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第三話

 二人の旅人はその後、村長の家にて詳しい話を聞くこととなった。

 彼らは村長たちに連れられて、再び村長宅へと向かう。


 するとその途中、向かう先の道から、武装をした十人ほどの粗野な男たちが、下品な笑い声をあげながら歩いてきた。

 その武装集団のリーダー格らしき男は、村長やほかの村人、それに二人の旅人を見つけると、片手をあげて声をかけてきた。


「お、村長さん、ゴブリンが出たんじゃなかったのか? 伝令さんがすぐに来てくれってあんまりうるさいもんだから、俺ちゃんたちカードの途中だったってのに、慌てて出てきたんだぜ」


 そうへらへらしながら言う男は、年の頃三十ほど、背が高く、筋骨隆々としていて、頬に古傷の跡を持っていた。

 体には革鎧の上に多数の金属片を隙間なく縫いつけた小札鎧スプリントアーマーを身に着け、頭には前面開放型オープンフェイスの鉄兜を、背には戦斧バトルアックスを身に着けている。


 村長はその威圧感のある男を、忌々いまいましげに見上げながら答える。


「ゴブリンどもは、この旅人さん方が助けてくれたおかげで、被害なく追い払えたわ」


 村長がそう言うと、リーダー格の男の視線は、二人の旅人へと移る。

 そしてとりわけ、少女の姿を見ると、ひゅうと口笛を吹いた。


 対する少女は、不愉快そうにそのリーダー格の男をにらみつけ、口を開く。


「慌てて出てきたと言うわりに、しゃべりながらのんびり歩いてきていたように見えたけど、あなたたちは一体何なの」


 非難の響きをあらわにした少女の言葉。

 だがリーダー格の男は、少女の問いかけには答えず、別の言葉を返してきた。


「へぇ、村で見たことねぇすげぇ可愛い子がいると思ったら、お嬢ちゃんが旅人なんてやってんのかよ。しかもその腰のレイピア──剣士の真似事でもやってんのかい」


「……真似事かどうか、今ここで試してみる?」


 男の挑発に、少女の目つきがこれ以上ないほどに鋭くなる。

 今にも剣の柄に手を伸ばしそうな気配に、村人たちが息をのむ。


 だが当のリーダー格の男は、少女の物言いに、楽しそうに口元をつり上げた。


「ははっ、悪くねぇ。でもどっちかってぇなら、俺ちゃんはベッドの上で夜の戦いのほうを望むね。どうだい嬢ちゃん、今晩一戦」


「ふざけないで。死んでも御免だわ」


 少女が吐き捨てるように言うと、武装した男たちは何がおかしいのか、ぎゃはははと笑い出した。

 そしてひとしきり盛り上がってから、リーダー格の男が言う。


「ま、ゴブリン退治が済んだってんなら、俺ちゃんたちは帰るわ。あんまり無駄足踏ませないでくれよな、村長さん」


 そう言って彼らはきびすを返し、村の奥にある領主の館へと帰って行った。




 武装した男たちが立ち去ってから、一行は改めて村長宅へと向かい、二人の旅人は家の奥の広間へと通された。

 比較的大人数が入って会議ができるほどの部屋に、村長と数人の村人、それに二人の旅人が、大テーブルを囲んで着席する。


「それにしても、何なのさっきの奴ら! 信じられない! ねぇユート、聞いてる!?」


 一人とりわけ憤っていたのは、旅人の少女だった。

 彼女は隣にいる相方の少年の胸倉をつかんでがくがくと揺さぶり、自分の憤懣ふんまんを余すところなく表現している。

 一方の少年はと言うと、目下されるがままに振り回されていた。


 その様子に、村長が若干のあわれみの目を向けながら、少女に向けて説明をする。


「あれが、領主様が雇っている私兵たちですじゃ。あんな連中が、全部で二十人ほども、領主の館で贅沢な暮らしをしておるのです。……あんなごろつきどもを食わせるためにワシらが払っている税が使われていると思うと、はらわたが煮えくり返る思いですわい」


