第二十話 歪んだ歯車
マオさんが僕を見つめる。彼女の期待を込めた視線が痛い。
「……マオ……ちゃん」
「あー、おしい! 涼介、なんで呼び捨てにできないの 私のこと嫌い?」
極端な物言いはマオさんの善意であり、僕への追い込みだ。
「いやいや! 嫌いなわけないじゃないですか! どっちかと言えば好きですよ! むしろ超好きですよ! こんなに懇切丁寧にラクライマ語教えてくれてるのに、嫌いになるわけないじゃないですか!」
「涼介、ちょっと恥ずかしいくらい持ち上げてくれるのは嬉しいんだけど、じゃあ、なんでちゃん付けなのかなぁ?」
「それはマオちゃんが不快にならないよう気をつけているからです!」
「じゃあ、呼び捨てにしてくれないと機嫌悪くなっちゃうよ! どーする?」
マジかー! なんでマオさんは呼び捨てにこだわるんだ? くそ! もう知らないから! 機嫌悪くなっても知らないから! 決して僕が調子乗ってるわけじゃないからな! 言ってやる! 呼び捨てにしてやるんだから!
うだうだ男らしくない所ばかり見せてしまっている。もうそろそろビシッと決めなくてはならないだろう。
「……マオ。これで大丈夫? 本当に問題ない?」
決心して言ってはみたがしっくりこない。
「おぉー! そうそう! それそれ! 私、本当は敬語苦手なの。教える立場なのにごめんね!」
「いやいや、問題ないよ。マオがこっちの方が教えやすいなら頑張る」
呼び捨てがたまらなく恥ずかしい。でも、マオさんのために頑張ろうと決意する。
「ありがと! 涼介は硬いから今まで大変だったよ。」
「えぇ……。マジっすか……。気をつけます」
女の子を呼び捨てにするなんて初めての経験かもしれない。妹ですらちゃん付けなのに。アロー法国の人達のフレンドリーさには戸惑ってばかりだ。
そんなドキドキのお勉強会は、入会した日から毎日開催された。暇でやることがないせいもあって、ラクライマ語の理解はどんどん深まっている。
会議の方はというと、難航しているらしく、マオさんとのお勉強会がもうそろそろ一ヶ月を越えようとしていた。
「涼介すごいよ! たった一ヶ月で普通に会話出来るし、本も読める様になったね! 」
「いやー、ははは。これしかやることなかったんで、のめり込んじゃいました! マオのおかげだよ。ありがとう」
それもそのはずで、本当にここではやることがなく、ケンと話していてもラクライマ語のことばかりだった。
細かいことを言えば、マオさんとケンの二人から一日中豪華な集中講座を受けていたのだ。これで修得できないわけがない。
「これなら、もうツクヨミに翻訳してもらわなくても大丈夫だね! 単語も、よく使うもの以外も結構覚えたから一人でも勉強できるね! 次回は一日翻訳禁止にして会話してみよう! じゃあ、頑張ってね!」
「はい。ありがとうございました。ではまた明日」
今日も講義が終わってしまった。この退屈だが裕福な世界で、やっと出会えた楽しいひと時。名残惜しくもマオさんを見届けて、仮想現実から退場する。
「やあ! 涼介君。勉強は捗ってるかい?」
サングラスが世界の在り方を変えると、そこにはリースさんが居た。
「あ。リースさん! こんばんわ。いやー、やっと見つけたやりたいことですからね。とても充実してます。今度、翻訳をしないで一日話そうって感じです」
「涼介君やるねー! 一ヶ月そこらで、そんなに上達したんだ。」
「ケンも教えていたからね! 涼介の理解が早いのも当然さ!」
ケンが得意げにリースに報告する。確かにこの上達の速さは、ケンなしではあり得なかった。ほんの少し癪に障るが、マオさんに毎回褒められていたのは、紛れもなくケンの功績だ。
ズルしている感覚はあったが、競争相手の居ない個人の勉強にズルもないだろう。
そんなことより、大学一年にもなろうという年齢にも関わらず、マオさんに褒められるのがメチャクチャ嬉しかった。
そんな知られたら恥ずかしいような思いを、ケンに悟られないようにしても無駄……隠すだけ損なので、つまらない世界を変えるために、嬉しい気持ちは隠さず頑張った。
不思議とケンは、そのことについて一切からかうようなことはしなかった。僕の勉強に文句も言わず真面目に付き合ってくれた。
