いっしょにトレーニング!
僕は今リースさんに言われた通り体を鍛えている。
初めはグダグダだったトレーニングも、だんだんとこなれてきて、今やシックスパックがキッチキチに張っている。
それもこれも、この世界で摂取している効率的な食事が功を奏しているのだろう。
正直なところ、いけない薬でも入ってんじゃないか? と疑いたくなるぐらい効果は抜群だ。
そう、誰だって異世界チートは作れる! そんな悲しい現実だった。
「ケン、なんでだかわからないんだけど、もう走っても走っても疲れないんだよ。一体どうなってんの?」
「それは涼介がトレーニング頑張ってるからだよ!」
「いやいや、大したトレーニングしてるわけじゃないじゃん! まだ三カ月しかやってないのにこんな成果出たらもう三カ月したらどうなっちゃうのさ!」
「そうだねぇ、もう三ヶ月鍛えたら人間の限界まで鍛えられるね! 簡単に言うと、涼介の世界のスポーツ記録は全部塗り替えられるくらいになるかな!」
「マジかよ! そんなこと言っても得手不得手とかあるだろ? 全部って無謀もいいところじゃない?」
「いや、だいたい感覚的にはそっちの世界の超人的な人の5倍くらいの能力が出せるはずだよ! 涼介には脳の活性化、老化防止、筋繊維強化、視力向上、聴力向上、感覚強化、骨格強化、細胞強化、その他にも満遍なく能力向上するようにプログラムされたメニューを実施しているからね」
「今更だけど、このメニューこなしてたら薬漬けで廃人になったりしない?」
「はは! 涼介は心配性だなぁ。大丈夫!全く問題ないよ!」
「まあ、ケンがそう言うなら大丈夫なんだろうな」
おそらくこの世界に来て一番驚いたのはこの身体能力向上プログラムだろう。
このままトレーニングを続ければ、アンドロイド達に負けず劣らず戦えるかもしれない。
まあ、そんな状況にはなって欲しくはないんだけど。
「じゃあ今日も手合わせをしまーす」
「へーい」
今日もトレーニングの最後にケンと自由な格闘訓練をする。ぶっちゃけなんでもありありの喧嘩みたいなものだ。
「じゃあいくよ!」
「っしゃこい!」
ダン!
ケンが地を蹴る。
一直線に僕の方へ向かい突っ込んでくる。
それを見極めた僕は、すかさず横に飛びケンの軌道から離れる。
右手に持っている銃をケンに向け発砲。練習用のゴム弾だ。
放たれた弾はケンの横を通過。ケンは僕が横に飛んだと同時に僕の方に軌道を変え突っ込んで来ていた。
ダダン! ダダン!
二回の発砲は、直前に斜め前に飛び込まれ空を切る。
「ッチ。どんな反射速度だよ! 反則だろ!」
「ケンもパワーアップしてるのさ! 前のケンと一緒にしてもらっちゃ困るね」
話している最中も動きは止められない。ケンは流れる様に受身を取ると、異常な脚力で間合を詰めてくる。
僕は逃げようにも、まだケンのスピードには追いつけない。なので発砲直後から、あえてケンの方に突っ込み、飛び越すように跳躍する。
ケンが一瞬僕を見失う様な位置を取る。
ダダン!
闇雲に後ろを撃つ。
着地と同時にすかさず状況を確認。外れた様だ。
ケンがこちらに気付く。驚異的な反復で百八十度方向を変えようとブレーキ。もう、距離は殆ど無い。
ダダン!
方向転換中のケンに発砲。
バーン!
