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冒険に出よう(黒子として)

「おはようございます勇者様」

「おはよう、皆。さぁ行こう。この腕輪を南のピラミッドに返し、聖なる剣を見つけ出すんだ」

 勇者は自分が見出した三人の仲間に向かって、爽やかかつ断固たる決意をにじませた声を掛けた。分厚いローブと節くれた杖を持つ魔法使い、質素な法衣に身を包んだ僧侶、そして屈強な肉体を鎧で覆った重戦士の三人は、自分たちがこれぞと決めた勇者の声に、頷く。

 私は彼らの隣で今日の仕事の準備をする。

 勇者はこれまでの冒険で集めた不思議な武具や道具を運ぶ白馬の馬車を曳き、街を出た。ここは砂漠の街。勇者は魔王を倒すために必要な聖なる剣が封印された場所の噂を辿り、この町へ来た。

 彼らをこの町まで誘導するのは骨が折れる作業だった。立ち寄る街に先回り、有力者に口裏を合わせてもらうために払ったマネーは億の単位になりつつある。

 勇者は砂漠の街の大富豪を尋ね、彼が語る話に耳を傾けた。彼の先祖は昔、街から南にあるピラミッドから財宝を盗み出し富の礎とした。だが今、ピラミッドの主ファラオの怒りが宿った腕輪が街に祟りをもたらしているという。大富豪はモンスターの巣食うピラミッドに腕輪を返してくれれば、聖なる剣の封印された山への通行証をくれるというので、勇者は意気揚々と腕輪を受け取り、ピラミッドを目指す事となった。

 私は勇者たちから少し離れた所から彼らを追う。あまり近すぎるとモンスターが襲いにくいと苦情を言われるので、この辺りは長年の経験がものを言う。

 砂漠に潜む凶悪なモンスターたちが勇者たちに襲い掛かった。鋼の甲殻を持つ巨大サソリ、死肉を食らうコンドル、針に塗れた動くサボテンたちに勇者たちが立ち向かう。

 戦いは鮮やかかつ単調な光景を形作った。重戦士と勇者が武器を振るい、その脇で魔法使いが氷の魔法を打ち、僧侶が傷を癒す。モンスターたちは一体、また一体と倒れ、最後の一体が前のめりにやられる。

 私は頃合いよく彼らに接近し、あらかじめ計算されていた額の金貨の袋を傍に置く。

 勇者たちはそれを拾いあげ、再び行軍に戻った。

 勇者たちが離れると、モンスターたちは私に会釈して持ち場へと戻った。私は彼らの動きを記録し、後日魔王の元へと送る。それが査定され、モンスターたちの給料になるのだから、あたら疎かにはできない。

 そんなやり取りを数度繰り返し、勇者たちは目的のピラミッドにたどり着く。盗掘された後なので出入り口はすぐに見つかり、彼らは中へと入っていった。

 私も遅れず中へと入る。ダンジョンでは距離を取ることが出来ないし、何より彼らに灯りを提供しなければならないのだ。というわけで、仕事道具の中からカンテラを出して火をつける。

 ダンジョンの中は複雑に入り組んだ迷宮、そして無数の罠に満ちている。勇者たちはそれぞれの持ち味を生かし、それを暴き、先へ進む。魔法使いが罠を探し、僧侶はそれを知恵で解き、重戦士と勇者が共同で破壊し、突破するのだ。

 私はそのように壊された罠を記録に残す。破壊された程度によって弁済額が変わってくるので、結構気を使う仕事だ。王様はもっと費用を圧縮しろとせっつくが、私の仕事に落ち度はない。文句は勇者に言うべきである。

 勇者たちは罠と迷宮を突破し、ついに嘗て財宝で満たされていた玄室にやってきた。部屋の中央には石で出来た棺と台座が置かれている。

 手元の資料によれば、このピラミッドの設計者は台座の仕掛けの特許を持っているらしい。多少勇者が雑に使っても確実に内部機構が作動してくれるだろう。

 勇者が台座の上にうやうやしく腕輪を置いた。すると床から壁から、重い歯車が回る音と共に棺が立ち上がり、中から包帯に包まれた巨人の死体……ファラオが現れて勇者たちに襲い掛かった。

 私はすぐさま彼らの邪魔にならない隅に移動、そして特別な戦いを演出する音楽を奏でる。この仕事を受けるきっかけになったのは演奏の腕を見込まれたからで、私も気合が入る瞬間だ。

