騒動の後
もうここへは絶対に来ないと誓った程嫌だった場所に来ている。
以前来た時と何も変わっていない。少し肌寒い風が僕の頬を撫でる。
しかし今はどうだろう。忌まわしい記憶とは裏腹に、僕の心が感じているのは穏やかで、心安らぐような……そんな感情で満たされていた。
ファーー………
どこからともなく荘厳な音楽が流れる。
抑揚の少ない落ち着く曲調だ。
綺麗に並んだ参列者は、表情を変えることなく流れる曲を聞いている。
やがて音は静かに退場し、参列者の一人が前へ出る。
「勇敢なる死者に黙祷を」
ライオネルさんが短く弔辞を贈る。
サラサラと草の擦れる音の中、皆が目を瞑り黙祷を捧げる。
目を開けると世界は薄暗い夜の装いに変わり、夜空に文字が浮かんでいた。
——ランティス・エルフォード
——クライム・ビルエバンス
——アル・クレハ
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映画のスタッフロールの様にビッシリと文字が流れ、 夜空を覆い尽くす。
中島は食い入る様にその名を眺めていた。
全ての人の名前が流れ終わると、日の出の如く夜に光が射す。
「ラクライマの加護がありますように」
こうして、異世界から来た勇敢な兵士達の葬儀は終わった。……
葬儀の後、僕はケンと二人で庭でくつろいでいた。
「なあケン。あの兵士達を生かしておくことはできなかったのか?」
「その質問には答えられないよ」
「なんで?」
「なんでかも駄目さ」
「なんだよ。状況的にはしょうがないけど、この世界の力があればなんとかできたんじゃないか?」
「できたかもしれないけど……。ダメダメ。もう何も話さないからね!」
歯切れの悪いケンの受け答えに違和感を感じるも、なんとなくわかってしまう。
これは誇張とか、傲慢な考えではないのだが、おそらく僕が同じフロアにいたからだろう。
この世界の考えでは、僕の価値は数千万人の命より重い。
敵意や悪意のある人が僕に接触することを避けたと考えるのが普通だ。
事実を伝えないのは、この世界のプログラムが僕の感情まで考慮した結果なんだろう。
プログラムに命が宿っていなくても、生を感じてしまう。
意思の様な何かを宿している気がしてならない。
「中島はどこ行ったんだ?」
「中島君は今精密検査中だよ」
「どっか悪いのか?」
「大丈夫。特に悪い所はなさそうだね」
「そうか」
「中島の心境はどうだ?」
「詳しくは教えられないけど、そこまで悪くはないかな」
「……そうだな。自分で聞かなきゃダメだよなぁ」
自分がこの世界に馴染んでしまっている事にふと気がついてしまう。
他人の感情や思考を当たり前のように情報として扱っている自分がいた。
だが、そこに答えがあるならば、求めてしまうのは必然と言えるのではないだろうか?
答えを知る術があるのに、無駄な努力をしているように感じてしまうのはこの世界に染まってしまった証だろう。
『無駄な努力……ね。こんな事考えてたら、またケンにどやされるな』
僕は何度も自分の過ちに気づき、その全ての過ちは、感情込みで納得できる答えに辿り着いている。
今回もそうだ。『無駄』という言葉をケンは酷く否定していた。
無駄を悪として考えることは全ての状況で正しいと言える答えではない。
僕はまた、救われてしまったのだろうか?
