友人
「…………」
中島がこちらを見つめ何か声に出そうとしていたが、下を向き沈黙してしまう。
あまりに突然の事過ぎて何を話したらいいのかわからないのだろう。
ここは声の掛け方一つで状況が一変してしまう危うさをビンビンと感じる。
気軽に声を掛けることは許される様な事後ではなかった。ざっと計算しただけでも一万以上の人が死んでいるはずだ。
庭がいくら広いと言えどもほぼ死体で埋まっていただろう。
友人との再会がこんな難しい状況になるとは思わなかった。
「中島……。怪我はないか?」
中島は顔を上げこちらを軽く見ると、少し目線をそらし、ゆっくりと確認するように言葉を綴る。
「……ああ。どこも怪我なんかしてない」
「……そうか」
「……」
「なあ中島。俺には一体どうなってんのかさっぱりなんだ、わかってる範囲で構わないから教えてくれないか?」
「……俺にもわかんねぇよ。隣国への戦争に駆り出されて、城内にまで追い詰め、敵の籠城戦を突き破り、城門を破壊したんだ。突撃命令で全員がこれから城内戦に向かう所だった。城の門を抜けたらここにいたよ」
「お前も転移してたんだな」
「ああ。どうやら涼介もそうみたいだな。どうせなら一緒のところに転移したかったよ」
「そうだな……」
「それで……俺は他の連中も転移してきたところまでは記憶があるんだが、そっから目を開けたらこの状態だった。もう死ぬのを覚悟してたんだが、どうなるんだ? 他の連中はどうなった?」
「中島……。ちょっと待て。今、聞いて来るから」
「え? あ! おい! どこ行くんだ涼介!」
だいたいの状況は掴めたので頃合いを見て離脱。
中島の死角に入りレノを顕現させる。
「お呼びでしょうか? 涼介様」
「ふぅー。要件はわかってるだろう? 中島の調査は終わったか?」
「はい」
「ざっくり説明して!」
「かしこまりました」
なんともこの世界は便利なものだ。
わざわざ危険を犯して聞き出そうとしなくても、全ての情報はこちらにある。
ちょっとズルいかもしれないけど、唯一の友人と気まずい雰囲気になるのはごめんだ。
答えを聞いてからなら失言を防げるだろう。
「中島様は、涼介様と同じく、トイレから異世界に転移していました。しかしながら転移先は分かれ、ここではない異世界に漂着した模様です」
「あいつもトイレで転移したのか。なるほどな」
「中島様がたどり着いた異世界は、文明が中世程の電気の無い時代。大陸を十に分けた国が隣接しています。その中の一つの国であるマローダー国の城内に転移しました」
「俺が良く見てた異世界ファンタジーそのものじゃん」
「はい。城内に転移してすぐに不審人物とみなされ捕らえられました」
「うわぁ……」
「十四日程、尋問と拘束を受け、『精霊使い』と言われる者に呼び出され、奇術により言葉を理解できるようになりました」
「二週間も言葉もわからず尋問と拘束とか……ヤベェな」
「はい。その間の中島様の心境は筆舌し難いものがあります。謁見の後、無職、住所不明の中島様は兵士としてマローダイム国の役に着くことになります。そこで精霊使いから様々な技術を教わり、兵士としての素質を磨いていきます」
「ベタだな」
「やがて中島様は火の魔法と風魔法を体得し、炎を竜巻に乗せた攻撃を編み出すことになります。敵国からは『爆炎流のナカジマ』と恐れられます」
「ああ。っぽい。異世界ファンタジーっぽい。」
「中島様の活躍も有り、隣接する四国中二国を落とします」
「中島すごいじゃん!」
「その戦闘の最中、水、雷、闇魔法を体得し、兵士としては異例のマジックウォリアーの称号を得ました」
「ナイトじゃなくて?」
「中島様には階級が無いため、ナイトの扱いはできなかったようです」
「あー。なるほど、よくわからん」
「マジックウォリアーの地位ってどんなもんなの?」
「平民から有望の眼差しを受け、貴族からは都合のいい優秀な駒として重宝されたようです」