 一心不乱に私が演奏をする中、勇者たちとファラオの戦いは白熱する。巨大なファラオの毒を含んだ爪をかわし、勇者と重戦士が剣を振るい、魔法使いが炎を放つ。僧侶は解毒を行いながら砂嵐を呼び起こし、ファラオの身体を覆っている包帯を切り裂いた。

 一進一退の攻防が続き、その均衡が一瞬にして敗れた。ファラオの吐き出す酸の息が魔法使いに直撃したのだ。魔法使いは絶叫を上げてのたうち回り、動かなくなった。

 勇者は怒りの籠った会心の一撃を放った。ファラオの巨体を切り裂くと、手を掲げて雷を呼び起こす。醜悪なファラオの身体を雷光が貫き、硬直して仰向けに倒れる。戦いは終わった。

 倒れたファラオの身体から現れた幽霊が勇者たちに語り掛けている間に、私は倒れた魔法使いを棺に入れておく。すぐに僧侶が蘇生させるだろうが、これも規則である。

 ファラオの幽霊は聖なる剣に関する新たな情報を告げ、棺の中にある自分の剣を示し、消えた。僧侶が魔法使いを蘇生させ、また新たな武器を得た勇者たちは、互いの体力を回復させながら玄室を後にする。

 私が勇者たちの後を追う一方、視線から外れたところでファラオが立ち上がり、玄室の機構を元に戻す音が聞こえた。彼も中間管理職、お互い大変だ。

 勇者たちは脇道で宝物を探しつつ、ピラミッドを出た。新たな剣を重戦士に、途中で見つけた帽子や杖を一度倒れた魔法使いに装備させた勇者たちは、砂漠の街の大富豪の元へ報告するべく、足を速めるのだった。

 

 この仕事は地味だ。華々しさは全くなく、見せ場は勇者が決戦に挑む時に背後で勇壮な曲を奏でる時くらいのものである。

 勇者たちが宿屋で眠る一方、私はその日起こった勇者たちの行動、どんなモンスターとどれだけ戦い、どこのダンジョンで何をしたのかを子細な報告書に仕立てる。

 宿屋を出た私はどの町にもある教会を探し、そこを訪れる。教会を管理している神父は私の仕事仲間である。彼は私が作った報告書を受け取ると、国王へと送ってくれるのだ。

 私は彼としばし雑談したのち、教会を後にした。普段であれば酒の一杯くらい付き合ってくれるのだが、今日はそう言うわけにはいかない理由があった。

 今日は勇者の夢に魔王が現れるのだ。それに密かに付き合わねばならない。既に夜中、住民を起こさないように急ぎ宿屋に戻ると、宿屋の主人に合いカギを借りて部屋に入る。

 既に魔王の幻影が勇者の夢枕に立ちつつあるところだった。危ない危ない、魔王は目立ちたがりなので記録に残ってないと知ると苦情を言い出すので気が抜けない。

 魔王が勇者にのみ聞こえる朗々としておどろおどろしい声で何かを伝えている。勇者の若く艶やかな肌に珠の汗が浮かび、唸り悶えている。

 勇者はこの時、悪夢の中で一人戦わねばならない。が、このままでは分からないので、私は勇者の夢に忍び込むことにする。方法は伏す。これは一種の企業秘密だ。

 夢の中の勇者は毒々しい虹色の空間に一人、完全武装で巨大な虫型のモンスターと戦っていた。

 私も早速仕事にかかる。こういう特殊な場所での戦闘では普段とはちがう音楽が必要で、私も頭を悩ませる。不安を掻き立てる旋律を前面に出しつつ、和音を後から追いかけるように奏で特別感を煽る。

 勇者は孤独な戦いを耐えた。不慣れな回復魔法を何度も使い、懐に残っていた薬草も使い、一人武器を振るって悪夢のモンスターを打ち倒した。それをモンスター側から見ていた魔王が怒りのセリフを吐き、光と共に消えると、勇者は新しい力に目覚めたのか武器を掲げた。

 悪夢の世界から勇者が退場したので、私も現実へと戻った。移動中、役目の終えた魔王が私に声を掛けてくる。彼は自分の仕事ぶりに関心がありすぎると業界でよく知られているので、なかなかこういう時の切り返しが難しい。適当にあしらって、私は宿屋へと戻った。

