第十七話 平和の代償
「やあ! リース! ちょうどよかった! 涼介といろいろ話し合っていたんだけど、リースの意見を聞きたいんだ」
白々しいことこの上ない。ケンはさっきの暴露をなかったことにでもするかのように、完璧に偶然を演じている。
「無駄」発言に対してグダグダとしていたのが嘘のようだ。
「私の意見が必要なの? いいよ! 暇だったから、涼介君の様子を見に行こうと思ってた所だしね」
リースさんは暇だったから僕の様子を見に来た所だった。それは、女の子とまともに話したことのない僕には、非常に衝撃的な発言だったようだ。
あぁ。それダメです、リースさん。高校デビューできなかった僕には、女性から「暇だったから、様子見に来た」。なんて言われたら一発で勘違いしますからね!
もう、脳内変換されて、建前上そう言ってるだけであって、「暇だったから、会いに来ちゃった!」。って事になってます。
あぁ。そうか。これが恋ってやつか……こんな脳内変換しちゃうなんて、これがいわゆる、恋は盲目ってやつかな!
「それは違うよ!」
ケンが突然、声を荒げ意味不明な発言をする。
「なんだ??」
「涼介、それは恋じゃない! 危ない人間になる前に戻って来るんだ!」
僕に言っていたらしい。さっきまでリースさんと話してた途中だったので、何言ってるのか分からなかった。また、脳内会話に返答してきた、ということだろう。
「おい! ケン! 人の脳内と会話するのも大概にしろよ! 話の流れぶった切り過ぎだ!」
ケンはなぜか、色気付いた考えをするとしゃしゃり出てくる。まったくもって油断ならないアンドロイドだ。
「ああ、ごめん! ごめん! でも、涼介は世話がやけるんだから。前にも言ったけどね、それは……」
「うぉーい! もういいよ! リースさんもいるのに、人の考えてること暴露するどころか、説教なんて! プライバシーの侵害だー!」
このままケンの説教を聞いていたら、リースさんへの下心と、恥ずかしい脳内変換まで赤裸々に語りだしそうだ。僕は慌てて抗議する。
リースさんは、そんな僕らの会話を笑いながら聞いていた。
「涼介様、お困りでしょうか?」
「うひゃっ」
ケンに追い詰められた僕を見て、何を悟ったのかレノが声をかけてくれた。
しかしながら、レノが心配してかけてくれたご用聞きに、心底肝を冷やし恥ずかしい声が出る。
「だっ、大丈夫だ! 何も心配要らない!」
「かしこまりました。何かあれば、なんりとご用命ください」
「おう! 頼りにしてるよ! ……ふぅ。ケン。この話は終了だ」
「オーケー……理解したよ」
ケンもレノには機敏に対応する。流石に懲りたのだろう。そんな僕たちの会話を聞いて、リースさんがニヤニヤと上目遣いで僕に近づいてきた。
「……んー、涼介君は、リースお姉さんの優しさに当てられちゃったのかな?」
リースさんが、何かを察してしまったようだ。
なんだこれ? 調子のってんのかな? すっごく可愛い。美人がやると破壊力がマジ半端ない!!
あー、やばい。やばい。やばい。なんだこの感じ! この、胸の奥から湧き上がる抗えない衝動は!
コレはあれだ……恋って言うとまたケンに目をつけられるから……そうだな……例えると、「今まで女の子と口を聞いたこともないシャイで地味な男子高校生が、クラスで噂の可愛い女子から、偶然にも優しくされて勘違いする」ってやつだ!
そうそう、それだ! ……ってアレ? あっ。あー! なるほど! そうか! そうか! 俺のことか!
どうやら気づいてしまったようだ。
ケンというアンドロイドに導かれ、人が必ず通る、恋煩いという黒歴史製造期にいる自分を。
ただ、ケンは危ない人間になる前にって言うけど、そこから始まる甘酸っぱい恋愛ストーリーもあるだろう! なんでクソみたいなチート主人公には寛大なのに、ハーレム展開をことごとく潰しにかかるんだ! ちょっとくらい良いじゃないか……。風呂場にまで押しかけるほど徹底することないじゃないか……。
でも、わかっていた。いや、気付いていたけど、見ないようにしていただけだ。この勘違いの先にある未来が好転することはないんだと。「キモい」とリースさんに言われて、自分でも「俺、キモい」と感じてしまう、その時が来てしまうと。
ならば、勘違い系ドタバタ主人公は封印しよう。こんな設定、そもそも相手がなぜか主人公にデレているという謎の力がないと成立しない。
この、どこまでも事務的で、現実的な世界ならば、きっとここはグッと堪える事が正解だ。
勝手に昇天しきっていた下心に喝を入れ、相手のこと、これから先のことをキチンと考えてから発言しなければならない!
