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第四話 ツクヨミ

「突然どういうことですか?」


 まず、こちらにある情報が全然足りない。なので、相手から自然に意図を話しやすいような流れを作るのが目標だ。


「どういう事だと思う?」


 ……質問に質問で返された。

 そう簡単にはいきそうにない。これが綺麗なお姉さんじゃなかったら不快指数MAXだ。しかし、いたずらっぽく笑うお姉さんはとても愛らしい。


「的外れなら申し訳ないのですが、僕は、何度か謝罪の言葉を受けました。なので、全部を話さなきゃいけないとお考えになっているのではないでしょうか? それならば、先程お話ししたとおり感謝をしております。あの草原に放置されたままであれば死んでいたでしょうから。

 ただ……異世界転移も意図的なものということであれば、すぐに帰していただけるとありがたいです」


 おそらく僕から不安の吐露や、ムキになった失言なんかを聞きたいのだろう。お姉さんは本心を出さない僕の対応に少し不安なのかもしれない。

 そう思い、内容に少し感情を乗せる。ただし、お姉さんを不快にさせるのはNGなので、ちょっとした悪意すら含まないように配慮する。


「ふふっ。ちょっと思惑と違ったけど、君はなかなかに面白いね。君の言うことも無くはないかな。実は恨まれてやしないかと探ってみたんだ。

 それに、なんだか面接でもしているみたいに、君は言葉を選んでいるようだったからね。君からの感謝は好意的に受け取っておくよ。

 それと、私達の世界には異世界転移を可能にする技術はまだないよ。なので君を元の世界に返すことはできない」


「そうですか。残念です」


 重要事項 : 帰れない! 


 マジか! やっぱ帰れないのか! クソ! ほんの少しだけど、この超技術を保有する世界に希望を抱いていたのに!

 もう家族にも! 友達にも! 中島にも会えないのか! ってことは、どうすればいいんだ? ここで死ぬまで暮らさなきゃいけないのか? 

 俺、なんにも持ってない! それに、この世界になんか持ってきたとしても、あの超技術を見るに二束三文にしかならないんじゃないか? 

 俺の知ってる異世界物は中世的な背景で、元の世界の物や知識が貴重ってイージー設定だったのに!


 なんとなくは覚悟していが、希望的観測をバッサリと切られ、心情的にかなり揺さぶられていた。異世界転移のチート主人公的ヒャッハー展開にはならなかった。現実的で事務的で超技術の前に完全な無力という展開に胃がやられそうだ。


「ごめんね。で、話の続きだけど、この世界は先人達が築き上げた技術が根幹となっていてね、君を放置していたのはツクヨミの方針なんだ。

 ツクヨミはこの国のほぼ全ての決定権を持つ機関で、上位のアマテラスと相互にやり取りをしながら私達の意思決定の補佐をしてくれているんだ」


 要約すると、ツクヨミは国の長で、お姉さんは従っただけ。そして、さらにその上にアマテラスがいるってことか。


「君はさっき何時間も何もない草原に絶望していたよね。ツクヨミはその全てを見て、君の疲弊を待つことが望ましいと判断した。

 そして十分に疲弊をさせた後、墓守アンドロイドに命令して助けた。

 君の不安を刺激しないよう情報も制限してね。

 墓地でパニックを起こされたら困るからね。

 で、それらは全て君がこの瞬間に敵意とか、反感をもたないようにするためだったんだ」


 どうやら僕は降り立った瞬間から相手の手の平で転がされていたようだ。

 突然の超常現象的な出来事だったはずなのに、すべては計算通りというわけか……なにそれ、超怖い。


「ツクヨミの意図は、より良い形で物事の最善を導き出し円満に解決する事なんだ。

 すぐ保護したり、墓守アンドロイドに事情を説明させても、きっと混乱して無駄に理解を妨げるだろうからってね。私としては少しやり過ぎじゃないかと思っていたんだけど。どうかな?」