 短い睡眠の後、朝を迎えると、また新しい一日が始まる。日差しが勇者たちに降り注ぎ、彼らが飛び起きてくる。宿屋の主人は彼らに挨拶を送り、勇者は旅立つ。

 

 勇者の旅は続いた。彼らは封印の山を登り、魔王を倒す聖なる剣を手に入れると、海を渡り魔王の城の立つ絶海の孤島へと入り込んだ。

 もちろん私も彼らの背を追って上陸する。

 大洋の真ん中に突如として生み出されたこの島の中央、忽然と立つ魔王城は邪悪な空気に満ち溢れ、立ち寄るものを拒む。勇者は立ち塞がる邪気に聖なる剣をかざすと、剣から出た光が邪気を払い、道を作った。仲間たちもその光景に、冒険の終わりを感じて息を飲む。

 払われた邪気の動きに身を隠しながらその姿を記録した私は、一足先に魔王の城へと移動した。城内での勇者たちを観察するために、城の管理責任者に挨拶しておかねばならないからだ。

 城の前まで近づいた勇者たちに、城の門を守る巨人像が動き出して襲い掛かった。だが、これまでの苦難の旅で鍛えられた勇者たちの前に敵ではなかった。勇者が悪夢で会得した電を帯びた必殺剣が巨人像を打ち砕き、門が開く。

 管理責任者に聞くと、彼の負傷は労災が適用されるそうだ。訴訟になると私が王国側について証言せねばならないので面倒になる。以前壊れるはずがなかった施設を勇者が壊してしまい、責任問題に発展してしまった過去がある。その時は結局、こちらが和解金を払う形でことを納めてもらったものだ。

 勇者は魔王城にはびこるモンスターを打ち倒しながら、魔王の控える玉座へと少しずつ近づいた。数々の罠や迷路のように入り組んだ廊下を突破し、仲間たちも傷ついていく。癒しの魔力が底を見え始め、僧侶は不安を覚えたが、悲願が叶うあと一歩という所で引き返すわけには行かない。一行は小休止を取って先を急いだ。

 彼らが小部屋で休憩している間、私は管理責任者に対し部屋の使用料を払っておいた。魔王のすぐ近くということで、部屋代も結構な高額なのだが仕方ない。ルームサービスも頼めるというからお願いしておいた。

 勇者たちは最後の休憩を終え、身心万端整って玉座の間へと続く階段を上った。その先では巨大な玉座に鎮座した魔王が静かに待っている。

 ここぞという時の魔王の演技はやはりすごい。ただ座ってこちらを見ているだけなのに迫力が違う。伊達に芸歴四半世紀の大ベテランではない。

 魔王は朗々と勇者たちに語り掛け、仲間にならないかと誘惑する。勇者は熱っぽい口調でそれを退けると、魔王は立ち上がる。手には毒々しい光を放つ杖を握り、戦いが切って落とされた。

 私もここ一番という時のために用意しておいた楽曲を取り出し、演奏する。見る者がこの時を忘れないような曲を弾けるのは演奏家冥利に尽きる。

 怪しい光を放ち、時に炎と氷を打ち合い、そして勇者が必殺剣を見舞う。重戦士は魔法使いに押しかかる魔王の爪を受け止め、鎧が砕けるほどの重傷を負いながら、仲間のために隙を作る。僧侶は仲間たちから力を借りて神の光を作り出して魔王にぶつけた。魔王の身体が青い炎に焼かれる中で、勇者の剣が魔王を貫く。仰向けに倒れる魔王を勇者たちは見下ろした。

 私はうまく演奏をコントロールして彼らの緊張を解かないようにしなければいけなかった。倒れたはずの魔王がしゃべりながら次の準備に移っている間、彼らが脱力してしまっては台無しだ。

 傷だらけの勇者たちの前で倒れた魔王が立ち上がり、真の姿を晒す。それまでの落ち着いた老人めいた姿から、荒々しい筋肉に覆われた魔人のごとき姿へと変わり、手には巨大な剣を握っている。

 後で聞いた話だが魔王はこのために鍛え直し、全盛期に迫る筋量を復活させたとのことだ。私が若いころ画面で見た時に勝るとも劣らない肉体の迫力に、私は仕事であることも忘れてしばし見入ってしまったほどだ。

