王の話 其の五
“何故人は死ななければならないのか”
“死に時は自分で選びたい”
そのスローガンともとれる概念が大衆に蔓延するようになったのは、
人間の平均寿命が120歳を超えたあたりからだった。
しかしこれは王の計算の上でのことであった。
『人間は山を登っている最中に、ここに留まろうとは思わない。引き返そうとも思わない。高みを見るまでは。』
一見牧歌的な言い回しだが、これは王がまだAIと呼ばれていた時期に放った言葉であり、決して哲学的な戯言ではなく計算と統計の上で出された“結論”であった。
つまり王は、人々がこの『不死への願望』に到達するまでのレールを敷いていたのだった。
景気の向上。貧富格差の解消。そしてニホンへの愛国心。
充分すぎる布石を置いてきた。
王は国民の不死への願望が臨界点に達するのを待って、実行した。
ニホン軍に『軍隊警察』なるものが置かれるようになった頃、国民の徴兵が始まった。
そしてこう公言した。
『軍、即ち国家に殉ずる者においては、この者を生き仏と称し、その功績と名を国の礎に刻む』
生き仏と言う表現があながちただの比喩ではなかったことを国民は知ることになる。
徴兵された兵たちは不死の実験台となることを誓約させられた。