「……二十人も?」


 その村長の言葉に反応したのは、旅人の少年のほうだった。

 少年は、少女に胸倉をつかまれたまま、ぶつぶつとつぶやき始める。


「二十人……この規模の封土ほうどの領主が常備している私有戦力にしては、あまりにも大きすぎる……。必要性の問題にしても、養える人数の問題にしてもそうだ。ということは、やっぱり……」


「どうしたの、ユート。何かおかしなことでも?」


「……いえ、僕の思い過ごしかもしれません。でも……」


 思考を始めた少年を、少女は手を放して解放する。

 少女の気性の切り替わりは、尋常ならざる早さだった。


「ん、まあいいや。ユートがいるなら、難しいことを考えるのはユートに任せるよ。私はユートが決めたことを承認する」


「それもどうなんですか? ──ところで村長、直談判の結果は、どうだったんでしょう。先ほどの様子では、棲みついたゴブリンを退治しに行く感じではなかったようですけど」


 少年は着衣を正し、テーブルを挟んで正面の村長へと向き直る。

 村長は深くしわの刻まれた顔をしかめ、忌々しそうに話し始める。


「うむ、領主様の言い分はこうです。『此度こたびのゴブリンによる襲撃は、不幸な出来事だった。しかし我ら領主とて、将来に起こるすべての結果を見通すことはできない。此度はたまたま運が悪かっただけ。ゴブリンが村を襲撃するようなことは、二度は起こるまい』──つまり、棲みついたゴブリンを退治するために派兵をするつもりは依然としてないと、そう言われたわけですじゃ」


「そんな! だいたい、現にまた起こったじゃない!」


 旅人の少女が、テーブルをバンとたたいて立ち上がる。

 その少女をたしなめるように、少年が言葉を向ける。


「それは結果論に過ぎないという論法なんでしょう。でも実際にまた起こってしまったからには、さすがに派兵しないわけにもいかないから、形だけでもさっきの私兵たちを送り出した──そんなところでしょうね」


「もーっ、何なのよ! どうして領主なのに、領民を守ろうとしないの!?」


「この村の領主は私腹を肥やすことを目的としていて、領民の暮らしを守ろう、良くしようと思っていないんでしょう」


「だから、それが理解できないし、理解したくないの! そんな領主が、いていいの!?」


 少女には、どうしてもそれが納得できないようだった。

 少年はその様子を見て、小さく微笑みつつ答える。


「人や世の中を、どうあるべきかという視点でしか見ていないと、事実を見失います。いていいかどうかはともかく、実際にいるかどうかで言えば、そういう人物もいるとは思いますよ」


 少年からそう諭され、少女は憮然ぶぜんとした様子で口をつぐみ、椅子に座りなおす。

 理解はしたが、納得はしていないという、不満たっぷりの顔だった。


 その様子を見て、少年は一言を付け加える。


「でも僕は、今のひ……今のあなたが、好きですよ。僕も領民の暮らしを顧みない領主は大嫌いだし、そういう存在を許せないと感じるひ、じゃない、そう感じるあなたのことは好きです」


 村人たちの前で危うく『姫様』と呼びそうになり、少年はかろうじて言い直す。

 だが、それとは別に、少女は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせていた。


「なっ……あっ……」


「ん、どうしました? 僕、何か変なこと言いました?」


「し、知らないっ! この朴念仁! 天然のたらし!」


「……?」


 腕を組んでそっぽを向いてしまった少女の様子に、首を傾げる少年であったが、分からないことは考えても仕方ないとばかりに、彼は改めて村長へと向き直る。


「それより村長、もう一つ、聞きたいことがあるんですが」


「ふむ、何ですかな」


「領主の館に、行商人の荷馬車などが、定期的に出入りしていたりはしませんか?」


 唐突にそんなことを言った少年の、その質問の意図をみ取ることは、この場の誰にもできなかった。


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