第十九話 友達作り
「よし! なんもやることないのは変わらないから、ラクライマ語研究会にラクライマ語を教えて貰おうかな!」
「オーケー! すぐに打診してみるよ!」
「おー! なんかワクワクしてきたぞ!」
ケンはそう言うと、僕が感想を言う前にダイブしていた。両手を広げ、背筋を伸ばし顔は天を仰いでいる。
今にも飛んで行ってしまいそうなそのポーズは、僕の心を不快にさせる。
つま先立ちしているのに微動だにしない。
膝を裏から蹴り飛ばしたかった。
「ただいま!」
「おう。そのポーズはなんか意味あるのか?」
「ん? カッコイイだろ? イエァ!」
中途半端なイナバウアーをしながら、右手で僕を指す。左手で顔を隠し、指の隙間から僕を覗くように見ていた。
僕に何を求めているのかサッパリだったので、ここはスルーする。
「おう。で? どうだった? ラクライマ語教えてくれるって?」
「大丈夫だよ! 涼介の頼みを断るなんて、みんなしないさ! 泣いて懇願されたよ!」
泣いて懇願とかおかしいだろ? きっとみんな僕みたいに死ぬほど暇なんだろうな。
「なんだよその不安しかない反応は! 急激に会いたくなくなったよ!」
「はは! もう一人は、ちょっと面倒くさそうにしてたけど、心境はウキウキしてたかな!」
「その人の赤裸々すぎるプライベートな感情はバラさないであげて! ちょっと抵抗は減ったけど、会った時の反応に困るわ!」
「三人目は、口は悪いけど、とっても良い子だよ! ラクライマ語の知識も申し分ない。僕が教えた方が良いと思うけど、人に教えてもらった方が涼介の息抜きになるからね! 早いとこぼっちを卒業しなきゃね!」
そうだ、これは友達作りに持ってこいのイベント。泣いて懇願するほどに、みんな友達に飢えているのかもしれない!
そうであるならば、大漁、まさに入れ食いのように友達ができることだろうだろう!
今から胸が踊る……うん……ちょっと表現間違えたな。少し萎えたわ。しかし……
「ああ! この世界で友人と呼べる人はいない。いるのは親友のアンドロイドだけだ。早くしないと、その響きに違和感を感じなくなってしまう。いろいろマズイ!」
「いやー、嬉しいような、嬉しくないような。微妙な表現だね!」
「で? どうすんの?」
「じゃあ、このグラス掛けて」
「ずいぶんとハードボイルドなグラサンだな。ちょっと恥ずかしいんだけど」
「わがまま言わない! 大きい方が見やすいから」
「へーい」
ブラインドを指でこじ開けたくなるようなサングラスを渋々装着する。
せっかくこの世界に来たのだから、もっと未来的なイカしたデザインのガジェットが見たかった。
「着けたよ」
「じゃあ、両手を広げて胸を張って、目をつぶって天を仰ぐ! そしててこう叫ぶんだ。「ラクライマ語研究会へダイブ!!」ってね!」
ケンのレクチャーを受け、どうすればいいかわかった僕は、普段通りの声で発声する。
「ラクライマ語研究会へ」
「!?」
発言と同時に、目の前に入会ボタンが現れる。
説明文付きだ。
——>> 本研究会は、ラクライマ語について自由に研究をする集まりです。どなたでもご参加できますので、お気軽にご入会ください。
いいじゃない! とっても緩そう! これなら続けていけそうだね!
早速ボタンを押す。
……あれ? 今……ボタンの感触があったけど……
仮想現実が、触覚を刺激していた。
ボタンの感触に気を取られていると、今度は説明文だけ現れる。
——>> 何をしたいか考えてください。
考える……? ああ……読み取るのか。じゃあ……
——<< ラクライマ語を勉強したい。一切知識無し。これで良いのかな?
——>> 教育部門から、三件ご招待状が来ております。
——>> 優しく教えます!
——>> がっつり勉強しましょう!マスター保証!
——>> 一緒に勉強しよー!
——>> 招待を受諾しますか?
これはさっき、ケンが根回しした人達だろうな。どうすっかなー。ここは三番目の人に惹かれるけど、二番かなー。いや……一番にしようか。一番先に招待状を書いてくれたってことだもんな! よし!
——<< 一番の人に決めた!
——>> それでは、お繋ぎいたします。
あーやばい!ドキドキしてきた。人見知りだからなー。仲良くなれるかなー?
胸の鼓動が早くなる。知らない相手との対面はいつだって変わらない。今回はそれにも増して、勝手も知らない異世界だ。待ってる時間がいやに長く感じていた。
——>> こんにちは!
来た!
