第一話 異世界転送
書き直し実行中。完了したら、サブタイトルに話数を表記します。
桜の花びらが散っている。
街道を彩るそれらは穏やかな春の風を受け、ひらひらと遊ぶように舞い落ちる。
地に届いた花びら達は我先にと街道を埋め尽くし、道行く人々を桃色の絨毯でお出迎えしていた。
そんな美しい景色を愛でながら、僕はこの街道を歩いている。
ただ、朝から優雅に散歩……と洒落こんでいるわけではない。
今日はこれから通う大学の入学式が行われるのだ。
見知った仲間のいない大学生活……不安と希望を抱きながら新しい一歩を踏み出している最中だ。
僕の今までの人生は……思い返してみても特に何もない……とても普遍的な人生だった。
普通の親元に生まれ、一般的な生活を営み、学費を稼ぎながら勉学に励むような苦学生になる予定もなかった。
幸運とまではいかないが、恐らく数多くの人が僕のような人生を歩んでいることだろう。
だが、何の苦労もなく読み書きそろばんを教わり、飢えに苦しむことのない人生を歩める人が一般的と言われるまでになったのは、そんなに昔のことではないらしい。
だからといって、高校を卒業して間もない一般人の僕が、国や世界に感謝するためには経験も知識も足りない。
何に感謝すればいいのか?
誰に感謝すればいいのか?
僕が感謝して誰が喜ぶのか?
何もかもが足りなかった。
だから僕は足りない知識や経験を学ぶために大学へ行く。
たとえその大学が特筆することのない一般的な大学だったとしても、それなりに大きな何かを得ることができるはずだ。
そして、それは、僕の人生に一条の光を灯し、進むべき道を照らしてくれる……はずなのだ。
気持ちの良い街道の景色にあてられ、世界と国に感謝! なんて、壮大な独り善がりを患っていると、僕を現実へと呼び戻す声が聞こえた。
「涼介ー!」
後ろから聞き覚えのある声が僕を呼んだ。
僕を見つけると小走りに近づいてくる。
「おー! やっぱ涼介じゃないか!」
「あー、やっぱり中島か」
彼は……中島。
……えーっと、あー、高校生活を共に過ごした数少ない友人だ。
特に……仲が良かったわけではないが、ずっと同じクラスだったり、何とはなくできたグループにいつもいたり、同じ帰宅部で下校が一緒だったりと、何かと……縁がある仲だ。
思い返してみれば仲が良いと言うよりは、良い意味で……そう、良い意味で空気の様な存在だったのだろう。
だから、ぞんざいな扱いになってしまうのは大体いつものことだった。
「なんだよ。 ずいぶんな感じじゃんか!」
新天地への不安を前にして見知った顔を見つけたにしては僕の反応が薄すぎたようだ。
「あー……いやいや、そんなことはないよー。いや、むしろ良かったよ。一人で入学式に行くことにならなくてすんだからな」
「なんだよ、言ってくれれば待ち合わせしたのに!」
こういったことを言う人は結構いるが、交友関係の温度差を計れていない状況ではなかなかそういったお願いをするのは難しいものだ。
害のない人であれば、グイグイ来てくれのはありがたい。
そういった意味では、中島は貴重な友人だった。
「そうしたかったんだけど……ほら、高校最後の方は俺ほぼ登校しなかったじゃん?
