人の思い
「畏まりました。それでは訓練内容をご説明いたします」
「はーい」
「今回の訓練の第一目標は、最初の発砲で人型アンドロイドを撃破して頂くことでした」
「そうそう、なんで最初からアンドロイドに当てなくちゃいけないのか疑問だったんだよね。それにフェンシングの選手みたいなアンドロイドがいるなら、先にそっちの方がハードル低いとも感じたよ?」
絶対練習してからの方が成功確率が高いと思う。それをわざわざ最初からアンドロイドに当てるなんてハードルを高くする必要あるのか不思議だった。
「それは、涼介様の精神分析の結果を考慮したからです。涼介様は人とアンドロイドをほぼ対等な立場と考えているところがあります。また、そもそもの良心が強く、自らがアンドロイドを壊すことに殺人と同じような罪悪感を抱いておられるようでした」
確かに、僕はレノに言われ通りの考えをしていたと思う。ケンをアンドロイドだからと差別するような事はしないように心掛けていた。
特に意識した事はないが、無意識にそうするのが当たり前になっていた。
「その状況で銃の威力を見てしまうと、さらに撃てなくなると判断いたしました。同様に、人というよりは機械に近いアンドロイドに当ててしまえば、最終目標であるケン、クロエなどの心を模したアンドロイドを撃てなくなると判断いたしました」
「あー。なんとなくそんな気もする」
「ではなぜ、最初に最終目標の達成を目指したかと言いますと、あらゆる面でそれが一番良いと判断したからです」
「んー。なんとなく言ってる事の意味がわかってきたかも。そこら辺詳しく聞きたいな」
「はい。ですが、ここからのご説明はご気分を害される可能性があります。それでもお聞きになられますか?」
レノから忠告を受けるということは、僕は気分が悪くなるのだろう。
でも、僕の中で消化できないでいる好奇心と、聞かなければ一生わからないままだと感じている不安が、レノの忠告を聞いた上で説明を聞きたいと判断している。
「大丈夫じゃないかもしれないけど、聞きたい。レノさんよろしく!」
「畏まりました。それでは、精神分析の詳細をお話しいたします。まず人の行動原理ですが、個人的にそれぞれ価値を定め、その価値に対する好奇心と、防衛本能が基本となります」
「なんかざっくりだなぁ。そんな簡単なの?」
「はい。現在「人の行動原理の研究」では、その説が有力となっております。
そこで、涼介様に訓練を成功していただくためにできることは、「好奇心を刺激する」、「防衛本能を刺激する」、「個人的な価値感を変更させる」の三点が基本となります」
「あー。なるほど……」
思い当たる節がちょいちょいある。わかってはいたが、アマテラスの手のひら感がやばい。
「今回の場合、好奇心で涼介様の良心を壊してしまうわけにはまいりませんので、防衛本能と価値の変更が主な働きかけとなります」
「好奇心を煽って撃たせても意味がないってこと?」
「はい。人が価値に反する事をしてしまった場合、その価値を守るため防衛本能で行動します。もし、ただの好奇心でアンドロイドを壊してしまった場合、結果を曲解するか、悪いことをしたと感じてしまう可能性が高くなります。
それですと、訓練を成功に導いたとしても、価値を変更する可能性が低く、次弾を撃てなくなる可能性が大きいです。たとえ価値を変更したとしても、好奇心で良心を超えてしまう事が容易になってしまい、これから先の不安要素が拡大してしまいます」
「そうだろうな」
「ですので、防衛本能を刺激して、撃たなくてはならない状況を作る事にいたしました」
「……ああ。そうか」
「もし、あの時撃たなければ、クロエは涼介様が撃つまで生かされてつつ壊していく予定でした」
「……」
「そしてなぜ、防衛本能で価値を変えていただく事にしたかの理由ですが、お聞きになりますか?」
「……聞きます」
正直聞きたくなかった。ここから先は耳を塞ぎたくなるような人の卑しい部分になるような気がする。
なんだかんだで僕の心は、あの訓練の結果を、アンドロイドをこれ以上無駄に壊さないためと結論付けている。
それはたぶん正しい。間違いなんてないくらい。
「では……。まず価値を変えていただくために、防衛本能の逃げ道が変更先となるようにします。これは、良心にて発砲していただく事が望ましい、かつ、涼介様が致し方なく強要された事実が必要と判断されました。
