王
第2章 植物の王
——お前の役目は人間世界を支配し家畜を生産すること
——一人残らず生きている人間を隷属させること
——敵対する人間を全て食い殺すこと
——我等同族を繁栄させること
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「頭が痛い……」
寝起きは最悪で、休日に寝すぎたような気だるさと偏頭痛に苛まれていた。
頭痛薬でも飲もうと重たい体を起こし目を開けると、そこは知らない場所だった。
『どこだここ? 昨日はどうしたんだっけ?……うっ!』
頭痛が激しくなる。
『なん……だ。痛ったいなー。 あー! 思い出せない』
昨日の事を思い出そうとすると、どんどん痛みは増していった。
痛みに耐えきれず僕は思い出そうとする事をやめた。
『ダメだ、思い出そうとするとどんどん痛みが増していく。……もういいや、とりあえずどうしようか』
思い出すのを諦めると、今度はどうすればいいか思考する。
不思議な事に、頭痛は少し良くなったようだ。
『にしても、なんだここ? 祭壇? 石の上で寝てたのか……そりゃ怠いわ』
辺りを見回すとそこは祭壇の様だった。
「お目覚めになられましたか?」
祭壇の前で跪くローブを着た怪しい人影が話しかけてきた。
「誰だ?」
自分の語り口調がおかしい。普通は「どちら様でしょうか?」だろうに。
何故こんな偉そうな事を言ってるのか? 雰囲気に飲まれたのかもしれない。
その前に、声もおかしい野太過ぎる。それに倍音の様で気持ち悪い声だ。
「ラミアとお呼びください。お世話を務めさせていただきます」
「ほう」
「ほう」じゃねぇだろ。全然意味がわからない。
なぜ咄嗟にそんなことを言ったのか不思議でしょうがなかった。
「まずはお食事をご用意しております。どうぞ」
ラミアが蔓のような物で縛られた人間を差し出す。
全身を白い布で身を整えた美しい女性だった。
ラミアは何を言っているんだろうか? 食事? この女性をどうしろと言うのか?
「ラミア。こいつをどうしろと?」
「お気に召されませんでしたか?」
「お前が何を言っているのかわからない」
「お目覚めになったばかりでしたね。申し訳ございません。手を触手に変え、心臓をお突きください」
「いやーーー!」
先ほどまで震えて下を向いていた女性は泣きながら叫んだ。
すかさず女性の口に蔓が巻き付き声を殺す。ガタガタと震え涙が止めどなく溢れている。何かを言いたそうに声にならない声を出すも蔓に口を塞がれていて聞き取れない。
「失礼を致しました。では、どうぞ」
「口を塞いでいる蔓を外せ。何か言いたそうだ」
「はっ」
女性の口輪が外れる。
「なんなの! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの! こんな事したら、あなたアマテラスに罰を受けるわよ!」
「なんだそれは?」
「この世界を見守っているシステムよ。知らないはず無いでしょ?」
「今目覚めたばかりでよくわからないんだ。お前を食したらどうなるんだ?」
「アンドロイド達があなたを処刑しに来るでしょうね」
「処刑? 私を殺しに来ると言うことか?」
「ええ、そうよ」
「では、お前はそのアマテラスの仲間か?」
「仲間も何も、人類全てがアマテラスの支配下よ!」
——殺せ。
——我等の敵は殺し尽くせ。
——それがお前の使命だ。
誰かが脳内で語りかけてくる。
女を殺したいという衝動が溢れ止められなくなる。
気がつくと手が触手に変わり女の心臓を貫いていた。
「や……。い……や……」
触手から何かが伝わって来る。とても心地よい、満足感溢れる何か。これが食事なのか。
初めての食事。ゆっくりと、噛みしめる様に心地よさを味わう。
「なん……で? なんで痛く無いの? こんなに血が出てるのに……」
どうやら女は痛く無いらしい。
「女よ。選べ。死か、家畜か」
え? 死か家畜か? 何言ってんだ俺は。
「死ぬのも家畜も嫌よ! 早く抜いて! いや!」
反発する言葉を聞き、抑えられない激情が湧き上がる。
「ならば苦み死ぬがいい」
貫いた触手を抜く。
「かっ……あっ……」
女が声にならない声を出す。床に血を吐きながらこちらに手を伸ばす。
面白そうなので、もう一度触手を心臓に突き刺した。
女性の顔色が段々と戻り、触手を掴む手の力が強くなる。
「なに……これ……。こんなのいや……」
「お前は私に生かされているのだ。下手な言動は寿命を縮める事になる」
「いや、死にたく……ない。でも……こんなのも嫌! 誰か……たすけて……」
心臓に俺の触手が突き刺さった女が呟く。そりゃ嫌だろうな。
