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綾香 幸せはマンガにあり

今度は綾香のお話です。

 今日はマンガ雑誌の発売日だ!


学校の帰りに綾香はいつもの本屋に寄る。


駐車場に車を止めてワクワクしながら店のドアを開けると、本屋のおじさんが入って来た綾香の顔を見て、レジスターの下の棚から女性コミックの束を取り出した。


おおっ、来てる来てるぅ。

やったぁ! 今日は三冊もある。


綾香は会計台に載せられた本の題名をチラリと確認する。

ずっと待っていた『蒼穹(そうきゅう)』の新刊もあった!


天国じゃのう。

ニンマリ。


「ちょっとコーナー見てくるねっ。」


綾香は愛想のない店主に向かって声だけかけて、いそいそと店の奥に入っていく。


ここの本屋のおじさんは綾香の好みを熟知しているので、大抵の新刊は先に取り置いてくれている。

しかし綾香は毎回、念入りに新刊チェックもしておく。


ぐるっとマンガ本のコーナーを見て回ったが、おじさんが用意していた本以外に購入すべきものは無かった。


よしよしチェックオッケー。

さぁ、買って帰りますか。



 お金を払って、本の束を抱きしめながら車に戻る。

ワクワクし過ぎて事故らないようにしなくっちゃと思いながらハンドルを握る。


中学校の保健の先生である綾香は、地元では面が割れている。

新刊のマンガに興奮しすぎて事故などしようものなら、首が飛ぶ。



あの本屋のおじさんがテレビ局のレポーターに向かってコメントをしている様子が目に浮かぶ。


「いい先生でしたが、マンガに執心し過ぎとったようですなぁ。うちのお得意さんだったので悪く言いたくはありませんが、あの日は新刊のマンガ本が三冊も出てましたし、気もそぞろになって事故を起こされたんでしょうなぁ。」


「もうあれだけ売り上げに貢献してたのに、おじさんったら。その言い方はないよ~。」


刑務所のテレビに向かって文句をつけている自分の姿まで妄想してしまった。


やばいやばい。

また変な妄想をしちゃった。


運転に集中だよ、綾香。



なんとかアパートにたどり着いて、仕事用のカバンを自室のテーブルに放り投げると、早速、一番続きが気になっていたマンガ本を袋から取り出した。


本を包んであるビニールに爪を立ててビリバリ破る。


表紙を開けると刷りたてのインクの匂いが(かす)かに漂う。


綾香の胸のドキドキは絶好調だ。


そこからは、のめり込むように一気にマンガの世界にトリップしているので、外界のことは何もわからなくなってしまうのだった。


 


◇◇◇




 「新谷(にいや)先生、『いつか見た蒼穹(そうきゅう)』の続きを読まれましたか?」


河野(こうの)先生じゃあるまいし、まだ読んでませんよ。」


「あらそれじゃあネタばれるので、その話はNGですね。…じゃあ、あの話をしますか。先生には言っとかなきゃと思ってたんですよ。以前、先生を街コンにお誘いしたでしょ。」


「ああ、はいはい。テスト問題を作らなきゃいけなくてお断りしたやつね。」


今日は教師同士で飲み会に来ている。


自分が教師になるまで、学校の先生たちがこんなに頻繁に飲み会をしているとは思ってもみなかった。

お酒が強くなくては教師はできないと就任早々に悟った。


とくに家庭を持っていない独身は先輩に誘われたときに断るネタがない。

そのためいつも同じメンバーと顔を合わせて飲むことになる。


二年生の英語担当教師である新谷先生とは、歳も一つ違いでマンガの趣味も似ているのでよく隣に座って話をする仲だ。



「新谷先生、あの時断って残念でした。代わりに行った私の学生時代の友達が、あの街コンで相手を見つけて、この間婚約したんですよ。」


「あらー、残念。行けばよかったわ。でも、河野先生はどうだったんですか?お相手出来ました?」


「…それを言っちゃあいけません。いい人が出来てたら、金曜日の夜に先生の隣に座って飲んでる訳がないでしょ。」


「まぁ、そうですね。ということはまだ二次元に住んでる榊智紀(さかきともき)くんLOVEなんですね。」


「なかなかトモ君を超える男がいないからなぁ。」


「河野先生はそれだから三次元の彼氏ができないんですよ。」



うーむ。

言い返したいが、できない。


新谷先生は今年の冬に彼と別れるまでは相手がいた。

綾香の場合、彼氏がいたのは大学生の時だけだ。


卒業してからもその人と付き合っていくつもりだったが、就職先が距離的に離れると二人の関係も離れてしまった。

残念だが、その程度のご縁だったというわけだろう。


その時、後ろに座っていた三年生の社会担当の木下(きのした)先生が、酒臭い息を吐いて話しかけて来た。


「んぉー、俺の事呼んだぁー?」


「呼んでない。呼んでない。も~あっちへ行っといて。ここは男子禁制なんだからぁ~。」


「だって、綾香ちゃんが『トモくぅ~ん』って言った。」


そうか、こいつもトモ君はトモ君だ。

木下智樹(きのしたともき)、二十九歳同期の腐れ縁である。


やだやだ。

同じトモ君でも、人種が違う。


「あんたは、違う世界のトモ君なの! 誰がオタクのトモ君に恋をするかっ!」


「ひどいなぁ、綾香ちゃんったら。僕、傷ついちゃう。」


「はいはい、よしよし。いじけないいじけない。そっちで大人しく飲んでなさい。」



綾香がなんとか木下先生を処理すると、隣の新谷先生がクスクス笑いながら小声で言った。


「いつ見ても先生たちのやり取りって面白いわー。いっそ木下先生で手を打ったら?」


「冗談言わないでよ。あの人は完璧なアニメオタクよっ。」


「それって、河野先生のマンガ好きと変わらないじゃないですか。」


「……とにかく違うの。ボーカロイドの追っかけよ。あれは私とは全く違う趣味。」



……だよね。


とにかく木下先生は問題外だ。

もう五年は一緒の学校だけど、一度も、ちらっとも、トキメイタ事がない。


もうちょっとしゃんとすれば素材は悪くないんだけど…。

口を開けばアニメの話になる完璧なオタクなので、誰でも話を合わせられない。


気の毒な男だ。

マンガとアニメ・・あんまり変わらないんじゃ?

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