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第二話

「悪いが、旅の人。これは村の問題なんだ。よそ者に好奇心だけで首を突っ込まれるのはな……」


 村長宅に行った旅人たちは、玄関の前で、応対に出てきた中年の村人から渋い顔をされた。

 領主のもとに直談判に行って、どのような話になったかを聞かせてほしい──そう旅人の少女が伝えた結果の反応だった。


 好奇心だけで、と言われて、旅人の少女は少し尻込みをする。

 彼女の心に、少し後ろめたいものがあったのかもしれない。


 それに代わって、後ろに立っていたもう一人の旅人が前に歩み出て、目深にかぶっていたフードを取った。

 そうして現れたのは、濃茶色の髪と同色の瞳を持った、端正な容姿をした少年の顔であった。

 年の頃は、十五、六歳といったところだろうか。


 彼はさらに、懐から魔術学院ウィザーズアカデミーの卒業者のみが持つ徽章きしょうを取り出し、そこに記された学院の紋章を村人に見せる。


「僕は旅の魔術師です。この村の窮状を聞き、何か力になれないものかと思って参じました。どうか話を聞かせてもらえませんか」


 見かけによらぬ少年の地位と、その誠実な物言いに、玄関を塞いでいた村人はたじろいだ。

 そして彼は、「ちょっと待っていてくれ」と言って、奥に引っ込んでゆく。


 しばらくすると、中年の男に連れられ、白髪しらが白髭しろひげの腰の曲がった老人が、家の奥から姿を現した。

 老人は、旅人の少年を下から上まで見ると、ゆっくりと口を開く。


「この村の村長でございます。旅の方、まだお若いのに魔術師様であるとは……。しかし、我が村は貧しく、魔術師様のお力添えをいただいても、お支払するべき報酬がご用意できませぬ……」


 その老人の言葉に、旅人の少年は首を横に振る。


「いえ、報酬を求めてのことではありません。そもそも話を聞いてみないことには、僕たちに助力ができる内容かどうかも分かりませんし」


「なんと、報酬がいらぬと申しますか……! しかしそれでは、魔術師様はなぜ、我々にお力添えをしてくだるのでしょう」


 村長からの問いに、旅人の少年は顎に手を当て、しばしの思案をする。

 そして少年は、もう一人の旅人のほうをちらと見てから、ようやく心定まったように口を開こうとした。


 だがちょうどそのとき、村の入口の方から、一大事を伝える叫び声が聞こえてきた。


「ゴブリンだー! ゴブリンがまた来たぞー!」


 その声には、その場にいた誰もが、緊張に身をこわばらせた。

 だがそこから、真っ先に動いたのは、二人の旅人だった。


「ユート!」


「はい!」


 二人の旅人は多くの言葉を交わすこともなく、村の入口に向かって駆け出してゆく。




 時の頃はもう、夕焼け時も終わり、青みがかった黒色で景色が染まる時刻。

 村の入り口付近では、武器を持った小柄な生き物たちが群れを成し、我が物顔で闊歩かっぽしていた。


 その数、二十ほどか。

 背丈は人間の大人の腰ぐらいまでしかなく、子ども同然の体格だが、その姿には人間の子どもにある愛らしさは皆無で、醜悪さばかりが目立つ。

 緑がかった肌、不自然に長くとがった鼻と耳、耳元まで裂けた口──そのどれもが、人間とはまったく別種の生き物であることを物語っていた。


 ゴブリンである。

 略奪を旨とするこの生き物は、人類にとっては不倶戴天ふぐたいてんの敵であった。


 ゴブリンたちから少し離れた場所には、数人の村人たちがそれぞれくわや斧、槍など思い思いの武器を持って立っているが、多勢に無勢のため近付けずにいるようだった。


 ゴブリンたちのうちの何体かは、その村人たちを牽制けんせいするように武器をちらつかせて対峙たいじし、また別のゴブリンたちは左右に散り、村の放牧地にいる羊を狙っていた。


