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第一話

 それはある日の夕刻前のこと。

 王都から伸びる街道を、二人の旅人が歩いていた。


 二人の旅人はともに、茶灰色のフード付きマントを身につけていて、その顔は目深にかぶったフードによって隠されている。

 背丈はともに、大人にしてはやや低めで、体格も華奢きゃしゃであるように見える。

 二人のうち、一人は杖を持っていて、一人は腰に細身の剣を提げていた。


「姫様、内緒でお城を出てきてしまって、本当によかったんですか」


 旅人のうちの一人、杖を持った方が、もう一人に向けて言葉をかける。

 やや中性的にも聞こえるが、どちらかと言えば少年らしい声だ。

 彼はもう一人の旅人のやや後方を、付き従うように歩いている。


「そう言いながら、ユートはついてきてくれるのよね」


 一方、これに答えたもう一人の旅人の声は、間違いなく少女のそれだった。

 鈴の音のような美声が、他に誰もいない二人ぼっちの街道に響き渡る。


「姫様を一人にするわけにいきませんから。お城に帰れと言ったって、どうせ聞いてはくれないんでしょう」


「まぁね。強制的に連れ出されたなら、今度は見つからないように抜け出すわ」


「だったら、ついていったほうが幾分かマシじゃないですか」


「さすが、我が国の誇る宮廷魔術師どのは頭が回る」


 ため息まじりの少年の言葉に、少女は悪びれる様子もなく答える。

 少年は、いよいよあからさまなため息をつきながら、さらにもう一つを問う。


「それで、姫様は城を抜け出して、何をするつもりですか」


「世直し」


「…………」


「あーっ、バカにしてるでしょう」


「姫様があんまりにもメルヘンなことを言うんだから、仕方ないでしょう」


 バカにしていることを否定しない返答にも、少女は憤りはしなかった。

 むしろ楽しそうに、自分の後ろを歩いている相方のほうへと振り返り、後ろ歩きをしながら話を続ける。


「ほら、お父様は国王としての公務でいつも大忙しでしょ。下々しもじもの生活にまで細かく目を行き届かせるのは、難しいと思うの」


「それは、そうでしょうね」


「だから、私がそれをやろうっていうわけ」


「具体的には何を」


「こうして旅をして、人々の実際の暮らしを見て回るのよ。そして問題があるようなら、どうするかはその時考える」


「なるほど、行き当たりばったり。ところで、姫様が城を出奔しゅっぽんしたせいで、国王の考えなければならないことが一つ増えて、余計に負担をかけてしまうとは考えないんですか」


