訪問者
「ケン……暇だ」
「そうだねぇ」
白い砂浜……打ち寄せる波……ギラつく太陽が眩しい。
「ケン……暑い……」
「ケンは感じないなぁ」
アンドロイドだから気温の変化や、日差しにさらされてもへっちゃらって事ですか。言われなくてもわかってるっての……。
「そんな冗談言ってる場合じゃねぇだろ……腹減った……」
「何にもないよ涼介。とりあえず蒸留水でも飲んで元気出して!」
「もう胃袋たぷんたぷんで飲めません! 固形物がほすぃ……」
ケンがいなければ水すらまともに飲めなかっただろう。今僕は、水と海水を飲んで生にしがみついている。
「もー、まだ遭難して三日しか経ってないよ!元気出して!きっとあと二、三日でレノが迎えに来てくれるよ!」
……そう、僕達は遭難してしまっていた。
三日前に完成したばかりの最新飛行機で勢いよく飛び出してはきたものの、電波干渉地帯でまさかの墜落。レノさんの見立てでは、故障じゃないって事らしい。であればいったいなんだったのか?攻撃を受けた感じも無かったのに。
そんなこんなでたどり着いた孤島。見渡す限り水平線しか見えないというデジャブを感じるも、今回は一人じゃないことに安堵する。って言っても人間としては一人だ。
僕とケンとレノ。とりあえずの安全確認を済ませたら、唯一飛行出来るレノがアロー法国に救援を頼みに行く事になった。
まるでスバルの様な孤島に助けられたは良いものの、何もない狭い浜辺でグダグダするしかなかった。
「やっと外に出られたと思ったらコレだもんなー。電波干渉地帯だから通信不可だし。墓地に舞い戻った気分だよ」
「はは!そうだね!災難ってのは続くんだね。にしても、涼介の場合、この世界の安定をもってしても不運の方に引き込まれちゃうんだから逆にすごいよね!」
「なんだよそれ、全然凄くないし」
「謙遜しなくても、天文学的数字顔負けの不運だよ!」
「謙遜したわけじゃねぇ!」
「はは!涼介といると刺激的な生活が出来そうで嬉しいよ!そういう運命なのかな?」
「僕にとってその不運は毎回個人では立ち向かえないレベルなんで、こんなんポンポン起こったらすぐ死んでしまいます」
「不運もだけど、それ以上に悪運も強いからね!大丈夫さ!」
「あー。もー。そろそろ逆に振れてくれねぇかなー」
「その内良いこともあるよ!」
「はぁ……」
そうは言いつつ、実は少しばかり運命に抗っていた。
出発までの三十日間、マオさんとのキャッキャウフフな個人レッスンの他に、レノにお願いしてケンを自立型アンドロイドに改造していたのだ。
もともとは一人で出立する予定だったのだが、正直な話心細過ぎてどうにか知ってる誰かと行きたかった。
アロー法国の重要人物であるリースさんは行けないという事なので、ケンしかいなかった。しかし、電波干渉地帯で機能停止されても困るので、ケンの改造をライオネルさんに相談したらあっさり許可が貰えることになった。ライオネルさんの気が変わらない内に、即刻レノに頼んでケンを自立制御型アンドロイドに改造。シューゼ法国の旅に同行してもらった。
知らない土地で孤独に右往左往するのは、もう経験したくない。
もしケンを改造していなければ、今まさにこの世界に来た時のデジャブを色濃く感じていた事だろう。
「あー。あー。お腹すいたー」
「そうだねー」
「ケン、魚捕まえて来て」
「オーケー! じゃあ、涼介は海水に触らないように気をつけてね!」
「お! いけんのか! こっちは大丈夫だ!」
「いくよー!そい!」
ケンが海水に片手をつける。特に変化が無い。一体なにをしているのだろうか?
