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6.ねーちゃんとお家で

話の流れを見直して、一人称等の変更をしました。

その為タイトル名も『僕』→『俺』に変更しております。

既読の方、ご迷惑お掛けします。

「ねえ、顔赤いよ。熱あるんじゃない?」

「?別に熱ないよ」

「やっぱり夜、出掛けない方がいいんじゃない?」

「…大丈夫だし!」


少し煩わし気に反論するねーちゃん。

俺は往生際悪く地味に足を引っ張ってみる。しかし敵もさる者・・・全くメゲナイ。

面倒臭そうに俺に応対していたかと思えばすぐに気持ちを切り替えて、合宿の準備に余念がない。


……なんだよ。面白くない。


イソイソと玄関を出るねーちゃんを、未練がましく玄関で見送る。


「やっぱ、行くの止めたら―――」

「行ってきます」


にっこりと慇懃に微笑んで、俺の台詞に被せてきやがった。

ちっ、駄目か。

パタリと閉まった玄関扉の前で、しばし佇む。


昔はちょっと目を潤ませれば、少し我儘な言葉にも耳を傾けてくれたのに。

お陰で俺の泣き真似は、かなりのレベルに到達していた。

普段空気読まずにグサッと来る言葉を吐くねーちゃんも、俺が弱っている時ばかりは砂糖菓子のように甘かった。


昔みたいに泣き真似でもすれば、思い直してくれたかな?……流石にあまりに格好悪いから、中1から泣き真似は封印しているのだけれど。







** ** **







出会った頃ねーちゃんより低かった俺の背は、今では並び立てばねーちゃんのつむじしか確認できないほど高くなった。

ねーちゃんが俺に対して持つ記憶の中に、おそらく少しの空白期間があると思う。背の低い俺と、背の高い俺の成長直線の途中の空白。

中学校に入学した後の一時期、俺はねーちゃんを意図的に避けていた。


中学に入学する直前くらいかな?

ねーちゃんと瞳の高さが合うようになった。

かと思えば見る見るうちにねーちゃんは小っちゃく、か細くなってしまった。


ねーちゃんには、変化は無い。中2でもう既に成長が止まってしまったらしい。


変わったのは、俺の方だった。

正確には俺の背が伸びたのだ。筋肉が付き始め、俺の体は硬く分厚く変化してしまった。




そう、俺は変わってしまった。

最初自分の目がおかしくなったのかと思って何度も瞬きしたり、終いにはゴシゴシ擦ってみたりしたものだ。

中学生になって唐突に「ねーちゃんが綺麗だ」ってコトに気が付いてしまったんだ。


黒く艶やかに流れる、サラサラとした髪も。

黒縁眼鏡の奥の、長い睫毛に縁取られた黒目がちな瞳も。

白く透き通った肌も。

華奢で折れそうに見える、しなやかな体も。


それは俺という男の視線を捕えて離さない、不思議な生き物だった。


『ねーちゃんが女性だった』って事実に、俺は初めて気が付いたのかもしれない。

落ち着かない自分の心に戸惑って、ソワソワした。

一方ねーちゃんの態度は、あくまで出会った頃の小4の俺に対するものと変わらなかった。


っていうか、とんでもなく無防備過ぎだった。







** ** **







例えば、夜。

あれは俺が中1、ねーちゃんが中3の初夏くらいだったと思う。


俺が金曜ロードショーで実に人生4回目の『天空の城リピュタ』に見入っていると、ふわりと良い匂いがするのに気が付いた。

見ると風呂上りとおぼしきねーちゃんが、スタスタとこちらに歩いて来る。


下はだぼっとしたグレーの長いスウェットなのに、上はタンクトップ。

長い黒髪はタオルに包み込んで、白いうなじが丸見え。

という隠したいんだか隠したくないんだか全くもってわからない恰好で、俺が胡坐を掻いて座っているソファの横にドサリと腰を下ろしたのだ。


俺のすぐ横に座って「音量小さいね~」なんて言いながらリモコンを操作する小柄なねーちゃんの、ささやかでありながら絶対に男には存在しない2つのふくらみに、どうしても目が吸い寄せられてしまって視界から追い出せない。


あれはただのタンクトップでは無い…コニクロのブラトップってヤツではないか?カップ付きで下着無しで着れるヤツ。CMで綺麗な女優さんがブラトップ1枚だけを身に付けて、海辺で伸びをしていた―――あれは、CMだからこそ在り得るファンタジーであって、アメリカのカリフォルニア海岸でもないのにあんな恰好で外を出歩く日本女性はおそらく滅多にいない。特にこの北海道では。


「何?」


俺の刺さるような視線に何かただならぬもの(?)を感じたのか、ねーちゃんがくるりと斜め上の俺に視線を向ける。眉根を寄せた訝し気な表情なのに、上目遣いにドキリと心臓が跳ねる。

体がかっと熱くなるのを感じた。

だって背が少し高くなった俺の視界には、懸命にねーちゃんの顔に焦点を合わせても胸元の僅かな窪みがばっちり入ってしまう…。


俺は下手に周辺視野が広いんだ。

それこそ正面の敵を粘着質に守っていても、コートの何処に誰が居てどのスペースが空いているか、そこに走り込んで来ようとしている人は誰なのか、ボールを今誰がキープしてるのか―――など様々な情報が、一瞬で把握できてしまうほどに。


こう言うと、なんかスゴイ人みたいですけど。

試合中に俺を助ける便利な能力が、今、ねーちゃんの有るか無きかのささやかな胸の谷間を発見する事に役に立ってしまう……なんだか自分がスゴーク情けない。


その恰好…見えるんだけどっ

ちょっとは気を使ってよ……!!


