訓練
「涼介様、遊んでいる暇はございません。コルチェと共に練習場に向かってください」
レノに怒られてしまった。そりゃそうだ。練習場に行けって言われたそばから、やる事ないからコルチェと遊んで終わろーみたいな雰囲気だけじゃ逃げられなかった。
この大胆で華麗なスルーであれば、大概の人を翻弄できたのだろうが、レノには通用しなかった。
「涼介、ドンマイ!」
「……レノに怒られると嫌な汗がバンバン出るな。もうこういった小細工は寿命を縮めるだけだからやめよう」
「僕も、それが良いと思うよ」
コルチェに慰められながら練習場に行く。そこは船内にしては広めの大部屋となっていた。
ただし、周りに何も無く、金属で壁も床も天井も覆われていた。
「涼介! こっちだよ! 」
奥の方から聞き覚えのある声がした。
迷彩服を着こなし、ハードボイルドなサングラスをかけている。ここは船内だから、あれはファッションだろう。
いかにもな格好で出迎えたのは、ケンだった。
「ケン! 相変わらずカッコつけてんな!」
「はは! ありがと! 涼介、元気そうで良かったよ!」
「ああ。お前とレノに助けてもらったからな! サンキュー!」
「レノはそうだけど、ケンは涼介に怪我させちゃったからね。お礼は取っておいて! 次回頑張るからさ!」
「良いんだよ。 ケンに救われた事は確かなんだから。まあいいや。んで? 銃のレクチャーはケンがしてくれるのか?」
「そうだよ! じゃあ早速だけど、涼介専用の銃を渡すね」
そう言うと、ケンはポケットから銃取り出した。
「はい!これが涼介専用二列拳銃ね!」
ケンの取り出した銃は、大泥棒が持っていた銃身が円筒の拳銃を、銃身だけ二列にしたような物だった。
「ちょっと大きいけど、太もものガーターベルトから出てきそうな拳銃だな」
「この銃は太ももじゃなくて上半身にホルダー着けて管理してね!」
「了解」
「じゃあ、取り敢えず撃ってみようか?」
「そうだな。でも、この部屋だと跳ね返ってきたりして危ないんじゃないか?」
「大丈夫! 今から的を出すから」
ケンが指を指す。その方に目を向けると下からアンドロイドが出てきた。
「おい……的ってあれか?」
「そうだよ! あのアンドロイドを破壊するのが訓練プログラムなってるね」
レノさんの要求はいきなりハードルが高いものであった。見た目は普通のアンドロイドだ。ってことは、要は人の形をしているということだ。
あの見た目は人にしか見えないアンドロイドをこれから的として射撃しなければならないらしい。
ビデオゲームであれば、躊躇うこと無く引き金を引けただろう。実践形式にしては、この世界のクオリティが高すぎて生々し過ぎた。
「なあケン。的をもっと無機質な感じにできないの?」
「アンドロイドは無機質だよ!」
「見た目の問題だよ!」
「それはできないね! レノから、的は全てアンドロイドとする事って言われていてね。僕の権限ではちょっと変更不可なんだ」
「そうか……」
「そう!それじゃあ、取り敢えず実射をしないとね! いつでもいいよ」
そう言われたらしょうがない。僕は銃を構えアンドロイドに狙いを定める。
『……』
僕は何も考えずに当てることに集中する。
『…………』
ちょっと遠いせいか狙いがうまく定まらない。
『………………』
……いや、違う。手が震えているようだ。
フー
耳元に風が吹いた。
「うわぁ!!」
「あははははは! 涼介! 涼介! うわぁ! だって!あははははは!」
耳元の風の犯人はコルチェだった。真剣に狙いを定めているところに息を吹き掛けやがった。
「テメェ! 人が真剣にやってるとこにイタズラしやがって!」
「ひぃー!はぁー!あははは! だって、だって、涼介、一発撃つだけなのに何をそんなに真剣になってるのさ! もっとリラックスしなよ! 大丈夫。大丈夫。これだけ近ければ当たるよ!」
