世界会議
今僕は、リースさんに連れられ、十五階に来ている。ラウンジのような広い空間に大きな両開きの扉がある。その両端には、小さめの扉が点々と続いていた。
「ここが世界会議場ですか?」
「そう。ここに各国の代表と、各国の専門家チームがいる。今回は、議題が議題だからね、多種多様な専門家チームが大勢来てるよ!」
「随分濃い会議なんですね。てっきり代表が数人で決めちゃうのかと思ってました」
「普段はそんな感じだね。ただ、今回は涼介君の今後と言いながら異世界転送についても、色々審議案件があったみたいだから」
「なるほど」
大きな両開きの扉を開ける。そこは劇場のような作りになっており、扉の前に広い通路がステージまで伸びていた。
「花 涼介様をお連れいたしました。」
満席の会場に入ると、リースさんが舞台の上の男に向かって告げる。
「ようこそ。涼介さん。皆さま!本会議の主賓であらせられる、花 涼介様でございます」
会場が一気にどよめき立つ。僕を見ようと一斉に注目が寄せられる。ぞわぞわと鳥肌が立ち、手のひらから汗が滲む。
そんな僕を尻目に、リースさんは僕を先導する。
『何これ? もっと気軽な感じだと思ってたけど、全然違うじゃない! ってそうだよね。世界会議だもんね、お祭り騒ぎだよね』
心の準備はしてきたつもりだったが、オペラの主人公が場外から登場したかのような状況に、冷静さのかけらもなくなっていた。
促されるまま前へと進む。刺さるような熱い視線が、辺りを確認することを拒む。
リースさんは何食わぬ顔で舞台に上がり、端にある席に僕を誘導した。
「涼介さん、ご足労いただき、ありがとうございます。まずはご着席願います」
軽く一礼をし、着席する。横を見ると、見たことある顔ぶれと、他に二名知らない顔が並んでいた。ルイ、レオン、リン……他はわからない。各国代表の席らしい。
「それではまず、涼介さんに、五大国代表のご紹介をいたします。
先ずは、ディエール法国代表 ルイ様。
続きまして、シューゼ法国代表 ダル様。
そして、ロイス法国代表 レオン様。
続きまして、アロー法国代表ライオネル様。
最後に、シェロン法国代表リン様。
以上でございます。それでは、司会の私に変わりまして、ライオネル様にご登壇していただきます。ライオネル様どうぞ」
小柄だが、凛々しい顔つきの男性だった。若そうなのに貫禄がある。ライオネルさんから、僕の今後が語られるのだろう。会場の雰囲気に飲まれ、焦燥感が込み上がる。
ライオネルさんが壇上に立ち、こちらを向く。
「アロー法国代表ライオネルです。こんにちは、涼介君。」
とっさに言葉が出なかったので、軽く会釈する。
ライオネルさんは、軽く微笑み、言葉を続ける。
「まずは、この会議に出席してくれた事を感謝します。ありがとう。また、一ヶ月もの長い間、ずっと待たせてしまったことお詫び致します。涼介君、申し訳なかった。」
僕は首を横に振り、大したことじゃないと表現する。
「これから話す内容は、この世界の状況を変えてしまうかもしれない程重要な事例となっている……かもしれない、なんて曖昧な表現で申し訳ないが、現状では情報が少なすぎてどうにも判断できない。今この世界で起きている事を、整理してまとめたので聞いて欲しい」
ライオネルさんはそう言うと、僕と反対側の舞台の端に位置取る。そして、舞台のスクリーンに世界地図が投影された。
この世界は三つの大陸から出来ており、左上の台形の大陸がシューゼ。右側に直角三角形の短い辺を上、斜辺を左にした形の大陸。上がアロー、下がディエール。
シューゼの下に、太い三日月型で左下に穴が空いたような大陸の左上がロイス、右下がシェロンとなっていた。
「涼介さんが今いるアロー法国は、地図の右上のここです。この建物は、ここにあります」