 まったく……ツクヨミさんは神か! おそらく僕の性格まで考慮されている。

 そして、お姉さんがなんでわざわざ事情を話したのかもようやくわかった。ツクヨミさんに敵意を抱かせないようにするためだ。


 僕の性格上、面倒だから突っかかることはほぼ無い、なんて楽観視は出来ないだろう。こんな状況だ、普段ならしないような愚行を犯す可能性は非常に高い。

 墓守アンドロイドがすぐに来てくれたとしても、僕はあの時みたいに受け入れられなかっただろう。もしかしたら、警戒心にて無駄な行動をしていたかもしれない。やり取り次第では、地平線の果てに希望を求め、逃げ出していたかもしれない。その後、草原のスケールに絶望し、逃げ出してしまったことを後悔するはずだ。

 そして、もしあの場所で詳しい説明をされたら、異世界転移を受け入れられず、飛行船に乗るのを躊躇い、尋問でもされるのかとその後の話し合いも警戒心MAXでお姉さんに不快な思いをさせたんじゃないだろうか。

 もたらされた疲弊と絶望は、これから言い渡されるどうしようもない話を受け入れ易くするための土台作りだったようだ。


 結果だけ見れば、どんな行動をしてもここに来ただろう。だが、他のルートはどれも白衣のお姉さんに無駄なわだかまりを残す結果になりかねない。

 きっと僕がこう考えるだろうことも織り込み済みで、双方にベストな環境を演出してくれた……と、いったところか。

 そして、自分の力の誇示も忘れていない。こんな短時間の分析でほぼベストな答えを提案し、周りを動かしている。ツクヨミさんへの敵意はそのまま生存確率を極端に下げること、そして、意思に反することは生きづらい選択をしているんだと悟らせることを痛烈に印象付けられた。もう、僕に抗う勇気は塵ほどもなかった。


 ツクヨミさんパネェっす。

 少し考える時間が長かったかもしれない。それでもお姉さんは静かに待っていてくれた。


「いやー、はは、ツクヨミさんは半端ないっすね。その説明聞くと、この状況がベストと言わざるを得ないって感じです」

「そうかい? 君に不要な警戒心を抱かせてしまうかもと思っていたんだけど、ツクヨミの判断どおり、君はこの話の意図を理解してくれたようだね。ツクヨミに悪意や不都合はありえない。感情も考慮した合理的で最善の判断をするようプログラムされているからね」

「あれ? ツクヨミさんって人じゃないんですか!?」


 僕の反応を見て、お姉さんがニヤニヤと僕の顔を覗き込む。

 僕は素直に可愛いなと思った。


「ふふ、ツクヨミは量子コンピューターと、それを動かすプログラムの総称だよ」


 超技術を可能にする基幹システムキターーー! と心の中で叫ぶ。


「量子コンピューター! 僕の世界でも完全な物はありませんでしたが近い物はありました!」

「そうなのかい? こっちの量子コンピューターも完全な物ではないよ。非常に効率よく光子を観測できる素子が開発されたおかげで、周波数限界がほぼ無くなり、電気的な制約も問題にならなくなって、爆発的に性能が上がったんだ。千年くらい前にね」


 よくわかんないけど光子を観測って、光素子のスゲーやつってことかな?

 なんで電気的な制約がなくなったのかはさっぱりだけど、なんかこう、スゲーんだろうな!

 僕は量子コンピューターというパワーワードと、周波数限界突破を可能にした光子を観測する技術という魅力的な響きに興奮を隠せなかった。


「それが千年前の技術ですか!? すごい!」

「どうやら、君の世界との文化レベルの差はかなり大きいようだね。大まかに生態系は変わらないようだけど」

「これは、話にならないくらい差がありそうです」


 生態系は変わらない……これも重要な情報なのだろうが耳に残らない。

 恐らく、すぐ忘れてしまうだろう。


「そのようだね。それじゃあ、話もひと段落したところで、君の今後の待遇の話をしたいと思う。その前に何か聞きたいことはあるかな?」


 山ほどある。この短時間で疑問は尽きることなく生成されている。しかし、その全てを聞いて理解するには膨大な時間がかかるだろう。的を絞って、この有能そうで美人なお姉さんにしかできない質問をしよう! 