中島が一緒の大学ってのは知ってたけど、連絡してなかった期間が長かったからさ」
「そうだなー、おまえメッセージ送っても全然既読になんないし、2日後くらいに「ごめん、今気づいた」だったもんなー」
「いやー、わりぃなー」
いつ見限られてもおかしくはないはずなのに、中島はそんな僕を見捨てる様なことはなかった。
中島は良い奴だと思う。本当に。
「おまえ今まで何してたの? せっかくの自由な休みに……まさかお勉強……じゃないよな?」
「まさか! お勉強ならこんな大学行かねぇよ」
「ですよねー、こんな大学で文系選んでる時点で四年間無駄に楽しむ準備はできてるよねー」
「将来の夢が未だ決まってないもので」
「はい、僕も四年間でやりたいこと見つけたいと思います!」
中島も大きな志もないまま大学生活を怠惰に過ごす準備は万端らしい。
「んで? 休みはなんか面白いことでもあったんかい?」
「ん? まー、なんと言えばいいか……。読書……だね」
「読書!?︎ おまえが? なに読んでたんだ?」
「……えーと、うーん。小説?」
「小説?」
「ライトノベル的な?」
「あの、タイトルが長いことで有名な感じのやつか!?︎」
「ああ、んー、そうかなー」
嗜んでいる趣味の話だったはずなのに、とても歯切れの悪いなんとも気のない返事になってしまった。
それと言うのも、ライトノベルの地位が社会的に一部の方……と言うには大多数の方々の受け入れ難い雰囲気を払拭仕切れていないと感じていたからだ。
そんな現実を考慮して個人の趣味程度に留めておこうと思っていため、歯切れの悪い感じの受け答えになってしまった。
まあ、ライトノベルとラノベは違うだとか、そんな分け方に基準は無い……なんて議論をするつもりはないので、フィーリングに任せて適当こいた感じで恐縮ではあるのだが……。
だが、これも数少ない友人を失わないようにするための処世術だ。
そんな打算的な受け答えに中島は叫ぶ。
「きったー! ついにおまえもその門戸を開いてしまったかー! 同士よ!」
「ん? どうした……大丈夫か?」
中島のテンションがおかしい。
ちょっと急すぎてついていけない。それに、ラノベの話をこうも堂々と嬉々として話す行為に僕はまだ抵抗がある。公共の場ではちょっと抑えて欲しい。
「馬鹿野郎! ちょっとは乗ってこいよ! ラノベ的なカッコいい感じの言い回しだろ?」
「ああ……そうか。中島もライトノベル好きなのか?」
「そうそう、俺もはまっちゃてさ。弟が持ってたのを借りて読んでたら止まらなくなっちゃって。なんだかんだでかなり読んだなー。おまえの好きなジャンルは?」
「読み始めて間もないからまだそんなに数読んでないけど、異世界ファンタジーは面白いかな」
「鉄板だな」
「そう、お約束系」
「俺の読んだラノベの九割は異世界ファンタジー系だ」
「チート主人公、ハーレム、異種族、異能、魔法、とテンプレ通りなのに……面白いんだよなー」
「なかなかわかってるじゃないか! テンプレ上等! テンプレこそ至高! むしろ縛りプレイ!」
「縛りプレイ!?︎」
「まあ、なんだ。かっこよくて感動すればいいんだよ!」
「そうだな」
ライトノベルは純文学のような堅苦しさや、趣などを気にせずに読めるのがいいところだ。
そもそも時代背景の皮肉など気づく学がないので、文化的に優れた小説は単純につまらないってのが大きい。
俳句より川柳の方が好きだ。ってのが近い表現かもしれない。万葉集よりサラリーマン川柳の方が面白いって言った方がわかりやすいだろうか。
ちょっと言い過ぎた感はあるが、僕の学力的に見るととても近い表現だと自負? しておく。
「ちなみに今は何読んでんだ?」
「「引きこもりの俺がコンビニ帰りに飛ばされたのは異世界だった」ってやつかな」
「あ、俺もそれ読んだ! サブヒロインの子がめちゃくちゃ魅力的で大勢のチートな敵に四面楚歌な状況の時の……」
「ちょい待ち!」
「ん? これからがいいとこなのに……」
「いやいや、今読んでる途中だから! ネタバレやめて!」
「あ、わりぃ! わりぃ!」
うっかりとはいえ、読んでいる最中の大作に水を差す行為は許されない。
結果の知れた小説なんて読む価値が半分以上削がれたに等しい。
そもそも、結果がわかりきっていても楽しめる娯楽などギャンブル以外存在しないのでは無いだろうか?
そのギャンブルだって浴びるほどの大金を得てしまえば、ただ数字が大きくなる様を見てるだけのつまらない行為に成り下がる。
「なんだよー、頼むよー、サブヒロインってなんだよー、四面楚歌の状況ってもー!」
「うん、そこで泣いたネ!」
「泣くのかよ!」
「三回は読み返して、三回とも泣いたネ!」
「あークソ! なんだよ! めっちゃ気になる!」
「えーっとー、そこでね、めっちゃ泣いた!」
「クソ! 聞きたいけど、聞きたくない!」
「まあ、そこまで読むのに二週間くらいかかると思うよ!」
「長いなー。もう今の会話忘れるわ」
「それがええ」
中島はうっかり先を喋ってしまった罪滅ぼしとして、気になる感想を述べて謝罪としたようだ。
とりあえず中島のうっかりネタバレを考慮しても、なんとか楽しく読み進められそうで良かった。
「んで、中島先生のおすすめってなんかある?」
「あるよー! 今読んでる最中でタイトルがアレだけど……涙腺崩壊系の物語」
「いいねー!」
ラノベにタイトルを期待してはいけない。
気になったら読めばいいのだ。タイトルがアレでもいい話は沢山転がっているのだ!