ライオネルさんの指す場所は、地図の真ん中から北東に斜線を引いてぶつかる海沿いから、少し奥まったところを指していた。
「まずここで、異世界転移者が出現します。涼介さんですね。それと同時に、アマテラスが損傷します。
これに関しては未知の攻撃を受けた事になっております。状況としては、衛星軌道上に点在する、並列接続されたアマテラスの一部が切断されました。
主なトラブルとして、シューゼのAIであるスサノウとの交信が断たれ、修復が出来なかったアマテラスは、ビットを世界全域に放出します。しかしこれも上手くいかず、現在にまで至ります。
転移が起きた数時間後、アマテラスから緊急招集の命が出されました。この会議ですね。ですが、通信方法が断たれたシューゼは、招集命令を受け取れませんでした」
『確か、VIPフロアでシューゼの代表とは会わなかったな。ケンの奴心配要らないなんて言ってたけど、この世界で通信出来ないなんてヤバイ状況過ぎるだろ?』
淡々と明かされていく事実にとは裏腹に、事の重大さが伝わって来る。そもそも、緊急招集の世界会議って時点で大事だろう。
ライオネルの講義は続く。
「我々はこれを、最重要課題と位置づけ、迅速に対応します。その日のうちに少数のアンドロイド部隊を編成し、シューゼに向かわせましたが、シューゼ大陸に近づいた所で交信が途絶えました。
事態の把握もままならず失敗に終わり、次の手段の検討に入りました。事態は緊急を要するとの判断に至り、総勢一万体のアンドロイドをシューゼ大陸を囲むように配置。常に交信しながらシューゼ大陸に進行しました。そして一万体のアンドロイドと引き換えに得た情報がこれです」
スライドに線が書き足される。シューゼ大陸をぐるっと囲んだ線が二本、内側が赤く塗りつぶされて、デッドラインの表記、外側が黄色で通信微弱エリアと分けられている。
解説とは関係ないが、「デッドライン」「通信微弱エリア」の表記が読めたことに感動する。マオさんに感謝。
そして、ライオネルが図の解説をする。
「この色分けされたエリアは、黄色は小型ビットの限界、赤がアンドロイドの限界エリアとなります。
この地域の環境への汚染はありませんでした。よって、人間による探索を検討し始めました。
しかしながら、自律型の移動手段が無いため、アマテラスによる急ごしらえの飛行装置を制作。この時点で一週間が経っていました」
会議が難航していたわけではなく、そんな大規模作戦実行中だったとは……。
一ヶ月も待たされた理由が良くわかった。シューゼの代表がここに居る時点で、この作戦は最低限成功を収めたのだろう。むしろたった一ヶ月で、よくここまで漕ぎ着けたものだ。
「通信手段を絶たれて、国としての機能はほぼ停止。医療区画以外での自律型機器の導入は制限されていたため、衣、食、住の危機が迫っていました。緊急時の蓄えは一ヶ月程度が限界で、少なく分けあっても、二ヶ月が最終リミットでしょう。
そこで、調査隊の作戦は、旧時代に設置され、ずっと放棄されていた大陸間有線ケーブルの復旧から始まりました。シューゼにある有線ケーブル拠点を復旧することが最優先目標となり、自律型飛行機による少数精鋭部隊を結成。最速で通信手段の確立、自律型飛行機の量産、支援の準備を並行して行うことを決定しました」
一地域でなく、国をまるごと救援する大規模作戦。
いつしか僕は、飲み込まれていた世界会議の雰囲気など忘れて、映画以上の現実に心を奪われていた。ライオネルは経緯を淡々と説明しているだけなのだが、無知でまだまだ純粋さの残る僕には、後に語り継がれるであろう偉大な歴史をリアルタイムで聞いているような、何かそんな熱いものが込み上げていた。
やっとここまで来ました。
19話20話は、後で大きく加筆修正予定です。
日常系はまだ苦手なので、大筋だけで投稿しました。
モチベーションがだだ下がりしてたので、サクッと先に進ませていただきます。