アンドロイド
「レノさん。ちょっとそれは嫌だなー」
お願いをするのではなく、あくまで感想という表現方法でレノの出方を探る。
「では、ケンの性格を変えずにチューニングいたします」
さすがアマテラスと言うべきか。僕の意を汲んで先回りした答えが返って来た。出来のいい部下を持った課長のような心境だ。
「あー、そうね。そうしてくれると嬉しいね。でも、チューニングに影響とかない? 大丈夫?」
「問題ありません。性格的な行動決定プログラムは、今回の変更案件の中では軽微な変更ですので」
「あ、でも、多少はあるんだ。その……なんでチューニングが必要だったの?」
「完全な自立型になったケンでは自動アップデートが出来ません。ですので、今回収集したデータに基づいた解析と対策の更新をしております」
「あー。なるほどね! なら良かった。ありがとう、レノ。でも、なんで性格まで変える必要があったの?」
「ケンにプログラムされている性格情報は、今回のような有事の際に対して対応速度が不十分と判断されました。涼介様が危険だと認識する速度にも影響を及ぼす可能性がありましたので、改変要項に追加されました」
「僕が危険と認識する速度? 具体的にどういうこと?」
「人間の意思決定速度の中で、相手の立ち位置が重要な場合があります。今のケンは豊かな生活の営みに関して有利になるような決定を出しやすい性格となっております。
ですが、このような有事の際には、危険を察知する速度が重要となります。厳格な性格の相手であれば、普段の冗談などで本当の危険が曖昧になってしまう事を防いだり、発した危険信号の信頼性が高まり、涼介様の行動開始が早まる結果が期待できます。
また、笑い合い、共に泣き、親密な関係を持ったアンドロイドですと、危険な状況で見捨てる事ができない可能性があります。よって、有事の際に有利な性格にチューニングすることは、生存確率、任務の成功確率を上げる結果を導く有効な手段となります」
……レノの言っている事はとても重要で、とても有益な話だとわかる。わかるのだが……。
おそらく僕が軍の指揮官であれば、有無を言わさず実行しているだろう。この選択で生存確率と任務の成功確率が下がる事はないだろう。でもさ、人間には感情ってもんがあるんだよ。死にたくはないし、任務が成功した方が良いとは思うけどさ……。
「なるほどね。でもそれって軽微なの?」
「はい」
「なんで?」
「新たにアンドロイドを涼介様の護衛に配備いたします。有事の際には、そのアンドロイドの指示に従ってください」
「あー。そういうことね。ケンはそのままで、他でカバーすると」
「はい」
確かにこれならレノの言っている事は全てカバーできるかもしれない。ケンは大事だから、捨て駒のアンドロイドを配備するって訳か……。
僕の専属SPのが配備されたって事は、喜ばしい事なのに……なんでこんなにもモヤモヤとした感情が湧き出るのか? アンドロイドに感情は無いし、データがあれば復元できる。人間とは違うのだ。でも……。
『人が労働するのは、誰かの幸せを奪うに等しい行為なのさ!』
以前ケンに言われた言葉が突き刺さる。労働ってわけじゃないけど、同じだろう。僕が安易に浸った考えでは、誰かを不幸にしてしまうだろう。そもそも、僕が考えている事はケンの扱いが可哀想とかではない。今ケンを失う事は数少ない友人を失う事と等しい。そんな弱くて自分勝手な感情が、そうさせているだけだ。
「レノ……ごめんな」
「涼介様が謝る事はなにもありません。このような事態に巻き込んでしまったにも関わらず、不平不満の言葉一つ聞いておりません。
現在涼介様の調査が十分行き届いておりませんので、データ不足による間違った判断が発生する可能性があります。今回もそのケースに当てはまりそうです。涼介様はレノに配慮する事なく、何なりとご用命ください」
「レノにそんな事言われると思わなかったよ。今までちょっと怖がり過ぎてたみたいだ。レノもケンみたいに友人として見ても良いのかな?」