中島に接する事を無駄だと思う日がいつか来る考え方なんじゃないかと、今になって思う。
何度も、何度も、何度も、浅はかな短慮を指摘されてきた。
どれも絶妙なタイミングで。
時には過ちを犯す前に。時には過ちを経験した後に。
もう、この世界には返しきれない程の恩があるだろう。
下手をすれば、日本に帰る事すら嫌になる程に。
「そんなに思い詰めることはないよ! 涼介が中島君を思いやろうとした良心だってわかってるからさ」
「はは! そんなはぐらかすようなこと言って……。大丈夫だ。自分の良識の無さに落ち込んでただけさ。ケンにだけなら、何か間違った事を言っても大丈夫だろ?」
「聞いてはあげるよ!」
「随分偉そうだな」
自然と笑みが溢れる。人間の生活を見守る役目を持ったアンドロイドがなぜ必要なのかよくわかる。
人は皆、生きながらにして、常に色々な事を学んでいるのだ。
先導がいなければ、この世界の正しさから道を踏み外す人が続出してしまうだろう。
ちょっとしたこと、ほんのわずかな勘違いなどが引き起こすすれ違いは、やがて意図せずに遠く離れて行くきっかけとなってしまう。
「このシステムを考えた奴は天才だな」
「このシステムは世界中の人が今もなお、データを更新し続けている、成長するプログラムだからね!」
「全ての人の思いが形作る叡智の結晶ってところか」
「そうだね。でも、涼介。ちょっとくさいよ」
「うるせ!」
調子よく浸っていると、雰囲気をぶち壊すように煽られてしまった。
まあ、あんまり褒められた心境でないのは確かだが。
「とりあえず、中島の検査待ちか」
「じゃあ、時間もあることだし、訓練でもしよう!」
「そうだな」
時間潰しに戦闘訓練とは、どこの戦闘民族なのかと言われるような状況だろう。
そろそろ本気で金髪とか、髪が伸びたりするんじゃないだろうかと心配になる。
「涼介!」
訓練場に向かう途中コルチェに呼び止められた。
「おう、コルチェ。どうした?」
「リースが来て欲しいんだってさ! 中島君のことみたいだから行ってあげて」
「なんだ、伝言ならケンに頼めばよかったじゃないか」
「ケンはこれから他の用があるのさ!」
「そうなの?」
「ごめんよ、涼介。そういう事になったみたいだから、リースの所に行ってあげて」
「はいよー」
「じゃあ、行くよー」
中島に何かあったのだろうか。何かあったのなら、こんなにもゆるい感じではないだろう。
「コルチェ、お前最近何してたんだ? あんまり見ないから帰ったかと思ってたよ」
「えー。涼介は意外と薄情なんだねぇ。僕はリースの仕事のお手伝いをしてたんだ」
「仕事って?」
「リースは主にシューゼ法国の調査結果と睨めっこさ。特に何か重要な事をしてるわけじゃないけど、この世界では考えるだけで貢献できるからね!」
「勝手に読み取って、考慮してくれるってことか」
「そういうこと!」
なんだか釈然としないが、実際に調査報告とかしないで済むなら、研究に没頭出来て効率が良いのかもしれない。
こんなにも実感の湧かない貢献では、モチベーションがダダ下がり間違いなしだろうと思う。
「リースさんは凄いな」
「そうだね。リースは頑張っているよ。まだ結果が伴わないだけさ!」
「お前はサラッと悪態吐くようにプログラムされてんだな」
「えへへ。悪気はないから許してね!」
「ああ」
所詮プログラム。指摘したところでどうというわけじゃない。
ここの暮らしもだいぶ長いこと慣れ親しんだお陰で、アンドロイドへの……まあ、コルチェは二足歩行する猫型ロボットだけど、付き合い方も、距離感もだいぶ慣れてきている。
「さあ、着いたよ!」
なんだかんだVIPルーム以外の部屋ってあんまり来たことがないから、ちょっとワクワクしている。
「なーにいやらしい事考えてるんだい?」
「考えてねぇよ!」
「まったく……女の子の部屋に入るからってそんなに緊張する事ないじゃないか」
「いやいや、ここ研究室だろ?」
「兼リースの部屋だよ」
「うぇ! マジかよ! いらんこと言うなよ! マジで緊張してきたじゃねぇか」
「えへへ。涼介かわいー」
「うるせぇ!」
そういえば、リースさんと会っている時には必ずケンがいたな。
今はコルチェしかいない。
昔みたいな黒歴史製造期だった頃の僕じゃない。
今の僕なら、この状況でも問題ないはずだ。
気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。
『大丈夫、大丈夫。心を落ち着けて、いざ秘密の花園へ!』
「その感じ……もうダメじゃない?」
コルチェがなんか言っていたが無視して扉のノブに手をかける。