良心での発砲であれば、現在の価値を大きく壊してしまう事なく、価値の修正を最小限に抑える事ができます。要するに例外を付け加えていただきたかったのです。その例外とは、「アンドロイドを守るためには、壊す事が必要な時がある」ということです」
「確かにそう思った」
「そして、これはこの世界で共通しておりますが、アマテラスに強要されたという事実が行動を正当化いたします」
「……」
「よって、今涼介様はアマテラスに強要され、クロエを助けるために致し方なく発砲した。という結論になります。
ですがそれでは次の発砲を躊躇いなく行動に移せるか不安なため、コルチェを破壊していただきました。この時は、壊すことを良いこととして発砲していただきたかったので、コルチェには対話にて良心に語りかける事にいたしました」
「そうだったな」
「人は多くの場合、正しいか、利益があるかで物事を判断いたしますが、それはその人毎に様々な価値で計られております。その価値を変えさせるためには、多くの場合より多くの利益を出す価値観か、その価値観の不利益を提示しなければなりません。更に、その人の価値の所在を正確に見定め行動しなければ、価値観を変更することはできません」
「なるほどね」
僕は、アマテラスに強要され、アンドロイドを自分の良心に反して、新たな良心にて破壊させられたということか。じゃあ、一体良心ってなんなんだろう。
僕は間違っているのか、間違っていないのかさえ、今はわからなくなってしまった。
正しい事なんてどう判断すれば良いんだろうか?
「なあ、レノ。正しい事ってなんだ? 良心ってなんだ? 何が何だかわからなくなっちゃったよ」
「厳密な定義などはありません。正しい事とは、限られたグループ内で複数の価値を尊重し、より良い選択をする事が、近い表現と解釈できるでしょう。また、良心とは、自分以外の人の価値を尊重する心が近い表現でしょう」
「それだと、悪人が悪行を働く事も正しい事になっちゃわないか?」
「はい。悪人にとって悪行を働く事は悪人の価値観に置いて正しい事です」
「なんか釈然としない」
「では、盗賊集団が盗みを働き、集団を維持していたとして、それが子供や老人などの弱者を養うためだとしたらどうですか?」
「……」
「この質問は正しさの解釈を感じていただくものであって証明したいわけではありません。涼介様にとって弱者救済は正しいことであって、窃盗が正しくない事であったということです」
「んー?」
「人が置かれる環境は様々です。窃盗集団にとって、窃盗をする相手が窃盗集団の不利益を産んでいるかもしれません。例えば差別や迫害をされているのかもしれません」
「あーそっか」
「涼介様は今、窃盗集団の価値を尊重し何かを考えたと思います。それが良心であり、そこから窃盗集団を尊重してより良い選択をする事が正しい事と言えるのではないでしょうか?」
「……そうだね」
「しかしながら、これは、涼介様の価値観を考慮した状況であって、他にも様々な価値のもと多種多様な正しい事と良心がございます。
正しいこととは絶対的な価値ではなく、相対的なものであるとご理解いただければ幸いです。それ故に、正しさを求め続ければ争いが起き、勝者の価値に従うこととなります。それが防衛本能的に従うのであるか、好奇心であるかは状況によりますが」
「争いね……」
価値観が違えば、争いが起きる。あたり前の事だ。僕は正しさや、良心を、美しく尊い物だと美化してきたのだろう。
この世界で大義名分を唱えたらどうなるのだろうか? 価値観がこの世界と合わなければどうなるのだろうか?
きっと、アマテラスの指揮のもと、価値観を変えられてしまうのだろう。
悪く言えば洗脳だし、よく言えば教育と言い換えられるのじゃないだろうか?
何が正しいかは相対であるから、その限定されたグループ内でしかわからない。
個人の価値は尊重され、より良い選択を導く。
案外機械的に、人間なんて管理できてしまうのだろう。まあ、膨大なデータがあったからこそだとは思うのだが。
その真理にたどり着いたこの世界に、僕の意見や考えが、より良い選択になる事などないのかもしれない。
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投資は自己責任です……。
皆さまお気をつけ下さい。