それに、僕は泣ける物語はめっぽう好みだ。
「 「大草原で致命的な便意に襲われた僕に差し伸べられた手はラベンダーの香りがした」ってやつ」
「タイトルがアレすぎて涙腺崩壊が虚言にしか聞こえねーよ」
「バッカ! 今話題沸騰中だぞ! 「ダイベン」ってラノベらしく省略された愛称を聞かない日はないぞ!」
もうそれは愛称ではないだろう。
結構期待して聞いていたというのに、この仕打ちはどういうことなのか?
俺のこの……ついうっかり、ワクワクしてしまった気持ちを返せ。
「省略の仕方が悪意に満ちてる」
「まあ、嘘だけどな」
「嘘かよ!」
「夢落ちよりはいいだろ?」
「うるせぇ!」
中島が繰り出してきた渾身のボケには、いささか遺憾の意を表明したいのだが……まあ、そこは大目に見よう。
なにせ、偶然にも中島が僕に声を掛けてくれたおかげで一人ぼっちの入学式として刻まれるはずだった心のアルバムを回避できた。
くだらない話で盛り上がった道中も、なかなかいい思い出になるなーと感じてはいる。
しかしながら少々屑な僕は、そんな中島との会話が面倒になってきていて、やっぱ俺は人付き合い向いてねーな、などとナーバスになりかけていた。
決して糞みたいなボケに落胆した訳ではない。
「でたでた、おまえまたぼーっとしてるぞ!」
「お? そうか? わりぃ!」
「わりぃ! じゃねぇよ。うるせぇ! なんてツッコミ入れた瞬間に目が死んでたぞ」
「そうか?」
「彼女とのメールがめんどくさくなったみたいな反応しやがって!」
「いやいや、そんなことはナイチンゲール」
「……」
あれあれ? この距離で聞こえなかったのだろうか?
ちょっと恥ずかしいが、仕方がないのでもう一度言うことにする。
「ナイチンゲール!」
「うるせぇ!」
親切心でしたことなのに怒られてしまった……。
と、まあ、くだらないおふざけは置いといて、中島は僕の考えていることが多少なりともわかるのだろうか? 僕のちょっとした気の緩みが、中島の何かを刺激してしまったようだ。
彼の洞察力には感心する……。
いや、ちょっとどうだろうか、歯に絹着せぬ言い方をすればこうだろう。面倒だ。
「まあまあ。そんな俺のちょっとした変化に気づくなんて中島はエロいな!」
「いやいや! 二人しかいないのに、そんな反応薄くなったら誰でもわかるから! むしろ急に態度変われば誰でも失言でもしたかと不安になるレベルですから! エロいけど」
「まじかー。そこに公衆便所あるよ! 行っとく?」
「おっ、そうだな。式場でワタワタして逃すのもやだから行くかー」
「……中島。この会話の流れ的に、僕……御一緒したくない」
「何くだらねぇこと言ってんだよ」
男同士で語る下ネタをくだらないの一言で片づけてしまう。
彼のそんな所が僕がもう一歩深い仲へと踏み出せない壁となっていた。
高校生活で腐れ縁のような運命の中にあっても、胸を張って友人と呼ぶことができない所以だ。
「あぁそうだった、下ネタになるとすぐにスルーするんだよな、中島は」
「いいから行くぞ!」
「はいよー」
中島の下ネタ回避癖は治るどころか酷くなっていた。男同士の会話など、この程度日常茶飯事だろうに!
俺としては、ひな壇芸人バリなツッコミが入ったあと、巧みな話術を遺憾無く発揮して中島君が自滅していく未来へと導く……そんな奇抜な算段を色々と考えていたというのに……。
僕はこの行き場のない思いを胸に、悶々と歩いてトイレに向かうしかなかった……そして、奇しくも二人は同じ思いを胸に秘め個室へと手をかける。
「おまえもかよ」
中島はシャイである。
「耳塞いでおくから大丈夫だ! 思い切りぶっ放せよ!」
「ちゃんと塞いでおけよ」
「あら可愛い」
「……」
中島をからかいつつ取っ手を回し扉を開ける。そして、中に入り扉を閉めた。
その瞬間……唐突に意識を刈り取られ、僕の目の前は音もなく暗転する……。
小説を書き続けて一年経ちました。
処女作であるこの作品を改めて書き直します。
現在完結したこの作品の新しい物語を作成中です。
書き直しが完了しましたらアップしていきます。
どうぞよろしくお願いします。
記 2018/10/19