「そんなことはわかってるよ」
「そうだね! だから頑張って! 涼介ならできるよ!」
「……」
コルチェにからかわれてしまった。ここまで馬鹿にされると、逆に清々しさを感じる。
コルチェなりの優しさもあるのかもしれないが、今は感情が高ぶっていて、ありがたみを感じない。
「クソ!」
またアンドロイドに向けて狙いを定める。
『コルチェの野郎……。見てろよ!』
からかわれた怒りのせいか、今度は手が震えていなかった。
アンドロイドとの距離はそこまで遠いわけではない。ざっくり狙っても、何処かしらには当たるだろう。今の勢いを失う訳にはいかない。僕は荒れた感情のまま引き金に力を入れる。
『!!!』
引き金に力を込めた途端、背筋が凍りついた。間も無く寒気が全身を駆け巡り、身体中の毛穴が閉じる。手のひらには尋常じゃない汗が纏わりつき、気持ち悪い。やがて、こめかみから一雫の汗が頬を伝った頃……ケンが僕の肩に手を置いた。
「ちょっと休憩しようか?」
「……」
ケンに話かけられ、我に帰る。すると驚いたことに、僕は……泣いていた。
頬を伝うものは汗だけではなかったようだ。感情が高ぶり……いや、どうだろう。そんな気もするが、もっと知られたら恥ずかしい感情のせいな気もする。
「……ああ。悪い。そうだな」
僕は銃を降ろしアンドロイドを見た。……彼女はずっとこちらを見ている。僕は彼女の期待に応えられなかった。
ケンにタオルを手渡され、涙と汗を拭い一息ついた。そうすると、また手が震えだす。抑えていた涙が蒸し返すように溢れ出る。僕はそれを隠すように、顔をタオルで拭いた。
「まったく、弱っちいな、涼介は」
コルチェが僕を馬鹿にする。その通りだ。僕は撃てなかった。
訓練で、しかも動かないアンドロイド。どう下手打っても問題ない状況で、練習すらまともにできない愚図だ。コルチェに煽られても返す言葉もない。
「涼介にとってアンドロイドへの思い入れが大きくなり過ぎたのかもね」
ケンがフォローを入れる。それが、自分を惨めにする事は無かった。僕は悔しさを感じているわけでは無いようだ。悔しくないわけではないが、撃たなくて良かった事への安堵のほうが大部分を占めていた。
「……いや、そんなんじゃない。ただ、ビビっただけだ」
「そうかもね」
「もー、じゃあこれからどうする?」
「取り敢えず訓練はまた明日にしよう!」
「それしかないかー」
「悪いな」
自分でも驚くほどのチキンぶりに動揺を隠せなかった。こんなんで戦闘になったら確実に命を落とすだろう。軽い気持ちで加わったシューゼ法国救援作戦は、僕にとって想像よりずっと困難であった。これが異世界小説であれば、敵を倒す事に躊躇いなど起きていないはずだ。そもそも、命の危険を感じ、殺す事への恐怖など描写するまでもない。それが大戦となれば尚更だ。ゴミのように生命を奪って勝利のために邁進する。僕もそれを深く感じる事なく、最強主人公の描写に酔いしれていた。
だが、どうだろう。いざ自分がその立場になれば、生命ですらないアンドロイドでも攻撃できないチキンぶりだ。
僕の見てきた小説では描かれていなかった、倒した相手のことを見るのが怖かった。レノの説明では、穴を開け、内部を燃やすらしい。あの時、もし引き金を引けば、生々しく崩れ落ちるアンドロイドの最後を見る事になったのだろう。
それが人の姿でなければできたのだろうか? 動物の姿であれば大丈夫だっただろうか? 豚や牛のような家畜であればできただろうか? 小さな虫なら殺せたと思う。相手が魔物のような姿で襲ってくれば引き金を引けたと思う。
こればっかりは、線引きが難しく有って無いようなものだ。
レノになんて言えば良いんだろうか? ケンとコルチェと一緒に歩いた部屋までの帰路は、自分の弱さをぐちゃぐちゃと考えさせられるもどかしいものとなった。
おもちまで、あと五日! その前に蕎麦があるね!