帰還
—— なんで撃ってくれなかったの?
—— 私が乗っ取られていても助けてくれないの?
—— 私は涼介さんの事殺したくない。
—— 助けて。
—— 助けてよ……。
「……おっ、重い……」
目を開けると、目の前に何かある。サラサラとした……髪の毛? またしても最悪な夢にうなされて目覚めた朝は、何かが僕にのしかかるような重さを伝えていた。
『なんだこれ、重い! 布団で巻かれた上に何か乗っていて身動きが取れない! このサラサラした髪の毛のような……これなんだ? 鼻に入って……』
「へーーっクション!」
「うわぁ!」
ガタン! ドーン!
「ニギャー!」
「ギャー!!」
ゴン!
「いってぇ! 誰だ!」
「ん? あれ? 涼介、おはよう!」
「お前……。ケン! テメェ! こりゃどういう事だ! 全然身動き取れねぇじゃねぇか! しかも寝覚めに一発頭突きくれるなんて、いてぇじゃねぇか!」
「あはは。ごめんごめん! 涼介うなされてバタバタしてたから布団でくるんだんだ。頭突きは下にいたコルチェ潰しちゃって攻撃を受けた反動だよ!決して僕の意思じゃないからね!」
「この野郎……ぬけぬけと説明しやがって!まずこの布団どうにかしろ!」
「あーはいはい。まったく涼介はすぐ怒るんだから」
「こんなん怒って当たり前だ!」
「あははは。ごめんね」
すっかり忘れていたが、ケンはなぜか寝る前から起きる迄に何かやらかしてくる。
これは、プログラムでもされてるんだろうか? 本当に無条件で迷惑なプログラムだ。
ケンに布団から解放してもらい、ベッドから降りる。
「ニギャー!」
「うわー!」
ギャリギャリギャリ!
「んなぁーっ! いってぇーー!」
「あ。涼介おはよう!」
「コールーチェー! 顔引っ掻くなよ! ロボットなんだから、踏まれても痛く無いだろ!」
「そうだね! 痛くないけど、プログラム上しょうがないんだよ。これは僕が悪いわけじゃないのさ!」
「そんなんプログラムのせいされたら何にも言い返せないじゃねえか! そんなん認めてたまるか!」
「うわぁ。今日はいつになくテンション高いねぇ? 涼介、ちょっと怖いかも」
「怒ってるんだよ! 怖くて当たり前じゃ!」
こいつらと話していると、朝からごっそり生気を失ってしまいそうだ。この場合の悲しさは、いくら怒って八つ当たりしたところで敵う相手ではないし、ラチがあかないという事だ。
「ぬぅーー。ケン! コーヒー!」
「おっけー!」
パチン!
ケンがキザったらしく指を鳴らす。僕の機嫌はまた悪くなった。
ガチャ
音に釣られて扉に目を向けると、イライラしていた感情はスーっと彼方へと消え去り、全身からサーっと血の気が引いていった。
……レノが安定した飛行をしながら盆にコーヒーを乗せて近づいてくる。ケン……レノさんを指パッチンで使うなんて度胸あるな。
唖然としながらケンに目を向けると、僕の斜め前で何故かブリッジをしていた。人間では不可能な程美しく曲げられた肘と膝が、胴と太ももを水平に保っていた。突然何をしてるんだこいつは?
そんなケンに構う事なく、レノが当たり前のようにケンの腹に盆をを置いた。
ピクン!
ケンが小さく反応する。僕は、この世界のプログラマーに遺憾の念を覚えた。
「涼介様、コーヒーをお持ちしました」
「あ……ありがとう……ございます」
僕は前日に訓練失敗した後、レノに報告するのが怖くてそのまま寝てしまっていた。
今レノに会うのは非常にバツが悪い。
「いえ……コルチェはいますか?」
「はい!」
コルチェはとても良い声で返事をした。
「あなたは、これからチューニングを受けてもらいます。用意は出来ていますので、すぐに行きなさい」
「畏まりました!」
ダダッ!
