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価値の場所

「やあ」



 僕がレノに訓練の成功の余韻と、今まで生きてきた経験から培った自信と、それなりにあった正義感と、美しいと感じていた人の尊さと、誠実さを全て奪われ、否定され、それを踏まえて自らが考え何かをしても、アマテラスには敵わないという自尊心の全てを打ち砕かれ項垂れていた時、リースさんが声をかけてくれた。



「あ……リースさん」


「どうしたの? 浮かない顔して」


「えーと。考えても意味のない事を考えてました」


「はい? 大丈夫?」



 いきなり意味不明な戯言が口から出てしまった。僕はこの状況をリースさんに伝えて一体何を求めているのだろうか?

 リースさんが目を細めて首を傾げる。ああ……そうか。僕はこんな反応をするリースさんが見たかったに違いない。

 あざとさと、あどけなさが絶妙なバランス配分で可愛い。



「はい。今、大丈夫になりました」


「なんだかよくわからないけど、訓練成功おめでとう! 大変だったね」


「あ……ありがとうございます。はい、とても大変でした……」


「ふふ。涼介君は優しいからね。涼介君の訓練が成功して、アンドロイド達もきっと満足していると思うよ」


「あはは……。そうですね」



 満足している……か。今しがたレノからその手の表現の意味をご高説いただいたところだ。

 リースさんは僕の価値観を尊重して、良心から言葉を選んでくれたのだろう……。

 レノさん、早速ご教授頂いた知識でリースさんの言葉を理解してみたんですが……この考え方ってあまりに味気無さすぎませんかね? 聞きたいって言ったのは僕だから、不満を言ったところで遅いけど。

 ……そういえばレノさんは、ここから先の話はご気分を悪くするって忠告してくれてたな……悪いのは全部俺か……こんな人生単位で付き纏う気分の悪さだと思わなかったよ。



「また何か考え事?」


「えっ? ああ、すいません。後悔と……これからは強く生きて行こうという決意をしていました」


「え? 今?」


「はい」


「なんだか心配にってきたよ」


「大丈夫です! リースさんに元気頂きましたから」


「そうなの? 私何にもしてないよね?」


「そんなことはありません。僕にとって人と話す機会はとても有意義な時間ですから!」


「あははは。そうだね! 人恋しくなっちゃうよね」


「はい、とっても! リースさんいつも気にかけていただいてありがとうございます」


「どういたしまして。とりあえず大丈夫そうで安心したよ」



 もうこれ、あれだな。うん。人恋しいとかそんなんじゃないな。これはもう恋だね! 間違いないね! こんなん好きになるなってのが無理な話だよね。



「そうだねー。そうかもしれないねー。僕からリースにきっちり話をしないといけないかもねぇ」


「ん?」



 新たな聞き覚えのある声の方に目を向けると、入口に寄りかかり、腕を組みながら二指の敬礼をこちらに向けているケンがいた。



「それで、リースさん。今日は僕の様子を見に来てくれたんですか?」


「 おおーい! 涼介! 無視は良くないよ! ケンだよ!」


「……」


「えええ! 何その反応! 冷たくない?」


「ああ……ごめんごめん。帽子ないのにその敬礼はどういう意味かなーって考えてたんだ」


「特に意味はないよ! ちょっとカッコつけただけだよ!」


「なるほどな。ケン。お疲れな」


「軽いなー。一緒に訓練頑張ったってのに」


「訓練だろうがなんだろうが、クロエさんをあんなボロボロにしやがって! 俺はぶつけようのない不満でいっぱいだ!」


「ええー。そんなことケンに言われてもなー」


「わかってるわ!」



 ケンには悪いが、そんな簡単に切り替えられるほど生易しい光景ではなかった。

 だからこそ撃てたのだろう。それもこれも全部僕のためなのだ。機械を壊す訓練なんて字面からすれば出来て当たり前なのだろうが、僕の肩にははずっしりと重い物がのしかかって離れないでいる。