ケンが爆発音とともに、大きく横に飛んだ。
「反則! 反則!」
僕は抗議の声を上げるしか無かった。
弾をリロードすることは負けを意味していた。
「はっはっはー! 今日も惜しかったねぇ。次は当たると良いね!」
五発の発砲がトレーニングの終了を告げる。
まだまだアンドロイドに勝つにはトレーニングが足りないらしい。
「クッソ! つうか本当に当てられる日なんて来るのか?」
「大丈夫だよ! 強化した人間と、高性能アンドロイドだったら人間の方が瞬間的には有利なはずだからね!」
「瞬間的ね」
「そう。人間は補給、疲労、睡眠、に関してはどうにもならないからね!」
「そこはどうにもならないんだ」
「んー出来るけど、副作用が出ちゃうかな」
「ヤバそうな感じなのね」
「無理矢理限界突破するから、反動で入院する事になるだろうね」
「トレーニングで人間の限界突破してるんですが、それは大丈夫なんでしょうか?」
「ちゃんと補給、疲労回復、睡眠は実行してるから大丈夫だよ!」
「なら良いけどね」
「相変わらず涼介は疑ぐり深いねぇ」
「自分の体の事だからな!」
「そうそう、補給と疲労に関してはサイボーグ化すれば解決出来るよ!」
「結構です!」
「そお? トレーニングもしなくてよくなるよ?」
「結構です!」
これ以上人間離れしたら自我を保てなくなりそうだ。
もしかしたら元の世界に帰れるかもしれないし、サイボーグのまま元の世界に帰ったら、普通に暮らせる自身が無い。
今ですら超人的な運動能力と思考能力を授かってしまった状態だ。普通とは程遠い実生活になるだろう。
僕はまだ帰れるかもしれない希望を捨てきれないでいた。そもそも異世界転移して来たのだから、不可能ではないのだ。
「涼介が生きているうちに帰れる様に頑張るよ!」
「……頼んだ」
ケンが頼りない返答をする。
こいつは脳内会話に口出す事に躊躇いが無い。正直辞めて欲しいのだけれど、辞めたら辞めたで、気が緩んで変な想像が暴走しそうで怖いから強くは言えない。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「そうだな」
トレーニングの時間はだんだん長くなって、今では昼過ぎまでぶっ通しだ。
トレーニング後の疲労回復の為に、最後はスポーツマッサージで終わる。
その後になんだかよくわからないミックスジュースを飲み、うだうだしてればやがて眠りに落ちる。
そんな感じで、特に変わりなく一年が経過していった……。
「涼介! トレーニングの時間だよ!」
「……ああ」
変わり映えの無い日常。トレーニングを開始してから一年と三ヶ月。もう向上は見込めそうに無いくらい超人的な能力向上をしていた。
ケンにももう負けることはほとんどなくなり、目標が無くなって気持ちがダレにダレていた。
「ケン、いつになったらシューゼの調査が終わるんだ?」
「んーそうだねぇ。今のところまだまだって感じだね」
「まじか。情報が全然入ってこないからモチベーションが保てないよ」
「そう言われてもね。今の僕に話せることは何も無いよ」
「もうケンに現状聞くのも何度目だろうな」
「三十二回目だね!」
「……はぁ」
「まあまあ。情報が無いまま乗り込んでも危険だよ? 涼介の場合狙われてるんだから闇雲に進んでも命を落としに行く様なものだよ」
「……もうその話は何回も聞いたよ」
「そうだね」
「あー! つまんない! もうトレーニングしても意味ないだろ? なんか違うことしようよ!」
「そうだねぇ。もう涼介は人間の限界まできてるから、トレーニングしても向上は難しいしね。良いよ! 何がしたい?」
「……って言っても、この世界じゃ何をすれば良いのかわかんねぇんだよなぁ。満ち足り過ぎちゃって、やることねぇもんな」
「じゃあ、今日は複数のアンドロイドと手合わせする?」
「……結局トレーニングじゃないかよ。まあ、でも複数人を相手に戦えた方が良いかもな」
「じゃあ、思い切って十体のアンドロイドと戦おうか!」
「おい!弾が足らねーよ!」
「ふっふっふ。そう言うと思って、涼介の武器はパワーアップしておいたんだ!」
「まじか! 見たい!」
「慌てない、慌てない。もう持ってきてるよ」
そう言うと、ケンは背中に手を伸ばし、関節を有り得ない方向に曲げながら何かを取り出す。
「ジャーン!」
使い古された効果音を口ずさみ、ケンは新たな武器を僕に見せつけた。