アンドロイドだから自分の損得は関係ないのだろう。少し寂しい気もするが、アンドロイドは頼れる友人という役割の意味を実感していた。
「ケン、今回はとっても感謝してるよ。いつもありがとうな!」
「涼介、水臭いよ! ケンはいつでもみんなのために動くのさ!」
「ああ。それが使命だもんな!」
「はっはっはー! そうだよ! どんどん頼ってね!」
「ああ。でも、一人でなんでもできるよう頑張るよ」
「涼介は変わらないね! まあ、そこがいい所なんだけどね!」
「ふふふ。ケンも頑張ってるんだね。涼介君と仲良くできていてよかったよ」
「涼介とは親友さ!」
ケンの親友発言に、軽く笑みがこぼれる。もうこの言葉に違和感を覚えることはなくなっていた。
「ところで、リースさん。こんな遅くに何かご用でもあったんですか?」
「ああ。そうだった。会議で今後の方針が決まったんだ。それを伝えに来たんだよ」
会議の結論が出ないまま一ヶ月くらい過ぎていたものだから、リースさんの伝言にすっかり面食らってしまった。忘れていた訳ではないが、マオさんとのお勉強が楽しかったせいで重要度が著しく低下していた。
あんなに知りたかった今後の方針も、今ではむしろ面倒くさいことこの上ない。
聞きたくないけど、聞かなきゃならないだろう。
「そう……ですか。では、聞かせてください」
意を決してリースさんに尋ねる。
「あーごめんごめん。私は結果を知らないんだ。これから涼介君を世界会議場に案内するから一緒に来てね! 十五時間後に会場だから、その頃までに準備しておいてね!」
「明日の朝ですか。わかりました。お待ちしてます」
「緊張しないでいいからね。世界会議だからって、特に涼介君が気にするようなこととかはないから大丈夫だよ」
「わかりました。今日は早めに寝ます」
「それがいいね! じゃあ、また明日来るからね。お休みなさい」
「はい。お休みなさい」
長い審議が終わりを告げ、僕の人生を左右するかもしれない決議が伝えられる。罪人が裁判の判決を下されるかのような心境だった。
特に悪いことはしていないのに、落ち着かない。果たして今日は眠れるだろうか? 明日もマオさんと勉強が出来るだろうか? VIPフロアから出られるのだろうか? みんなから何を言われるのだろうか?
散々色んなことを考えても、大体僕の予想は大きく外れてばかりなので、的外れな結果になるだけだろう。
この世界は僕の理解の遥か上空を漂っている。上を見上げれば見えるのだが、あまりに眩しくて色眼鏡なしには形を捉えることさえできない。
モヤモヤと眠れない僕を察して、ケンが話しかけてきた。
「涼介、一緒に寝るかい?」
イケメンアンドロイドに添い寝されて眠れるのは、幼い子供だけだろう。
「ケン、添い寝されて眠れるわけないだろ? それに、レノに誤解されたら面倒だ」
「そうかい? じゃあ、よく眠れる飲み物でも作ろうか?」
「頼りたい気持ちはなくはないけど、大丈夫。心配しなくてもそのうち眠れる」
「わかったよ。あんまり考え過ぎもよくないからね。それに心配しなくても大丈夫さ、涼介は悪いことなんかしてないし、アマテラスに守られてるんだから」
ケンは僕の心境を理解しているのだろう。一つ一つの気遣いが心に刺さる。
「ツクヨミはどうなんだ?」
「言わなくても、僕を見てればわかるだろう?」
「そうか。ケンは結果を知っているのか?」
「知ってるよ。でも、今は涼介に伝えることはできない。なんにもね」
「わかったよ。この世界の人間じゃなくて、AIを信じるってのも皮肉なもんだけど、なんでか落ち着いてきたよ」
「はは。そうだね。だから、人にはAIが必要なのさ」
「悪くはないな」
そこには、人間よりもAIを信じているちっぽけなな自分がいた。
ここに来た時は、機械に管理されるなんて虚しいと蔑んでいたのに、今では都合よく縋っている。
結局の所、人間など信用に値しない生き物なのだろう。それがどんなに誠実で、真っ直ぐな人だろうと、感情を持ち合わせている限り……。
この世界の冷たさは、同時に暖かさを求めた結果なのかもしれない。
みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜
という新しく書いた物語がアルファポリスでホットランキングに乗りました!
こっちは更新を休止します!