「微妙……」
「中島様は、わざとその地位以上の褒賞を受けないよう立ち回っていたようです」
「あんまり階級とか上がると面倒だからか。実際どこの誰かもわからない様な奴がうまく生きて行くには、都合のいい駒程度が火の粉を上手くふるい落とせるのかもな」
「そのように考えたようです」
「でも、派手に武勲を上げれば褒賞無しの方がおかしくない?」
「中島様は人殺しをしてはいません。遠くから敵を弱らせる役目だったようです」
「……なんて野郎だ」
「とても深い覚悟と信念にて動いていたようですね」
「普通だったら前線に駆り出されてもおかしくないよね?」
「最初の一戦目にて開戦前に爆炎流を披露し、敵兵の弱体化をして見せました。その後は魔力切れを偽装し、戦線を離脱しました」
「……」
「弱体化した敵兵の殲滅は、都合よく貴族の武勲を演出しました。その時いち早く武勲を上げた貴族に取り入り、従者として雇ってもらうことにしたようです」
「従者って……。なんだかよくわかんないけど、上手く立ち回ったんだな」
「中島様の行動力は非常に高かったと言えるでしょう。さらに、その世界の社会情勢も正確に理解していたと言えます」
「じゃあ、中島はそんなにあっちの世界に思い入れや、仲間意識は無いって事か? もし仲間意識が強ければ事実を話したらまずいよな」
「仲間意識はそれなりにあったようですが、戦争とはいえ人を殺す状況を看過出来なかったようです。ですので、個人と深い友情を築くことはしませんでした」
「平和な日本人として生きてたらそう簡単には割り切れないってか」
「涼介様と同類の良心をお持ちのようですね」
「じゃあ、どうしようか。どう話せば上手くいくと思う? ってかこれから中島の扱いはどうなるんだ?」
「中島様は、涼介様と同じく国賓扱いとし、アマテラスの直接監視下に置かれます。私の姉妹機であるリノに監視させます。ですが、涼介様のようなアマテラスへの権限はありません。ツクヨミが担当します」
「なんで? 中島は俺より価値が無いって事か?」
「はい」
「どう考えても、二つの異世界を跨いだ中島の方が価値があると思うんだけど?」
「中島様に同等の権限を持たせた場合、利益よりも不利益の方が大きいと判断されました」
「……まあいいや。アマテラスの演算に口出してもより良い結果なんて出せないだろうし。国賓扱いしてくれるなら問題ないかな」
「んで、中島にはなんて話せばいいかな?」
「涼介様が思うまま話された方が上手くいくと思います」
「本当に? 大丈夫?」
「はい。あまり不自然な態度になれば中島様は不審に思うはずです」
「……それって……下手くそな演技するよりかは、真実話して感情に訴えろってこと?」
「中島様は非常に優秀な方です。疑念は払えないですが、最小に抑えるには演技が逆効果になります。状況的に大量の殺人があったとしても、理解ある判断が出来るはずです」
「仕方がなかったと」
「はい」
「まあ、そういうもんなのかな」
「大丈夫です」
「わかった。レノがそこまで言うなら、自分なりになんとなく話してみるよ。久し振りの人との会話だからちょっとテンションも上がってるしね」
「ご友人との会話を楽しんでください」
「おう! じゃあ、行ってくる。ありがとな!」
「はい。よろしくお願いします」
レノとの密談を終え、さっきまでピリピリしていた感情はどこかへ行ってしまった。
今は感動の再会を喜ぼうという気持ちでいっぱいだ。
中島がどんな異世界生活をしていたのかにも興味は尽きないし、退屈でしょうがなかった日常も、これからは少し楽しめそうだ。
僕は浮かれ気分で中島の元へ向かう。しかしながら、話さなきゃいけない事実は重い。
緩んだ表情を戻し、まずは信頼を勝ち取ってからと気合を入れる。
やっぱり、異世界ファンタジーでゴリゴリの現実ってのは合わないかなーって感じたり、感じなかったり。
まあ、どっちでもいいか。