「相変わらず仲が良いね!」


「そうだよ! 僕と涼介は親友さ!」


「……」



 ケンはブレずにこの言葉を僕に言い続ける。

 薄っぺらかったその言葉は、聞く度に重く、深く突き刺さる。

 まるで、心の隙間を埋めるように、湾曲した心の柱を正すクサビのように、ゆっくりと、確実に侵食していく。



「あっそうそう。ここに来た用事を済まさないと!」



 そんな余韻に浸る間も無く、リースさんは僕を心配して来てくれたわけじゃないことを知る。

 こんなにも優しさとは罪深い物だと感じたことは無い。

 僕は何一つ間違ったわけでは無いと思う。リースさんは優しいし、僕を好意的に感じてくれているはずだ。

 なのに恋愛感情とは違う。「好き」の形は様々で、その一つ一つに深さがある。まだ若造の僕には理解できないし、割り切れない浅はかさが残る。

 こう言う時はレノに質問をすればきっと答えてくれるだろう……。でも、やめておこう。恋愛まで論理的に考えるようになったら、僕の人生は色を無くしてしまうだろう。

 僕は面倒くさがらずに、まだ白い心のキャンパスを自分で描いていこうと思う。


 そう決意して、ふと顔を上げると、ケンが親指を立ててこちらにウインクしてるのが見えた。

 僕はなぜこんなにも親友に苛立ちを覚えるのかとても不思議だった。



「あのね、次の涼介君の出発時期が決まったよ! 次の出発は少なくても半年以上先になったよ! だから、ゆっくり休んでね!」


「えっ? そうなんですか? 突然どうして」


「うーん。私も詳しくは聞いてないんだけどね、涼介君は狙われているようだし、先遣隊の報告ではそこまで急を要する状況じゃないみたいなんだ。

 だから、原因をある程度予測できるまで不用意に涼介君を連れ出すべきじゃないって判断になったみたい。調査結果は半年以上先じゃないと十分なデータが集まらないだろうって事だね」


「なるほど。じゃあその半年間、僕は何をすれば良いんですか?」


「今のところ特にないね。でも、今回のこととか踏まえると、体は鍛えていた方が良いかもね!」


「そうですねぇ。じゃあ、自分を鍛えて準備しておきます」


「そうだね。……色々ごめんね」


「いえ、何度も言いますが、僕はこの世界で良くしてもらって感謝しています。気にしないでください」


「……そう言ってもらえると助かるよ」



 僕に負い目でも感じているのだろうか? リースさんの優しさはこういったところから来ているのかも知れない。

 もし、今までケンに止めて貰っていなかったら、欲望のまま告白してリースさんを困らせていたのだろう。

 負い目を感じているリースさんに告白して、仮に成功したとしても、本人の意思を無視した形になっていたかも知れない。

 きっと何も知らない僕は、飛び上がって喜んだに違いない。

 そして、そんな僕を見たリースさんは何を思うのだろうか?


 レノはさっき悪者が悪行を行うのは正しいことと言っていた。価値が違えば争いが起きると言っていた。争いに負けた者は防衛本能か好奇心で従うって言ってたっけ。

 恋愛も価値が違えば争いになるのかな? もし、リースさんが負い目や、体裁に耐えられず、防衛本能で僕を受け入れてくれたのだとしたら、それはきっと恋愛とは程遠いものだろう。

 正しいこととは、お互いの価値を尊重し、より良い選択をすることだ。良心とは、相手の価値を尊重すること。

 僕は、リースさんの価値を尊重していただろうか? これは限られたグループ、つまり、僕個人の価値を相手にぶつける争いの様なものなのかも知れない。

 ……あれ? でも……そんなこと言っていたら……。



「じゃあ、そろそろ行くね! 頑張ってね、涼介君」


「あ……はい! 頑張ります!」


 リースさんは行ってしまった。何か掴めそうだったのに……。



「涼介! レノは相手の価値を見定めなければ、価値を変更することはできないって言ってたよね!」


「あ……そうだったな」


「さっきの話とじゃ関係が逆だけど、良心で動いたとしても、正しいことができるとは限らないのさ!」


「……そうだな」



 僕は人間の感情という複雑怪奇なプログラムの一部を理解しただけに過ぎない。様々な場面で、様々な解き方があるようだ。

 方程式を理解しても、代入を間違えれば正しい答えにはならない。

 人間の感情を数式のように表現されて気分を害していたが、そんな簡単に計算できる程、甘くは無いようだ。






雪ヤバし!雪ヤバし!

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