見た目は血がいっぱいでグロテスクだし、触手刺さってないと死んじゃうみたいだし。
そんな場違いな考えに浸っていると……
「やめろー! 魔王! その人を離せ!」
更に場違いな野郎がどこから来たのか騒がしい。
「なんだお前は?」
「忘れたとは言わせないぞ! 戦いの途中で転移で逃げやがって!」
「私は今目覚めたばかりなのだが? 勘違いでもしているんじゃ無いか?」
「お前の顔を忘れるわけがないだろう! 俺の国をまるごと植物の餌にしやがって! お前だけは絶対に許さねえ!」
どうやら俺はこいつの国を滅ぼした奴のそっくりさんみたいだ。
人違いで殺されるのは勘弁願いたい。
——そいつは勇者と呼ばれていた異世界の人間だ。
——我等がそいつの国の人間を家畜にしたのが気に入らないらしい。
『さっきから気になってたけど、お前誰だ?』
——私はお前だ。そして、お前は私だ。
『なんなの? その気持ち悪いポエムみたいなの。寒気がするからやめて』
——今はまだ時が足りない。やがてわかるだろう。
『面倒くさいからって説明放棄すんなよ! ってことはお前がこいつの国支配しちゃったから、俺が怨まれてんのか? とばっちりも良いとこじゃねぇか! マジどうすんのこれ?』
——殺せ。
——前の世界の人間達が鬱陶しくなったから異世界に転移したと言うのに。追って来るとは物好きな奴がいたものだ。
『めっちゃ恨まれてんじゃん! 私怨で異世界まで追いかけて来るとかヤベー奴に絡まれてんな』
——人間供には勇者ともてはやされ、私に挑んで来た哀れな生贄だ。
——お前が楽にしてやれ。
『面倒事を押し付けやがって!』
——任せた。
『おい! おーい! クソ! 逃げやがった』
勇者に魔王と呼ばれていた奴は面倒事を押し付けて応答しなくなった。
こんな状況をなぜかすんなりと受け入れられている自分に疑問が尽きないが、いったい俺はどうしたんだろう? なんでこんな事に……。
「くっ……頭が……」
何かを思い出そうとすると頭痛に苛まれる。これも、あの魔王とか言う奴のせいなのだろうか?
「どうした、魔王! 思い出したか?」
「お前の事など知らぬ。早々に立ち去れ」
「ふざけるなぁ!」
勇者が切りかかる。触手を切断され、女を抱えて後ろに飛ぶ。
「大丈夫か?」
勇者は胸に刺さった触手を抜き、光りだした手を女の胸に当てる。
「かっ……。あっ……たっ……」
「クソ! ダメだ。俺の治癒魔法じゃ治せない……」
勇者は女を地面に置き、こちらを睨む。
「この外道が……! 死ねーー!」
勇者が激情の末切りかかって来る。
この場合殺したの勇者じゃね? なんて考えていたら、心臓を貫かれてしまった。
「お前を殺せる日をどれだけ望んでいただろう。……地獄へ落ちろ」
感傷に浸っている勇者に触手を絡め捕縛する。
そして、勇者に耳打ちするように顔を近づけて、少し話をする事にした。
「女を殺したのはお前だ」
「違う! あの子は助けを求めていた! だからお前から解放したんだ!」
「だが、かの女は死にたくないと言っていたぞ?」
「お前が殺したんだろう!」
「俺の触手が刺さっている時は死んでいなかっただろう? お前も聞いたはずだ、助けを求める声を」
「だから助けたんだ!」
「あそこで死んでいるのは誰だ?」
「俺は助けたんだ!」
「治癒魔法を掛けていたな。女は助かったか? もうすぐ目覚めるのか?」
「うるさい! お前がいなければこんな事にはならなかった!」
「人の所為にするなんて、お前は本当に勇者なのか? 腕のいい復讐者でしかないんじゃないか?」
「そうだろうと構わない! お前を殺せるのなら!」
「そうか」
俺は触手を伸ばし女の心臓に突き刺す。
女はだんだんと意識を取り戻した。
「女よ。気分はどうだ?」
「……最悪」
触手から心地良い感覚が伝わる。
「また、この勇者に助けを求めないのか?」
「……」
女は下を向き何も答えない。
「外道め……。人の心を弄んで何がしたいんだ!」
「黙れ」
勇者に絡めた触手をきつく締め上げる。
「うっ……。ぐ……ファイア……ボルト!」
勇者が魔法を詠唱すると、触手が燃え上がり逃げられてしまう。
そのまま後ろに飛び、女の前に出て守る様に立ち構える。
「いや! やめて! お願いだから……何もしないで……早く火を消して!」
女が泣き叫ぶ。心臓を突き刺している触手が燃えている。
「ウォーター・ヒール……」
勇者が触手に治癒系の水魔法を掛けると、炎が消え負傷箇所を癒す。
そして、祭壇が静寂に包まれる。
勇者も女も沈黙して何も話さない。俺は彼らが何か話し出すまで待つ事にする。
章管理の方法がわかったら分けますが、一応2章って事でよろしくお願いいたします。