 そう問われると、後ろ歩きをしていた旅人は、再びくるりと前を向いて言う。


「ずっとお城に閉じこもっているの、退屈なんだもの」


「清々しいまでに本音が出ましたね」


「正直は美徳だもの」


「美徳っていう言葉に謝ればいいと思います」


「あははは。んー、外の空気はおいしいな」


 旅人たちがそんな会話を繰り広げながら街道を歩いていると、前方に一つの村が見えてきた。

 木の柵で囲われた広大な領域に、麦畑や放牧地が広がっており、その合間に家屋が点在しているといった様子の農村である。


「そろそろ日も落ちてきたし、今日はあの村で泊まろうか」


 前を歩く旅人が再び振り向いてそう言うと、後ろの旅人はあごに手を当てて、少しうつむく。


「旅人向けの宿があればいいですけど」


「えっ、宿屋さんがない村とかあるの!?」


「そりゃそうですよ。滅多に旅人が来ない村に宿屋があっても、商売になりませんから。姫様は世直しの前に、世間常識ってものを身につけないと」


「うう……意地悪ぅ」


 前の旅人は、肩を落としてしょげて見せる。

 それを見た後ろの旅人は、笑いながら付け加える。


「まあそういう村では、例えば村長の家などに来賓らいひん用の部屋があったりしますから、無理を言えば泊めてもらうことはできると思いますけどね」


「どうしてお城では、そういう大事なことを教えてくれなくて、どうでもいいテーブルマナーとか仕草とか、そんなのばっかり教わるんだろ。おかしくない?」


「そりゃあ、普通のお姫様は、お城を飛び出して世直しの旅がしたいなんて言い出しませんから」


「ううぅ、ユートが小言の国の王子さまだよぅ」


 少女の言葉に、笑う少年の声。

 しかし少年は、次にはトーンを落としてつぶやく。


「でも、この村、確か……」


「ん、何かあるの、この村」


「盗賊に襲われていないんですよ、この村」


「何それ」


「いえ、何でもないです。憶測の域は出ませんし。……それより、何かおかしくないですか?」


「おかしいって、何が……あ」


 二人がいよいよ村の入り口付近まで差し掛かったとき、彼らはその異変に気付いた。


 村を囲う、細めの丸太を組み合わせて作られた木の柵が、ところどころへし折れていた。

 また、田畑は荒らされ、道端には何やら赤黒くなった染みがあちこちと点在している。


「血の跡……だよね、これ?」


「そうだと思います。いったい何が……」


「すみませーん! これ何があったんですかー?」


 少し向こうの畑で、馬に大型の農具をかせて土を耕していた農夫に、少女の声が呼びかける。

 すると農夫は仕事を中断して、叫び返してきた。


「何ってぇ、あんの忌々しいゴブリンたちだぁよ! あんだぁ、あんたたち、旅人かぁ?」


 農夫は馬を止めると、うねを踏まないようにして畑を歩き、二人の前までやってきた。

 ほおはこけ、体はやせ細っている、中年の男だ。


「お仕事中、邪魔をしてすみません」


「いいだよ、どうせ今日はもう切り上げようと思っていただしな」


「ゴブリンって、ゴブリンが村を襲ったの?」


 少年が頭を下げ、少女が質問をする。

 農夫は腹立たしそうな表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。


「ああそうだ。昨日のこんくらいの時間に、あいつら現れて、好き放題していきよった。村の男たち総出で追い払ったけんど、モートが殺された。今、領主様の屋敷に、村長と何人かが直談判に行ってるとこだ」


「領主に直談判? どうして?」


 旅人の一人が首を傾げる。

 農夫はさらに憤りをあらわにして、まくし立てる。


「何日か前に、近くの洞窟にゴブリンがみついたって、狩人のキーンが見つけてきただよ。それで領主様に、棲みついたゴブリンを退治してほしいって、村長が頼みに行っただ。だのに領主様は、そんなものは放っておけばいい、いずれいなくなるだろうなんて言って、取り合ってくれなかったそうなんだよ。あのとき領主様がゴブリンを退治しに行っていれば、モートは死なずに済んだだよ」


「何それ!」


 農夫の言葉を聞いた旅人は、農夫顔負けの憤りの声を上げた。


「領民を守るのが領主の務めでしょ! そのために普段、領民から税を納めてもらっているのに、いざというときに動かないんじゃあ、そんな領主ただの置き物じゃない!」


「置き物だったらまだいいですよ。置き物は税を要求しませんから」


 少女の言葉に、少年も同意する。

 こちらは声こそ荒げないものの、その静かな響きの内側には、怒りの感情が宿っていた。


「税も重いだよ……。それにあの重量有輪犂じゅうりょうゆうりんすきだって、領主様からの借り物で、あれを馬付きで使わせてもらう代わりに、毎年収穫の一割を収めないといけねぇだ」


 農夫はそう言って、先ほど自分が曳いていた馬と農具を示す。

 馬が曳いていた農具は、近年に開発された重量有輪犂という農具で、耕作効率と農業生産性を著しく高めるものだ。

 昨今では、この農具がなければ農業が成り立たないと言われるほど、農家にとっては重要な道具である。


 しかし重量有輪犂は非常に高価で、普通は何個かの農家で一台を共有するか、さもなくば富豪が持っているものを貸し出しで使っているというのが一般的だ。

 後者の場合はたいてい貸し賃を取るので、それによって富める者はさらに富み、貧しいものは貧しいままという構図ができあがっているとも言われている。


「それに、粉き所や、パン焼き所を使うのにだって、使用料を取られる。……贅沢ぜいたく言わねぇから、せめて子どもたちに満足にパンを食わせてやりてぇだのに、それもできねぇだよ。去年の冬には、カリスんとこの嫁が食うもんなくて死んだ。オラたちも自分の家族守るだけで精いっぱいで、助けてやれなかっただよ」


「そのときも、領主は助けてくれなかったの?」


「んだ。自分はパンも肉もたんまり食ってて、あまつさえ行商人から珍しい食べ物だとか美術品だとかを山ほど買って贅沢な暮らしをしておいて、食うに困っているオラたちには目もくれねぇだよ」


 その農夫の言葉を聞いて、少女はさらに憤りをあらわにする。


「……許せない。そんなの、領主の風上にも置けないわ。──ユート、直談判に行くわよ!」


「そうですね。でも今、村長さんたちが談判に行っているんでしたっけ?」


「んだ。……お、村長たち、戻ってきたみたいだでな」


 農夫が示した村の奥の方を見ると、村でも比較的大きな木造家屋に、何人かの人影が入っていくのが確認できた。

 二人の旅人はうなずき合うと、その家に向かって歩いて行った。


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