『あいつ、あんなに早く移動できたのか』
コルチェのあまりに俊敏な動きに目を奪われた。
「涼介様」
「はい!」
僕も、とても良い声で返事を返す。
「先日の訓練の結果は聞いております。私が判断を誤り、あのような結果を招いてしまった事、お詫び申し上げます」
「え!?」
レノの突然の謝罪に面を食らってしまう。
一体どういう事だ? 怒られる事を想定していたが、謝罪を受けるとは思わなかった。
「いや、レノ! 悪いのは僕だ! レノの考えが間違っているわけじゃない! 面識の無いアンドロイドですら僕は撃てなかった。もし、次があったとしても……撃てないかもしれないけど……でも、レノが謝るのはおかしいだろ?」
「いえ、このままでは、涼介様の身の危険が非常に大きくなり過ぎてしまいます。
この様な事態に陥ってしまったのは、私の力不足からです。今日にもアロー法国に到着いたします。アマテラスの演算にて、より確実な方法で解決いたしたいと思います」
「あ……ああ。そうだな。それはそれとして、少し時間を貰えるのはありがたいかな」
「はい。では到着まで、ごゆっくりとおやすみください」
そう伝え終わると、レノはゆっくりと足元から姿を消していった。
「……涼介。お盆持ってくれるかな?」
「ん? ああ、わかった。」
ケンの腹に置いてあるお盆をどけると、ケンが気持ち悪い動きをしながら立ち上がる。
「ふー! 僕の簡易テーブルはどうだったかな?」
「え? いや、なんとも思わないこともないけど、良い印象ではなかったよ」
「えー! こんなに頑張ったのに!」
「ん?うん。ありがとう」
「どういたしまして!」
ケンが清々しいスマイルを返す。ありがとうとは言ったが……まあ良いや。僕は少し冷めたコーヒーを飲む。冷めたせいか、少し嫌な酸味が出てしまっている。
でも、この世界で出されるコーヒーは、ゲイシャ豆の様な贅沢な香りとコク、ほのかにフルーティな酸味が後からついてくる。後味はブルーマウンテンの様にスッと引いていく絶品である。どうしたらこんなコーヒーが作れるのか? 超技術万歳である。
「この世界のコーヒーは本当にうまいな。どこ産のコーヒーなんだ?」
「え? これは水に調味料を加えて味付けしただけだよ?」
……聞かなければ良かった。超技術糞食らえである。うまいのがまた癪にさわる。
「ケン、がっかりだよ!」
「じゃあ、帰ったら、庭にコーヒーの木を植えようか?」
「……良いねそれ! 自家焙煎までやったことあるけど、木から育てた事は無いよ! 良いね! 植えよう!」
「はは! やっと涼介元気出てきたね!」
「当たり前だろ! いやー楽しみだなー! コーヒー栽培なんてこの世界じゃなきゃ出来ないもんなー」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
この世界に来て、こんなにワクワクしたのは初めてかもしれない。
僕は訓練の事など忘れて、コーヒー栽培に心を奪われていた。
ガチャ
「ただいまニャー」
るんるん気分を急降下させる愚劣な不快音に目を向けると、チューニングが終わったのか、コルチェが入ってきた。
「おい、コルチェ。お前、そのキャラで今後通すつもりなら、レノさんに言って解体してもらうからな!」
「ええー! 帰って来て最初の言葉がそれって酷くない?」
「キャラ設定とか、この世界では違和感しかねぇよ」
「なんだよー。ちょっと羽目を外しただけじゃないか。涼介には遊び心が足りないよ」
「朝っぱらから十分過ぎる程遊び心を堪能してお腹いっぱいだよ! なんだあのコント! 終いにゃ顔引っ掻きやがって。もう、十分だ」
「あーそうそう。そのせいでチューニングしなきゃいけなくなったんだよねぇ。もう、涼介に危害を加える事は出来ないみたい。残念」
「ああ……。レノも律儀なもんだな」
「ほんとだよ!」
「お前に言われるとなんか腹たつ。やっぱそのくらいしても良いな」
「あ! 涼介の裏切り者!」
「そもそも危害を加える方がおかしい。レノさんが正しい」
「ブーブー」
「少しは反省しろ!」
「ぶー」
不満タラタラなコルチェ。こいつのプログラムを書いたやつは、どうも遊び心が過ぎる節がある。
僕が何言っても相手は機械なのだけど、生身の人以上に様々な反応が帰ってくる。はたから見れば昔流行った喋る鳥と遊んでいる様な光景なのだろうが、ここまで精巧だと境目がわからない。話を理解して学習するのだから、あながち無駄でもないのだろう。
そうこうしてるうちに、船はアロー法国に到着した。
アクセス解析を見ると4話の後やめちゃう人が多い。なんでかなぁと4話を見てみると、4000文字越えてた。しかも、会話が長く、文字が塊の様で見栄えが悪かった。
なるほどなぁと思いました。でも、今更どうしようもないよね!
次回は休み明けにします。