第四話
「ねぇユート~、私たち、いつまでこうしてるの? もうあれから三日だよ」
村長から貸し出された部屋のベッドの上で、少女が不満を口にする。
少女は、同じ部屋で書き物をしている少年に向けてふくれっ面をさらし、腰掛けたベッドの上で足をぶらぶらさせることで、自らの退屈さを表現していた。
「ユートは毎日毎日、領主の館の近くに行って何かしてたり、魔法で誰かと連絡を取ったりしてるみたいだけどさ。私なんて、剣の訓練するぐらいしかやることないんだよ。それにしたって相手がいないと限界あるしさぁ。あーもう、残りのゴブリンを退治にでも行けばよかったよ」
その少女の言葉を聞いて、少年はため息をつき、書き物をやめて少女のほうを見る。
「やめてください。ゴブリン相手だって、奴らの巣穴で十もの数を相手にすれば、不覚を取って命を落とすことだってあります」
「……何よ、ユートまで私の剣の腕をバカにするの?」
口を尖らせて言う金髪の少女に、少年は呆れた口ぶりで言葉を返す。
「そんなわけないでしょう。王室付きの近衛騎士とだって互角以上に渡り合う人が、何を言ってるんですか。どんな達人だって、数の力と時の運に負けることはあるんだから、過信は禁物だって言ってるんです」
「はぁい。……でもユート、本当に今、何をやっているの? それにこの間村長に聞いてた、行商人の荷馬車がどうとかっていうのも意味が分からないし」
「週に一度──明日ですね、『行商人の荷馬車』が来るのは。朝方に来て、夕方には出て行くそうですから、その荷馬車が出て行ったところで、領主の館に談判に行きましょう」
再び書き物を始めた少年の言葉に、ベッドに腰掛けた少女は首を傾げる。
「どうして荷馬車が出て行った後なの?」
「ここ最近、この周辺の村や街道、山道などで、盗賊による被害が相次いでいるんですよ。この場合の盗賊っていうのは、いわゆる山賊のような、行商人や村などを襲撃して略奪を働く集団のことを言うんですが」
「???」
少年の説明になっていない説明に、少女の頭上には疑問符が増えていくばかりであった。
翌日の夕刻。
荷馬二頭立ての、かなりの量の荷物を積載していると思しき幌付きの荷馬車が三台、領主の館から出て行ったあと、二人の旅人は領主の館を訪ねた。
館の門の前では、荷馬車を見送った二人の門番が、早くも門の前に座り込んでカードに興じていた。
彼らは旅人たちの来訪に気付くと、面倒そうにカードを中断して立ち上がるが、旅人たちが目深に被っていたフードを下ろすと、途端に色めいた。
「お、何だ、この間のお嬢ちゃんじゃねぇの。何か用か?」
門番の一人がそう言いながら、さりげなく少女の横に回り込んで、その肩に腕を回そうとする。
旅人の少女は、その門番の不躾な手をはたいて拒絶し、眼光鋭く睨みつける。
「この村の領主に話があるの。通してもらえる」
「ちっ、痛ってぇなこのメスガキ。……領主の旦那に話だぁ? 旅人風情が、旦那に何の話だよ」
「この村の統治についてよ」
「……はぁ?」
少女の言葉を聞いて、門番たちはまず怪訝そうな顔をしたが、次には吹き出し、大笑いを始めた。
「ぎゃっははははは! お嬢ちゃん、そりゃお嬢ちゃんが、領主の統治の仕方に対して意見しようってことか? ひー、腹痛てぇ!」
「あのな、お嬢ちゃん、それはお嬢ちゃんの考えることじゃないの! 分かるぅ? 領主の旦那だって暇じゃねぇんだから、お嬢ちゃんみたいなお子様を相手にしてる暇ないの。ほら、帰った帰った」
意外にも門番の役割を的確に果たす男たちに、旅人の少女は憮然とする。
それを横で見ていた少年が、男たちの前に歩み出た。
懐から、以前村長の家で見せたのとは別の徽章を取り出し、門番の男たちに見せる。
「王国宮廷魔術師のユート・フェルレインです。この地の領主、アドラルト卿に面会を求めます。通していただきたい」
「王国……宮廷魔術師ぃ!?」
二人は少年の取り出した徽章を、まじまじと見つめる。
門番の男たちは、その真贋を検められるだけの知識を持ち合わせていなかったが、それは確かに宮廷魔術師の地位を表す徽章であった。
「じゃあ……そっちのお嬢ちゃんは……?」
門番の一人が、おそるおそる少女を指さす。
それに対し、宮廷魔術師を名乗った旅人の少年は、淡々と返答する。
「ワイルーン王国第一王女、フェルナリート・レヴリス・クロスフォード王女殿下です」
「だ、第一……王女ぉ!?」
顎が外れたというようにあんぐりと口を開けた門番たちの前で、自分の身分を証明するすべを持たない少女は、マントの下、胸当てに守られた胸をむんと張り、腕を組んでふんぞり返ってみせる。
その様子を、お付きの宮廷魔術師がジト目で糾弾する。
「……姫様、それ、どう見ても王女様っていうポーズじゃないですからね」
「あれ……? そっか」
少年から指摘された少女は、てへっと舌を出して誤魔化した。