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演習

「じゃあ、始めるよ? 用意は良い?」


「はい」



 僕は支給された拳銃を手にかけて敵に備える。見た目の準備は万端だが、心の準備は出来そうもない。



「いくよ! はじめ!」



 クロエさんの掛け声がかかる。だが、対する相手がいない。これはどういう……



「イェアー!」


「イエー!」



 妙な掛け声と共に、ケンとコルチェが乱入してきた。どうやら僕の相手はケンとコルチェらしい。



「涼介が相手だって手加減しないよ! 覚悟してね!」


「パワーアップした僕達に敵うかなぁ? 涼介頑張ってねー」



 全開で舐められている。あの不甲斐ない光景を見られているのだからしょうがない。



「お前らが相手なのかよ! アマテラスは何考えてるんだ!」



 もう、撃てる気が全然起きない。多少舐められたからと言って、腹いせに撃てるほど僕の肝は座っていない。



「はは!早速行くよ!」



 早い。ケンは一直線にクロエさんの方に向かう。人間では到底届かない距離から跳躍、身体を捻り、右足を突き出す。

 クロエさんはケンの飛び蹴りを手を伸ばして受ける。

 足が手に届くと、クロエさんは思いのほか飛ばされる。

 その光景を見ていたら、激痛が走った。



「いてぇ!」


「涼介、余所見はいけないと思うよ」



 太ももがザックリと斬られていた。斬られたズボンに赤いシミが広がっている。



「コルチェ! テメェ!」


「あははは! でも、涼介は撃てないよね? ほら! 頑張って狙いを定めて撃って見てよ!」



 コルチェはそう言うと、両手を広げクルクルと回りだす。

 明らかに挑発している。一時的な怒りの感情は増幅したのだが、スケート選手のように回っているコルチェに銃口を向けても、引き金を引けない。



「あははははは! やっぱりね! ほーら僕の言った通り撃てないね! 涼介は優しいねー」


「クソ!」



 コルチェの挑発はなかなかにくるものがあるのだが、引き金を引ける程怒り狂える物ではなかった。


 ガン!


 大きな音が響いた。


 音に驚き、そちらに目を向けると、クロエさんの腕が宙を舞っていた。

 ケンは重そうな棒のような物を振り下ろしているところだった。



「クロエさん!」



 思わず叫んでいた。

 クロエさんが一瞬こちらを見る。


 ガン!


 ケンはその隙を見逃さなかった。クロエさんの腹部に棒を突き立て、貫通させていた。



「ケン! テメェ!」


「だから、余所見はいけないよ!」



 コルチェの声が聞こえると同時に、反対側の太ももを斬られた。

 両足から血が流れ出す。



「いーってぇ!」


「涼介、演習でよかったね!」



 コルチェは相変わらず挑発してくる。



「うわぁぁぁあああ!」



 痛みを堪える為に奇声を上げ、コルチェに向かって銃を突きつける。



「撃てるのかな? あははははは! くくくっ。よーし!」



 コルチェはいたずらっ子のような笑みで走りだす。

 向かう先はクロエさんの方だった。

 走っていくコルチェに銃口を向けながらも、撃てない。自分が撃たなければクロエさんがどうなるかは分かりきっていた。

 迷っていられる時間は少なかった。威嚇であろうがなんだろうが撃てば良かったのだ。

 ケンに気を取られているクロエさんの隙を突き、コルチェが音もなく爪を振り下ろすと、クロエさんの上半身と下半身がズレた。


 ドサッ。



「コルチェーーー!!!!」



 叫びながらも、自分の中にある何かを守る為に、ただただ偽善と欺瞞を演じているのではないかという、困惑と羞恥心と、自分の手で誰かを傷つけてしまう恐怖と、そんな事はしてはいけないというちっぽけな正義感が、ぐちゃぐちゃと答えの出ない競合いをしていた。



「あーあ。これじゃもう演習になんないね。ケン。終わらせよー」


「オッケー!」



 ケンが片腕を使って起き上がろうとしているクロエさんを踏みつけ地面に張り付ける。

 ケンの足を懸命に剥がそうとクロエさんが片方の腕でケンの足を掴んでいた。

 そんなクロエさんを見下ろし、ケンは表情一つ変えずに持っている長い棒のような物を振り上げた。



 ダダン!