「構いません」
「はは。淡白でレノらしいな」
「涼介!僕も!」
「ああ。コルチェもな。ってかお前、なんか性格変わったな」
「当たり前だよ!乗っ取られてたんだから。今の僕が本来の姿だよ」
「そう言われればそうか……って言っても、そんなに大きく変わってないところを見ると、あの植物はプログラムを理解して真似したって事か?」
「若干違うんだけど、ほぼ表現としては及第点だね!」
「わかりやすく説明して!」
「そうだなぁ。あの植物は、演算と記憶ができるんだ。だから、乗っ取られたのは体だね!データを読み取って改ざんした情報を体に伝達させていたんじゃないかな?」
「なるほどね。じゃあ、データや演算機能は無傷って事か?」
「そう!それから、あの植物は燃やせるみたいだね。燃やして除去したよ!」
「燃えるのか。なるほどね。じゃあ、やばそうなアンドロイドは火炎放射でオッケーって事か」
「涼介様。アンドロイドの表皮は炎に耐性があります。ですので温度上昇は期待できますが、燃やす事は困難でしょう」
「性能が良いってのも考え物だな。じゃあ具体的にはどうすれば対処できそうなんだ?」
「一瞬で破壊する事をお勧めいたします」
「おい! 随分物騒な結論になったな!」
「はい。植物の知能が高すぎるため、躊躇すれば最悪の結果を招く可能性が非常に高いのです。物理的に穴を開け、内部を燃やし尽くす方法が、最善策です」
「さらっと凄いことに言ってるけど、そんな簡単に出来るものなの?」
「はい、涼介様には二列拳銃で武装していただきます」
「うぇ!俺、武装すんの!? まじかよ!」
「はい。涼介様のために特注致しました」
「うわぁ……。もう覚悟を決めなきゃいけないのか……。それって俺の知ってる銃の使い方で良いの?」
「はい。最悪の場合に備えた物となります。植物による介入を防ぐため、電子機器を排除し、物理駆動のみで構成されております。
狙いを定め引き金を引けば、一弾目が穴を開け、二弾目が遅れて穴に向かい、着弾と同時に爆発、燃焼いたします。また、弾数は五発です」
「味方が敵になる可能性があるからって事か……」
「はい。躊躇いなく引き金をお引きください」
「……わかったよ。出来るか不安だけど、努力する」
「はい。後ほど船内の練習場にて実践訓練をお受けください」
「了解。じゃあ、まあする事もないしアロー法国に着くまでコルチェと遊んでるかな」
「お! 涼介何して遊ぶ?」
「そだな、じゃあ猫じゃらしでも持ってきて貰おうかな」
「うわぁーい! 猫じゃらしー! そんな事で良ければいくらでも遊んであげるよー」
「あれ?俺が遊んでもらう立場かよ!」
「ん? 違うの?」
「え? あ。え? あーそうか。コルチェはロボットだから、遊んであげる必要ないのか。ってことは、俺のために猫じゃらしで戯れてあげるって事になるわけで……あ……うん。やめよう」
「えー! 辞めちゃうの? 僕は全然構わないけど。涼介は遊びたかったんじゃないの?」
「えーと、急に冷めたわ。なんかね、ほら、そろそろアンドロイドやら、ロボットやらで、訳わかんなくなって切ないオッサンになりそうだからさ」
「そうだねー。ちょっと周りから見たらヤバイよね!」
「え!?あーうん。ちょっとグサッときたわ」
「あはは! 涼介は面白いね!」
「お前に言われると未だに恐怖を感じるわ!」
「あはは! ごめんごめん! ちょっとトラウマっぽくなっちゃったんだね」
「がっつりトラウマになってるなこりゃ」
「今の僕は全然怖くないし、可愛い猫型ロボットだよ? 」
「そうだな」
僕の知っている猫型ロボットはもっと夢いっぱいのロボットだ。確かに色的には似ているかもしれないが、ポケットの中に夢が詰まってる訳じゃないだろう。
そんなコルチェに弄ばれながら、僕の乗っているこの船は着々とアロー法国へと近づいていった。
もうすぐ……もうすぐお正月……。おもち……。