「それじゃあ、お姉さんの名前を教えていただけますか?」


 いろいろと興味をそそられる話ばかりだったが、もちろん僕は超技術よりお姉さんの方が気になっていた。

 しかし、それは当たり前なのだ。

 機械は扱う者が意図した動作をする。僕が扱うことはないだろうから、難解な技術のことより扱う者の意図を探ったほうがずっといいだろう。

 決してお姉さんと仲良くしたいがためにこんな質問をしているわけじゃない。

 身の安全のためには、それが一番正解だからだ。


「あれ? ああ、そうか、話さないと伝わらないんだったね。私の名前は リース・アロー・フランベル きっとこれからもちょくちょく会うと思うからよろしくね。リースと呼んでくれると嬉しい」


 また、気になるワードが盛りだくさんな自己紹介だ。


「ありがとうございます。リースさん。えっと、国名が入っているようですが、地位の高い方でいらっしゃるのですか?」


 まさか、ハメハメハ的な名前の付け方はしていないだろうし、こんな巨大な施設にいるのだからそれなりの地位の方なのだろう。


「ふふ。そんな畏まらなくていいよ。この国の階級制度は八百年くらい前に廃止されたよ。それまでは王国だったんだ。

 国民からの支持が多かったみたいで、アローの名は廃止はせずに残すことになったみたいだね。その名残みたいなものだよ。

 今は、なし崩し的に国王の家系がツクヨミの管理体制の維持をしているんだ。まあ、それも、ツクヨミの決定通りやるだけなんだけどね」


 リースさんは国王の家系らしい。制度がなくなったとはいえ、象徴として残されたという事か。人は先導者がいなければ国家として体制を維持するのは難しいのだろう。


「敬意を欠いていい人ではないことはわかりました。ですが、僕はまだ若輩者で至らないところがあります。どうぞ、寛大な御心にて御容赦の程宜しく願い申し上げます」

「コラコラ! やめてくれ! 涼介君、ツクヨミに怒られるよ? そういう態度はツクヨミから注意を受けるから気をつけてね」


 リースさんはにこやかながら少し焦ったように僕を注意した。

 笑みの中に本気の部分が見え隠れしている。

 それにしても……ツクヨミさんから注意を受けるだと!? 敬意を払って注意を受けるなんて聞いたことがない!

 いや、なんかで読んだことがあるような……そうだ、病院の患者さんを様付で呼んでいたら横暴になったから、さん付に変更したなんて記事をどこかで読んだような……そういうことか? そんなことまで管理されているのか!

 もう、ツクヨミさんの能力に畏怖すら感じる。


「……わかりました。ツクヨミさんに目をつけられるのは怖いので気をつけます」


 僕はもう少しリースさんに探りを入れてみたい気もしたが、ツクヨミさんに怒られると聞いて、そんな気はさらさらなくなってしまっていた。


「それでよし! でも、涼介君は二十四時間監視の対象だから、もう目はつけられているよ!」

「そういえば、そんなニュアンスの発言がありましたね……」


 リースさんは無邪気に微笑みながら、さらっと怖い事実を伝えてくれた。

 正直、僕は笑えない。神の加護を受けているわけではないだろう。神の如き超技術で常に監視されているようだ。


「まあまあ、そんなに暗い顔しないで。こうやってお話しができるのもツクヨミのおかげなんだからさ!」


 なるほど、僕は今ツクヨミさんの力無くして会話することもままならないのか。これはしょうがない部分が大きい。


「しょうがない、いや、有難い話だったんですね。この国の国家機関を個人のために使ってくれている状況は、恵まれた環境と理解しました」

「まあ、そこまで大それたことじゃないんだけどね。そんな風に思ってくれるなら、ツクヨミも涼介君を悪いようにはしないよ」

「非常に心強いです!」


 ほんの少し、ツクヨミさんに愛着が湧いてくる。しかしながら、まだまだ恐怖が優っていることには変わりはないのだが……。







十話まではサクサク進むと思いますが、できるだけ年内に終わらせるつもりです!


記 2018/10/20

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