プロローグ
雨のトウキョウ。
ゴミとゴミの様な人の海。雑多なビルと、それに集る蛾の様なネオン。
新国道12号線。通称“原爆通り”
今日も、三車線の一部はタクシーで埋められている。
一台、客引きにあぶれたようにタクシーの行列から外れたタクシーがある。
近寄る男。
左目の上から眉、額を通過した傷。よれよれの白いクレリックシャツ。薄汚れたチノパン。
贔屓目に見ても乗車拒否マニュアルに当てはまる。
男はタクシーの窓を三回ノックした。
運転手の男は窓を1/3ほど開けた。
『あんた“ラシャ”かい?』
小肥り、無精髭、野暮ったいパーマの運転手は尋ねた。
『いや、どっちかっつーとあんたのダチだ。』
傷の男は言った。
『なら早く乗んなよ』
運転手の小肥りは笑った。
傷の男は運転手に行き先を告げ、タクシーは走り出す。
『お客さん、ニホンにはいつ帰ってきた?』
運転手はわき目をふるではなく尋ねた。
『戦争が終わる、ちょっと前かな?』これには薄く笑って答えた。
傷の男は前かがみで腰掛けている。
『はは、じゃあんたは俺のダチにちげえねえ』
運転手は上機嫌だ。
『あんな戦争勝ち負けなんてなかったんだ。敵味方もなかった。なのに戦う理由だけがあった。吸っていいかい?』
運転手は既にタバコをくわえていた。
『俺にもくれ』
運転手は傷の男に一本差し出した。
『あんた“残り”は何年だい?』
『さあね、、、。』
傷の男は煙と同時に吐いた。
『なあオジサン』
今度は傷の男が尋ねた。
『不死って本当にあると思うかい?』
運転手の男はしばし沈黙した。
『やめねえ。それこそ人間の業だぜ。俺の嫁は“それ”の実験台にされそうになった。それを俺が無理くり断った。そしたらどうよ。俺は徴兵された。クソッタレ国家さ。』
俺は自分の運命を自嘲する様に言った。
『オジサン、悪く思わないでくれ』
不意に、傷の男は言った。
『あ?この話か?俺が勝手に喋ってるだけだぜ』
『いや違う、実はー』
言いかけた刹那、タクシーの横腹にトラックが追突し、轟音が響く。光を放った0コンマ数秒後爆音。
炎上した。
どす黒い煙の中から、傷の男は這い出、呟いた。
『オジサン、すまん。これのことだ』