「……俺のせいだ。俺が……君をこんなに傷つけてしまった。俺のせいだ……すまない……俺の」
勇者くんは声にならない声で女に謝罪をする。
「どうするのだ勇者よ! 皆の希望だったお前はか弱い女をこんなにしてしまって。お前はいったいこの女にどう償うというのだ?」
「どうすることもできない……。俺にはこの子を治してあげられる力は無い……」
「それで許されるとでも思っているのか? 大勢の希望だったお前が、こんな事をしていると知ったら皆は許してくれるのか?」
「あぁ……。すまない……。俺は……」
「どうするのだ!!」
「ひっ……。まっ魔王よ……この子をたす……」
「あぁ!? 聞こえんぞ! もっとはっきりと話せ!」
「この子を助けてくれ!!」
『うわぁ。なんかついに勇者くんは魔王と罵った俺に助けてくれとか言い出したわー。無いわー。
仮にも勇者だろうに。俺の知っている……なんだ……えーと、なんだっけ? 思い出せないー、あー、ヤベーまた頭痛してきたー。
まあいいや、おい! 聞いてるか! どうする?』
——好きにしろ。
『えー。投げっぱなし良くないよ』
——ならば殺せ。
『却下』
——
『あ、また逃げやがった。しょうがない』
「なんて自分勝手な奴なんだお前は! 勇者が聞いて呆れる。この娘を助けたければ、お前の全てを差し出せ。お前の故郷を蹂躙した魔王に跪け」
「くっ……うぅ。魔王よ……。俺の全てを捧げる。……だから、この子を救ってくれ。」
勇者は跪き忠誠誓うようなカッコいいポーズを取る。
なんか釈然しないしムカつく。
「貴様の世界ではそれが礼儀作法なのだろうが、我等の儀に従ってもらおう。両手両膝を地につき、肘を曲げて額を地面に押し付けるのだ! さあ、簡単であろう? さあ、早く!」
「きさ……ま。どこまで愚弄すれば……」
「黙れ小僧! お前にこの娘が救えるのか? 殺す事しか能のないお前に何が出来る!
全てを捧げる等と軽々しく言い放ち、礼儀すらもまともに通せない小物が!
その強大な力を持ったが故に勇者などと持て囃され愉悦に浸るだけの汚物が! 偽善者が!
貴様にはとても良く似合っているよ、「勇者」というんだろう? お前みたいな奴を」
「貴様……神の神託にて選ばれた勇者の称号を汚す事は許さんぞ……」
勇者くんは煽り耐性がゼロの様だ。先程のイライラはいつのまにか、ワクワクとした好奇心へと変わりつつあった。
一ミリも共感出来ない悪魔の様な魔王像を描こうとしたら、人間味あふれる魔王になってしまった。
書き終わって読み返したら驚きました。
この話は意図せず思惑と外れて面白かったです。