第三話 不安と混乱と希望
「飛行船は初めてですか?」
窓からずっと外を眺めていたら、お姉さんが話しかけてくれた。
きっと僕が流れる壁を眺め続けていたから、いたたまれなくなったのだろう。
あまりにもコミュ力がなさすぎて、初対面の人とどう接すれば良いのかわからない自分が情けない。
「はい」
「気分が悪くなるようでしたら言ってくださいね」
「はい。今のところ問題ありません。お気遣いいただきありがとうございます」
「では、もうすぐで到着いたします。もう少しだけ待っていてくださいね」
綺麗でいて可愛い、そして柔らかな声で優しく語りかけてくれるお姉さんは、僕の緊張を和らげるために気を遣ってくれている。
しかし、そんな彼女の思惑とは裏腹に、僕の心はイケメンアイドルに話しかけられた女子高生のように舞い上がっていた。
なんだあの次元の違う美貌と可愛さは! そんな人に命を救われて嬉しさのあまり泣きじゃくるなんて……。ヤバイ……今になってメッチャ恥ずかしい。顔見れないよー。どーしよー! 中島ー! 今すぐに泣いたところを端折って自慢したい!
中島にこんなにも会いたくなったのは初めてだった。
「到着しました」
「えっ!」
アホなことを考えていたら到着したらしい。地面に着陸する振動にも気づかなかった。
お姉さんに促されゴンドラのような乗り物から出ると、白衣を着たお姉さんが出迎えてくれた。
「やぁ! 飛行船の乗り心地はどうだったかな?」
一目見てわかる、また美人だ。
健康的で、見ていて元気を分けてくれるような……そんな笑顔で話しかけてくれた。
あれ? 実は俺……もう死んでいて、ここは天国か何かなんじゃないかな?
見知らぬ美人に話しかけられるというイベントが続き、思考が乱れに乱れる。
数秒呆けていると、ハッと我に返り、お姉さんを無視しているかの状況に焦って返事をする。
「あ、はい。快適でした」
「それは良かった。じゃあ、早速で悪いけど行こうか」
「はい」
言われるがままついていく。
後ろを振り返ると飛行船に乗り込むお姉さんが見えた。
僕を助けてくれたお姉さんは、ここでお別れのようだ。お別れの挨拶も、お礼の言葉も言えなかった。
普段であればできることが、この状況に気圧されて体が動かず声が出なかった。
お礼も言えない野暮な奴と思われただろうか? 本当は今すぐにでも飛行船に駆け寄って感謝の言葉を伝えなきゃいけないってわかってるんだけど……。
また会うことがあれば必ずお礼をしよう。そう心に言い聞かせて、白衣のお姉さんについていく。
館内は無駄な突起物がなく窓もない。しかし、落ち着いた色使いで、シンプルな模様の壁や床が不安な気持ちを和らげていた。
これから連れて行かれる所は牢屋などという物騒な所じゃなさそうだ。
勝手な思い込みではあるのだが、お姉さんの雰囲気を見るに心配要らないだろう。
もしこれで予想が外れ、行き先が牢屋だったとしたら、金輪際どんなお姉さんの笑顔も信じることはできないだろう!
そして、数分ついて歩くと部屋に通される。
「さ、ここでいろいろお話ししようか。入って」
部屋は十人程度が入る会議室のようだった。コ字型に机が配置されている。
特徴的なことがあるとすれば……窓が無かった。……それ以外は……至って普通だ。
「そこに座ってね」
「はい」
言われるがまま着席。お姉さんは角を挟んで右隣に座る。
近い……。
美しい女性が近くにいるとこんなにも動揺するものなのか。今まで死の縁にいた絶望を、すっかり忘れさせてしまう程には十分な距離だった。
「じゃあ、まずは自己紹介をしようか。君のことを教えてもらえるかな?」
「はい、名前は 花 涼介 埼玉県さいたま市在住の大学生で年齢は十八です。気がついた時には先ほどの草原にいました」
お姉さんは手に持っているバインダーのような物を眺め、僕の話を聴きながら真剣な眼差しで内容を確認している。
「花 涼介君。私は回りくどい話が好きじゃないから……結論から先に言うね。君は多分この世界の住人ではない。他の世界から来た人類ということになるね。ここの世界には、埼玉県も、大学というものもないんだ」
突然の異世界転移者扱い。
何を言っているのだろうか? このお姉さんは僕をからかっているのか? あまりに突拍子なさ過ぎて、理解はできるが実感が湧かなかった。
「異世界転移した。ということですか?」
「そうだね。君の発言を聞くまでは、私も実感がなかったんだけどね。じつは今、話している言語も違うよ」
そう言うとお姉さんは人差し指で八の字を2回描く。すると、また、どこからともなく蝶が現れた。
「私と彼の通訳干渉を切断」
蝶がお姉さんの手の甲で羽ばたく。
「ーーーーーーーー」
お姉さんが理解できない言葉を発している。そして、今度は蝶に何か話しかけ、蝶が羽ばたきで答えた。
「どうだろう? 理解できたかな?」
「いえ、全く何を言っているのかわかりませんでした」
英語でも、中国語でも、イタリア語でもない。
聞いたことのないような言語だったが、発音はどことなく日本語に似ていた。
「そう。私たちが使っているのは、ラクライマ語というラクライマ教からできた言語なんだ。
この世界には五つの大きな国が存在していて、そのどの国もラクライマ教から派生した宗派を国教としている。
口調以外はほとんど同じなんだよ」
「そうなんですか……今説明されたほとんどが、初めて聞く単語だらけで、唯一、宗教的な概念があることだけが理解できそうです」
「宗教はそっちの世界でもあるんだね。まだ補完できていないデータだね」
「補完?」
「あぁ、そうか。これも先に話しておいた方がよさそうだね。じつは、君のことをツクヨミに調査させていたんだ。もともとアマテラスから調査依頼が来ていたからね」
きっとお姉さんは無知な僕にもわかるように話しているつもりなんだろうけど……さっぱり理科できない。
「そうなんですか」
もうここまで来ると、適当な相槌すら打つことが出来ない。
説明不足過ぎて、質問しながらじゃなきゃ理解できそうもないのだけど、未だにビビりの血が騒いでいて、従順な被告人のような態度を覆すことができない。
「随分反応が薄いようだけど、じつはこれ、罪人にしか施されない処置なんだよ?」
「えっじゃあ、僕は今、罪人としてここにいるってことですか?」
被告人のようなではなく、被告人だったようだ……って、洒落になってない!