「ケン、なにしてんだ?」
「今、ピンを打って海中の中を探ったのさ! でも、ここいら魚いないね」
「なんだよ……。なんか電気ショックでも起こして海中の魚を一網打尽にするのかと思ったよ」
「ははは! そんなことしたら一発でバッテリー残量がゼロになっちゃうよ。それでも大した電気ショックなんか起こせないしね」
「またこの世界は……妙にリアルで困る」
「涼介の知識にはとんでもない発想が多いよね」
「ファンタジーって言う空想の世界のお話だよ。現実では難しい事が謎の力で解決していくんだ」
「それ、面白いの?」
「好奇心と疲弊した心を楽しませる程度には面白いよ」
「ふーん」
「そもそも魚いないんじゃ意味ねーな」
「そうだね」
ありきたりな期待をことごとく打ち破ってくれるこの世界にだんだんと慣れてきたようだ。異世界ではあるが、ファンタジーではない。訳の分からない謎の力もないし、意味不明な生物もいない。
ただ、僕の期待には答えてくれないが、超技術的に度肝を抜かしてくれる憎い世界だ。
「あー! もうだめだ! 腹減りすぎて死にそう!」
「もー! じゃあ寝るかい?」
「寝れないよ!こんなクソ暑いところでなんか!」
「大丈夫! ケンはバージョンアップしたから、催眠ガス出せるよ!」
「それって仲間に施すようなもんじゃないよね!? 嫌だよ! 後遺症とか残ったらどうすんだよ!」
「そこは心配しなくても大丈夫だよ! むしろ体調は良くなるはずだからね!」
「そうは言っても嫌なものは嫌!」
「まったく……涼介はわがままなんだから!」
「いやいや、そんなにわがまま言ってないよ! 三日も水と海水で我慢してるんだから!」
「あともう少しだから頑張って!」
「クソ! レノさん早く帰ってきてくれ! もう死んじゃう!」
「大袈裟だなぁ……もう。」
何度もやり取りされたフレーズに、さすがのケンも飽き飽きしているようだ。
僕だってこんな話したくてしてる訳じゃなくて、味わった事のない空腹とストレスにやられてしまっているだけだ。
何度もグチグチ言ってしまうのは、生理現象に近いものがあると思う。
決して理性的な判断ではない事は分かっていても、助けを求めるようにグチグチとストレスを吐き出してしまう。
弱い人間程良く吠えるものなのだ。
「……ケン。あれ……あそこに見えるの船じゃないか?」
「ん? どれかな……あ……そうかな!あーそうだね! アロー法国の船だね! ほら、もうすぐって言ったでしょ!」
「たまたまだろ? さっきはあと二、三日って言ってたじゃないか!」
「そうだったっけ? ちょっと記憶に無いなぁ」
「この野郎! 都合よく発言を消してんじゃねぇ! 国会の証人喚問か!」
「よくわからないけど、助けが来たんだから良いじゃない! おーーい! ここだよー!!」
ケンは僕の追求を適当にはぐらかし、船に向かって大声で叫んでいる。
本当にこいつはアンドロイドなのだろうか?鋼鉄の中に人の脳でも入ってんじゃ無いだろうか?あんまりにもロボロボしく受け答えされても味気ないが、これはこれでどうだろう? 作り込み過ぎたゲームのようだ。
『……まあいいか。これでやっと固形物が食べられそうだ。もう、空腹で我を忘れかけてたからな。早く来い! 飯!』
ケンに適当にあしらわれても、もうどうでも良かった。船が助けに来た現実の方が大事過ぎて、負の感情はどこかへ行ってしまったようだ。
「やあ!」
後ろから知らない声がした。
瞬間、ケンが僕の後ろに立ち構える。
僕は声の主を見ようと後ろを振り向く。
「こんにちは」
猫だ。
猫がお洒落して二足歩行で立っている。
英国紳士風の佇まいがキザったらしく、杖まで持ってやがる。なんか憎たらしい。
「君は誰だい?」
ケンが猫に問いかける。猫に君は誰だい? なんてちょっと変じゃ無いだろうか? なんて、状況と思考がズレまくっている。これは空腹のせいだろう。今の現状が正常に処理できず、めんどくさい事は、飯食ってからにしてくれってことしか頭になかった。
いったいこの猫はどこから来て、なんの目的で話しかけてきたのだろうか? なんでケンがこんなに警戒しているのだろうか? 見た目は愛らしい猫そのものだった。