 傷ついた勇者たちと、真の姿に戻った魔王との闘いが始まった。魔王は巨大な剣を縦横に振るい、一方で輝くような氷の息を吐き、金属も蒸発するような高温の火球を放つ。勇者たちは懸命にそれらに対抗したが、戦力の枯渇しかけていた彼らには太刀打ちできるものではなかった。

 今、氷漬けにされて砕かれた僧侶を回収して棺桶に納めつつ、戦局を見た私は、そろそろ終わりが近いことを察して次の準備に移った。演奏を続けながらでも他の作業を行わねばならないのだ。

 魔法使いが全精力を振り絞って造り出した爆発の魔法を放つ。全身にそれを浴びながら、魔王の拳が魔法使いを叩き潰し、傷だらけの重戦士が雄たけびを上げて剣を叩きつける。一人、また一人と倒れていく悲しみを力に変えたような重い一撃に怯んだ魔王へ、勇者の必殺剣が叩きこまれた。

 勝ったか、と思われた瞬間、魔王の剣に電が落ち、勇者の必殺剣に酷似した一撃が重戦士を叩き潰した。勇者は唖然としながらも、自らも再び必殺剣を振るう。今度こそ、倒した。勇者はそう思った。

 確かに、魔王は倒れた。だがすぐさま魔王の身体から巨大な骨格が抜け出ると、三度立ち上がり、勇者と対峙した。勇者は苦難多き旅の中で、初めて絶望に覆われ、顔をこわばらせる。

 この仕掛けのために魔王は毎年数千万もの資金を投入しているというのだから、彼のこの仕事に掛ける情熱というのは大したものだ。

 魔王が放った黒い炎に、勇者は撃たれた。倒れるかと思われたが、勇者は片膝を突きながらも立っていた。だが、もう剣を振るうことは出来そうになかった。魔王が再び必殺剣を構え、鋭く重い一撃を放つと、勇者は壁まで吹き飛び、動かなくなった。

 音楽を止めると、部屋は静まり返った。さて、ここからが私の仕事だ。魔王が部下たちに取り囲まれて汗を拭ったり水分補給している間に、私は勇者たち全員が棺に入っていることを確認する。

 魔王と管理責任者と軽い挨拶などを済ませ、魔王の城を後にする。鎖でつないだ四人の死体を引きずりながらの移動は実にきつい。船まで戻り、最寄りの街まで戻った私は、教会の神父に連絡を入れた。

 神父に手伝ってもらいながら教会に入った私は、所定の手続きを済ませ、勇者たちの所持金の半分を徴収する。これが私の主な収入源なので、旅が終わりに近づくほど実入りが良い。逆に旅に出たばかりで、勇者たちが全滅しやすい頃だと、先回りや手配ばかりに金がかかってしまう。

 そこで最近はさっさと勇者たちに強くなってもらい、どんどん凶悪なモンスターや困難なダンジョンに挑戦してもらうように調整した。おかげでここしばらくの収入は右肩上がりだが、一方で手ごたえがないと不評もある。一長一短である。

 神父が勇者を蘇生させ、決まりきった文言でもって仲間の蘇生を勧めると、勇者は寄付金を払いながら仲間たちを蘇生させるのだった。

 

 このような仕事を、私は十数年続けている。おかげでこの界隈では結構名の知られた男となった。

 様々な勇者たち、様々な魔王たちとも交流をもったことで、私の手帳には彼らとの連絡先が記録されている。

 最近は休暇の時には彼らと食事に行くことも増えた。皆、仕事から離れれば気のいい連中で、話も弾む。

 危険も多い仕事だが、私はこの仕事を辞めるつもりなどない。冒険こそ、私の生涯の仕事だと思っているからだ。

 そこで諸君も、この仕事に携わることをお勧めしよう。きっと何か、人生で大切なものを手にすることが出来るだろう。


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[良い点]  勇者側と黒子側の温度差やアイデアが楽しく、特に台座の特許、自分の評判が気になる魔王のくだりは笑わせていただきました。 [気になる点]  事務的な黒子が作品の楽しさではありますが、それにし…
[良い点] 主人公たちの冒険や活躍を演出するため、裏で頑張っている方々がいる―その人たちの苦労や裏事情が丁寧に描かれていました。敵役の方も含め、きちんとお金が動いているところに、設定の深さが感じられま…
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