僕だって好きでこんなとこに来たわけではない。
しかも、本当かどうか疑わしいが、異世界転移して来たという話も意味がわからない。
僕にそんな能力はないし、この世界に呼ばれて来たなら罪人はおかしいだろう!
マジで勘弁してください。こんな死にゲー回避不能ですよ……。
「いや、意地悪な言い方だったね。ごめんね。
アマテラスから調査依頼が来たって言ったでしょう? だからこちらも従わざるおえなかったんだ。これは個人のプライバシーを侵害するからね。
今回ツクヨミに調査させた事を改めて謝罪させて貰うよ。まあ、ツクヨミの調査結果が出るまではバッチリ罪人だったんだけどね」
……お姉さんは笑っているが、全然笑えない。
取り敢えず、速攻ゲームオーバーってことにはならなかったらしい。本当に良かった……。
しかし……もし、罪人のまま捕らえられたら、どんなことになっただろうか?
僕はいったいどんな罪で裁かれていたのだろうか?
まあ、今となってはどうでもいいことなのだが……。
過ぎたことは置いておくとして、お姉さんの話の中にちょくちょく出てくるツクヨミさんとは誰なのだろうか?
調査員にしては凄腕すぎる。草原に来てからそこまで時間があった訳でもないのに、なぜ異世界転移などと結論付けられるんだろう? まさか、草原で会った黒いドレスのお姉さんがそうなのだろうか?
「じゃあ、僕はそのツクヨミさんに助けられたということなんですね。先ほど僕を助けてくれた方がツクヨミさんですか?」
「あはは。違う違う。あの子は墓守として作られたアンドロイドだよ」
「え! あのお姉さんはアンドロイドだったんですか?」
と、驚いては見たものの、興奮はすぐに冷め、からかわれているんじゃないかと疑ってしまう。
僕が見た限りでは、あのお姉さんは、人間だった。
あれで、機械だと言うならば、このお姉さんだって疑わしい。
こんなに素敵な笑顔を見せるお姉さんが人間じゃないなんて信じたくはないが。
「そう、あそこはアロー法国、この国の共同墓地なんだ。
ツクヨミに調査させなければ、君は墓地に不法侵入した不届きものってことになるね。そして、ラクライマ教の教えからすると墓荒らしは死罪になる。
まあ、今はこの国に死刑制度はないから、ツクヨミの調査のあと無期限の監視を言い渡されるかな。……今の君と変わらないね。
ただ、これから出会うであろう人達から犯罪者として扱われることはないから安心して欲しい」
お姉さんは軽く笑う。
僕は思いのほか重たい罪だったんだなぁ、と、絶句する。
きっと表情は固まっていたことだろう。
どうやらこの国でツクヨミさんは最強の調査員らしい。この数時間で異世界転移なんて結論を出すのは尋常じゃない。
そして、そんな調査結果をすんなり受け入れているお姉さんを見ると、信憑性は絶対的なものらしい。
僕をからかって遊んでいるんじゃなければの話だが。
「そうですか、宗教的に死罪だとしたら、死刑を免れたとしても生き辛そうですね。ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うことはないよ。私達としてはツクヨミの調査を優先せたことを少々申し訳なく思っているからね。
墓地に居た君をすぐに保護できなかったのは、アマテラスから調査優先の指示があったからなんだ。ごめんね」
「いえ、保護していただいた感謝の気持ちはありますが、なんでもっと早くなんて義理を欠いた思いはありません」
こともありません。もうちょっと早く助けに来て欲しかった……。
「そうか。でも、君がそう思うように全て仕組まれたことだとしてもそう言えるかな?」
お姉さんは思わせぶりな態度でそう話す。
それを僕に伝えてなんの意味があるのだろうか?
これもまた仕組まれたことで、ツクヨミさんの調査の一環なんだろうか?
それとも、お姉さんの心情的に全部話さないと気が済まないのだろうか?
僕の気持ちを逆撫でしようとする発言とは裏腹に、だんだんと気分は沈んでいく。
あぁ。なんか面倒だな
そんな思いは試されていると感じたからだろう。これからの発言と行動は、より一層気をつけなければ今後の僕の立場が悪い方向に向かう気がする。
沈む気持ちを押し殺し、覚悟を決める。
そして、首を少し傾け、不自然にならない程度に不安げな表情でお姉さんを見つめた……。
もし書き直しが間に合えば、なろうでは泣かず飛ばずだったこの作品を、カクヨム、マグネットの選考イベントに合わせてアップします。
その時はぜひともよろしくお願いいたします。
記 2018/10/19