「くそっ! 奴らまた羊を奪って行く気だ!」


 武器を持った村人と一人が、腹立たしげに叫ぶ。


 羊などの家畜は、農家の重要な財産である。

 羊を一頭失うことは、農家の一家族が暮らしていくために必要な生活資源の、一月分を失うことに等しい。


「なんとかできねぇだかよ!?」


「つったって、この人数じゃ……!」


 その場にいる村人たちは悔しさをあらわにし、しかし何もできずにいた。

 二人の旅人が現場に駆けつけてきたのは、そのときだった。


「ユート!」


「分かってます!」


 少女の声に、少年が答える。

 少年は立ち止まり、手に持っていた杖を前に掲げると、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。

 それを確認して、旅人の少女が村人たちに声をかける。


「入口に固まっているうちの半分は、ユートがきっと魔法で眠らせる! そのタイミングで突っ込むわ!」


 村人たちにそう伝えながら、旅人の少女は、腰のさやから細身剣レイピアを引き抜いた。

 そして彼女は、剣を片手に身を沈めて、いつでも走り出せるようにしながら、機を伺うようにゴブリンたちを見据える。


 村人たちは困惑していたが、やがて少年の呪文が完成して、それと同時に少女がゴブリンに向かって駆け出すと、彼らも意気を奮い立たせ、走り出した。


『──眠りよ!』


 その少年の言葉は魔法語ルーンワードと呼ばれるもので、村人たちには理解できなかったが、しかしその難解な呪文がもたらした効果は、彼らにも認識できた。

 村の入り口付近に固まっていた十ほどの数のゴブリンたちが、うち三体を残してばたばたと地面に倒れたのだ。


 残された三体のゴブリンも、突然の事態に狼狽ろうばいしていた。

 そしてそこに、疾風のような速度で駆け込んでくる姿があった。


 旅人の少女は、フードを風であおられてぎ取られ、その麗しい顔をあらわにしていた。

 長く美しい金髪が宙を舞い、流れる。

 少女の青い瞳は、まっすぐにゴブリンたちを射抜いている。


「──はあっ!」


 少女の剣は、その鋭い一突きでゴブリンの胸板を貫通し、剣先が背中へと抜けた。

 少女はそのゴブリンの体を蹴って、突き刺さった剣を引き抜くと、さらに剣をひらめかせて、すぐ横にいた別の一体のゴブリンの腹部を貫く。


 少女が再び剣を引き抜くと、二体のゴブリンがどうと倒れた。


 あっという間の出来事だったが、二人の旅人によるそれら一連の攻撃で、戦いの趨勢すうせいは決定された。


 羊を追っていたゴブリンたちが見たのは、瞬く間に仲間の半数が倒された姿だった。

 実際には、倒れたゴブリンのほとんどは魔法によって浅い眠りについているだけだったが、そんなことはゴブリンたちには知る由もない。


 さらに一体のゴブリンが、殺到した村人たちによって倒されると、ゴブリンたちは一気に戦意を喪失した。

 残った小さな略奪者たちは、ただちに羊を諦めると、村の柵をほうほうの体でよじ登って乗り越え、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


 その間に村人たちは、村の入り口付近に倒れている、魔法で眠っているだけのゴブリンたちに向けて武器を振り下ろし、その命を奪っていった。


「な、何と、これは……一体……」


 少し遅れて到着した村長たちが見たのは、村の入り口付近に倒れた多数のゴブリンたちの姿だった。

 そしてそれが二人の旅人の活躍によって成されたと知ると、村長は二人の若き旅人に深く頭を下げた。


「ありがとう、旅の人。あなたがたはどうやら、本当に我々の村のことを案じてくれているようだ。……しかし、重ねてお尋ねしたい、旅の人たち。どうして我々のために、そうまでしてくださるのか」


 村長がそう聞くと、旅人の少女は、さも当たり前のことのようにこう言った。


「どうして? 困っている人がいたら助けたいと思うのは、人として当然でしょう」


 旅人の少女の言葉に、村長は驚き、目を見開いた。

 少女の隣では、魔術師を名乗った少年が恥ずかしそうにほおをかきながら、そっぽを向いていた。


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