——<< こんにちは! 花 涼介と申します。ラクライマ語を勉強したいと思っています。この度は、招待状をいただきましてありがとうございます。
——>> あはは! そんなに畏まらなくて良いよ! 私の名前はマオ。よろしくね!
——<< はい! マオさん、よろしくお願いします!
——>> じゃあ、まずはこっちから仮想現実の招待を送るから、承認ボタンを押してね!
——<< はい!
少し待っていると、承認ボタンと説明文が現れる。
——>> 仮想現実への招待を受けました。承認いたしますか?
僕は、感触のあるボタンを押す。クリッキーなキーボードを押したような、とても押しごたえのあるボタンだ。
——>> 承認いたしました。落ち着ける所に座ってください。その後、開始いたします。
ん? 座る? 東屋でいいか
東屋の適当な椅子に腰掛ける。するとカウントダウンが始まり、終わると同時に視界が変化する。
ここは……会議室か?
視界は会議室のような場所を映し出していた。キョロキョロと辺りを見回すと、ドアも窓も無い。机とスクリーンがあるだけだった。
「おーい! こっちこっち!」
横から声がする。そちらを振り向くと、同年代くらいの女性が立っていた。お天気お姉さんにでもなったら、絶対に話題になるだろう。可愛いと綺麗を足して二で割ったような美貌であった。
「あっ。マオさんですか?」
「そうだよ! 涼介君、これからよろしくね!」
「はい! よろしくお願いします!」
「ふふ。異世界から来た人って聞いてたから、少し緊張してたけど、私達とあんまり変わらないね」
「いえ、僕等の世界にはこんなに美男美女はいません!」
「ふふ。なにそれ? それって、私も入っているのかな?」
「マオさんが入ってないなんてあり得ませんね! むしろこの場で求こ……。おっと危ない」
「ふふふ。何が危ないのかなー?」
求婚と言おうとして、ふと、レノの言葉を思い出した。
失言と気付いて、慌てて軌道修正したのだが、マオさんは軽口と取ってくれたらしい。
レノはどこまで僕の願いを叶えるつもりだろう?
レノには緊急時以外、なにかする時に僕の許可を仰ぐよう言っておかないと、おちおち冗談も言えない。
問題無いとは思うが、シャレにならないことは今は控える。
「失礼しました。美人を前にすると、男はみんな調子に乗っちゃう生き物なんですよ。これはもう抗えない病みたいなものです。せっかくマオさんがラクライマ語を教えるために時間作ってくださったのに申し訳ありません」
「涼介君は硬派なのか軟派者なのかわかんないね」
「硬派ぶってる軟派者です」
「あはは。そうだね! あー、でも良かった! 涼介君話しやすくて。でも、ちょっと硬いかなー。なので、私のこと、マオって呼び捨てにしてみようか?」
「無理っス! 自分これが精一杯です!」
「んーじゃあ、もう少し時間置いてからだね!」
「頑張ります……」
「絶対だよ!」
「ハイ!」
その後、干渉を切って会話をした。マオさんには引きつった笑顔をさせてしまったが、そんな顔をさせてしまって申し訳ないと思う気持ちは、そんな顔も可愛いなぁと思う気持ちに上書きされた。
全く会話できない、字が読めないと分かると、干渉を切らずに、まずは字と発音を覚えてからと方針が決まった。
マオさんが作ってくれたお勉強セットを、ケン伝いに手配してくれるらしい。
ざっと見た感じ、字と発音が変わらないところは日本語の平仮名と似ていた。字が書ければ発音出来るし、発音出来れば字が分かる。漢字みたいな物は無いみたいだ。全部平仮名で表現する言語だった。
これなら、あとは語句を覚えていけばある程度話せるようになるだろう。
マオさんとのたどたどしい会話ができるのを楽しみに頑張っていけそうだ。
そして、今日はマオさんに、文字と発音を教えてもらってお開きとなった。
「ありがとうございました」
「うん。涼介君頑張ってね! 私が作った教科書でちゃんと予習してね。じゃまた明日連絡するね!」
「はい! では、また明日!」
そう別れの挨拶を済ませると、マオさんが一瞬で消えてしまう。突然一人になった会議室は嘘の様に静かだった。
先ほどまで教わっていた場所を見ると、脳裏にマオさんの余韻がよぎる。また明日になればマオさんに会えるのだ。
今日はマオさんが手配してくれた教科書で勉強して、簡単な一文を書いてみようと思う。そう目標を決めると、視界の右下にずっと見えていた退場ボタンを押した。
視界が暗転し、庭を映し出す。
東屋の隅で、ケンが拗ねていた。
現在人気作品を貪るように読んでいます。
記 2018/10/31