 二発の銃声が響く。


 着弾と同時に燃え上がった。


 その炎は激しく、目を背けたくなるような輝きを放っていた。


 僕が手にしているのはただの拳銃のように見えるのだが、ロケット砲でも当てたかのような威力だった。こんな小さな拳銃が対戦車用ぐらいの威力を持っているようだ。撃った時の反動もそこそこで、初心者でも扱い易い親切設計。至れり尽くせりである。

 因みに、今燃え上がっているのはケンだ。何故あんなに震えるほど嫌だった発砲がこんなにも簡単に出来たのか不思議でならない。

 しかも、撃った相手はこの世界に飛ばされてから親友と言える程の仲になった相手だ。


 ——弱い者イジメを救ってヒーローにでもなったつもりなのだろうか?


 ——親友の蛮行を見ていられなかったからだろうか?


 ——叩き潰されるクロエさんを見たくなかったからだろうか?


 ——ケンを親友じゃなく、敵として見てしまったんじゃないだろうか?


 ——クロエさんを救いたいという欲望を満たすために、発砲という罪を犯しても許されるだけの状況があったからだろうか?


 そんな刹那的な時間で考えた事など整理出来るわけがなかった。

 そもそも、変えのきくアンドロイドをいくら破壊しようが問題は軽微であって、変えのきかない僕を守るために必要な演習を実施する方が大切だったのだ。許す、許されないで言えば、発砲訓練をまともに出来ないことの方がこの世界にとって許されない不利益でしかないのだろう。

 このアンドロイド達の行動は、全て僕のためのものだ。

 このままぐだぐだと気持ちに整理をつけることが出来なければ、もっと沢山のアンドロイド達が犠牲になるのだろう。

 それこそ、アンドロイドがただの機械に見えるようになるまで、何体も、何体も。



「やっと撃てたね、涼介。さあ、最後の仕上げだよ。もう気持ちは固まってるようだからちゃんと出来るだろう?僕とクロエを撃って」


「……ああ。色々悪かったな。かっこ悪いところも見せちゃったし。コルチェ、クロエさん。ありがとう」


「礼には及びませんよ」


「そーそー! ちゃっちゃと終わらせよ!そろそろお昼ご飯の時間だよー」


「ふふ。わかったよ。じゃあ、いくぞ!」



 拳銃を構える。

 手は震えていない。

 コルチェも、クロエさんも、心なしか笑っているように見える。


 ダダン!


 ダダン!


 二体のアンドロイドが輝きを放つ。

 眩しくて目を逸らしてしまったが、着弾した時も笑顔は崩れていなかったと思う。

 やがて、光が消え、真っ黒に燃えカスとなった三体のアンドロイドが機能を停止していた。



「……静かだな」



 辺りを見回すと、最初に演習を見せてくれたアンドロイド達は何処かに言ってしまったらしく、誰もいなかった。


『あれ? 俺……どうすればいいんだ? ひとりぼっちじゃん! 帰って良いのかな? ってか足の出血意外とやばくね? 早いとこ手当てしないと』


 指示してくれていたクロエさんまで炭にしてしまったため、誰もこの次にどうしたらいいか教えてくれる人がいない。

 とりあえず、ここにいてもしょうがないので医務室に行くことにする。


『なんだよ! クロエさんまで撃たなくても良かったんじゃないか? なんかほっぽりだされた感じじゃんこれ。最後まで面倒みてよ!もう!』


 アマテラスらしからぬ不手際にふつふつと不満が募る。

 それに、何だかんだで斬られた太ももが痛くてゆっくりとしか歩けない。

 医務室に行くために庭を抜ける。日本風の庭園に何故かコーヒーの木が植わってた。ケンが手配してくれたのだろう。驚きと興奮するような場面なのだろうが、一人ではそんな気にはなれなかった。

 静かなVIPフロアに自分の足音がズリズリと響く。

 せっかくアマテラスの要望に応えられたと言うのに、ぽっかりと心に穴が空いたような、肩透かしを食らったような、なんとも言えない演習の成功となってしまった。






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