……そうか。俺の……ことか。ケン……ごめん。俺が悪かったようだ。美人なお姉さんに優しくされたばっかりに……でも、よし! まだ大丈夫! 寸前の所でケンに救われている。まだ取り返せるはずだ! ありがとう! ケン! 心のアルバムに、黒歴史を綴るところだった。
僕は引っ掻き回された自分の気持ちに区切りをつけ、戻ってくることに成功する。
「あはは! リースさんが優しくしてくれるのはとっても嬉しいんですけど、美人な女性にそんなこと言われるの慣れてないんで、戸惑っちゃいました!」
「涼介君は、お世辞がお上手ですねー! でも、ありがと!」
きったー! どうだケン! 見ててくれたか! 完璧だ! 俺はやったぜ! 心の病に打ち勝った! ありがとうケン!
そしてケンを見ると、満足そうに目をつぶり、頷いている。
その姿は、僕の答えが正しかったと肯定しているのだろう。僕は、満足感と達成感を感じたのだが、ケンのドヤ顔が、ちょっと腹立たしかった。
「それで? 聞きたかったことって何なのかな?」
「そうそう! 涼介がね、ケンは無駄ばかりで意味がないことしてるって言うんだ!」
「聞きたいこと違うだろ! もう、許して! ごめんなさい」
まだ根に持っていたらしい。ツクヨミは超面倒くさい性格の持ち主なのかもしれない。もう絶対「無駄」は封印しなければと、再度心に刻んだ。
「もー。しょうがないなぁ。ケンも鬼じゃないからね! 拗ねるのもここまでにするよ」
「ふふ。何だかよくわからないけど、ツクヨミにダメ出しなんて凄いことだね」
「ええ。身に染みて後悔しております」
僕は甲斐甲斐しく反省してみせる。
「じゃあ、本題だけど、どうやら涼介はアマテラスになんでも命令できるみたいなんだ。その命令ってのも、全人類が四分の三になるまで全て履行される。
それでね、アマテラスが暴走気味なのを、自分が転移して来たからだと知って責任を感じているんだ。
それに、みんなに危険因子みたいな扱いをされて煙たがられるんじゃないか? って心配しているんだよ。リースはどう思う?」
静かにケンの話を聞いていたリースさんが、一呼吸置いて話し始める。
「……ちょっと凄い話だね。じゃあ、簡潔に言うね。
まず、一番大事なところは、アマテラスの意思は人類の総意とほぼ同じ意味なんだよね。私達はアマテラスを誇りに思っているし、その決定は全て人類のためだとみんな信じている。
むしろ、アマテラスがそこまで警戒しているのであれば、これからどうするか真剣に議論すべき案件だと思う。
そして、涼介君はみんなの希望となる運命を背負っているかもしれない非常に重要な存在。恐らく、みんなそう思うはずだよ」
「そう……ですか」
リースさんの意見に、ひとまず安堵した。それと同時に、あまりにも自分とかけ離れた思考回路に、戸惑いを覚えていた。
どうしてすぐに、こんな突拍子もない話の意見を導き出せるのだろう?
もしかしたら、僕に命令されたアマテラスによって、殺されるかもしれないのに。信じる? 誇り? 実感が薄いのだろうか?
リースさんは、アマテラスの暴走を目の当たりにした。アレを経験して、死を前に冷静でいられるわけがない。もっと身の危険を案じて、自衛を考えるべきだろう。
「なんで……そんなに簡単に割り切れるんですか? アマテラスは人を殺せるんですよ? リースさんもアマテラスの暴走の現場にいたでしょ?
それで、アマテラスは僕の命令ならなんでもするって聞いたら、普通怖いでしょ? 僕がいなければいいって思わないんですか?」
ちょっとだけムキになってしまったようで、言い終わった後に後悔した。
リースさんを責めたいわけじゃない。この世界の理りを信じられない自分が、己の弱さを叫んでいただけだ。
「ふふ。なるほどね。ケンが意見を求めた理由わかってきたよ。確かに、私達は涼介君を心から信頼しているわけじゃない。
でも、アマテラスのことは信用しているんだ。人間、長くても百年そこそこの人生さ。それを、アマテラスは八百年間平和を維持、管理してきた。それは、ほぼ絶対の信用に値しないかい?
しかも、生み出したのは私達の祖先だ。直接は関係していなくても、みんな、誇らしいと思っているよ!」
「僕のことは信用できないけど、アマテラスは信用できる。アマテラスが許可していれば、それでいいってことですか」
「極端なことを言えばそうだね。でも、それは同時に、涼介君はアマテラスと同じくらい信用できる存在と言ってるのと同じ意味だね」
リースさんの説明はわかりやすく非の打ち所がない。それはまるで、数学の証明でもするかのように、正確で、完璧な答えだった。
この世界の人達と僕の考え方は違う。彼らの考えは理想的でもあり、危うくもある。平和ボケよりも完治し難い、意識できない病のように思えた。
ただし、これは、今のところリースさんだけの意見であって、これから会う人全員がそうとは限らないとは思うが……。
アルファポリスで、居酒屋でくだを巻く優子さんの憂鬱って作品を投稿してました。
花と魔王の続編を出したいという欲求は、だいぶ薄れてきたので、思いとどまれそうです!
記 2018/10/31