頭の中では、ねーちゃん相手にそう怒鳴っているのに、


「あ…えっと…」


と、実際の俺は情けなくも口をパクパクと開け閉めしただけだった。

お前はお祭りの出店に並ぶ、金魚か?

と、自分自身に突っ込みを入れてしまう。

なんだか切なくなってきた…。




ただ単純に口にするのが恥ずかしかったっていうのもあるんだけれど、俺がばっちり『そこ』ばっかり見ていたのだという事実を、ねーちゃんに悟られたく無かった。


実を云えば、ねーちゃんがこんな無防備な恰好をするのは日常の事だった。

正直、俺も気にしてなかった。

今までは。


だがしかし。

けれども。


俺の方が、急にねーちゃんを意識するようになってしまったのだ。


……俺、どうなっちゃったんだろう。

最近の俺は変なんだ。ねーちゃんの動作や2人の距離感に落ち着かなくなったり、学校でねーちゃんつい探してしまったり、見つけたら見つけたで今度は目が離せなくなってしまったり……。







** ** **







自分で自分を持て余してしまっている、そんな時だった。

バスケ部の先輩に言われたんだ。


「ねーちゃんと血、繋がってないんだろ?ひとつ屋根の下って、危ねえなあ」


ニヤニヤ嗤う表情に、凶暴な苛立ちが湧き上がった。

違う小学校出身の先輩で、以前から尊敬の念が湧かない嫌な奴ではあった。1年生なのに補欠とは言えベンチ入りし、自分より試合に起用される機会の多い俺の事が気に入らないらしく、他の先輩の目の無い所で嫌味を言ったり嫌がらせをするような男だった。







母親が事故死した後、忙しいとーちゃんが家にいる時間は短くてとても寂しかった。札幌からばーちゃんが助けに来てくれたけれども、暫くして体調を悪くして入院してしまった。とーちゃんは仕事と家事に手一杯で苛々していたし、男同士だったから結構厳しく躾けられたのを覚えている。


だけどとーちゃんが再婚して、世界が一変した。


人見知りで出不精のねーちゃんは、帰ればいつも俺を出迎えてくれた。母親を恋しがって泣き、寂しさに震える生活から、ちょっと変わった優しいねーちゃんと、元気なかーちゃん、余裕を取り戻したとーちゃんと俺の、温かい4人家族が眠る家を俺は手に入れたんだ。




だからそれまで。

「ねーちゃんとは義理の姉弟だけど、俺達はちゃんと家族なんだ」そう思っていた。そう思える事が、むしろ嬉しかった。


しかし全く忌々しい事に図らずもソイツの台詞で、俺が目を逸らしていた客観的な視点に気付かされてしまった。

俺とねーちゃんに血の繋がりは無い。例えこの優しい関係を崩してひとつ屋根の下で間違いが起こってしまったとしても、相手の了解さえ得られれば最終的には問題は無いんだ。世間的に体裁が悪いと思われるかもしれないけれども。


その事に気が付いた俺は、動揺する事しかできなかった。

俺はその時、まだ本当に子供だったのだ。


動揺した俺は―――ねーちゃんから逃げた。

ちょうど良い事にやがて札幌地区の強化選手に選ばれる事になり、平日だけでは無く土日もバスケの練習に費やすようになった。抱え込んだモヤモヤを運動で発散し、ご飯を食べてお風呂に入った後は眠いと言ってすぐ自室に籠った。実際眠かった。


しかも声変わりが始まった。

意思に反して時に素っ頓狂に擦れてしまう自分の発声が極めて恥ずかしく、自分からねーちゃんに話し掛ける事が全く無くなった。




中1の夏休みが明けてから中3の夏休み明けまで。

実にまる2年間、俺はねーちゃんを避け続けたのだった。







** ** **







ある時部活でドロドロに疲れた俺は、ソファでうたた寝しつつあった。

ぼんやり眠りの世界に誘われそうになったその時、カシャリとシャッター音が聞こえた。

ドキンと鼓動が跳ねて睡魔が逃げ出したが、かたわらにねーちゃんの気配を感じて目が開けられない。


「何してるの~?」


少し距離のあるキッチンから投げられた呑気なかーちゃんの声。

ねーちゃんがこれまた呑気に返事をする。


「寝顔、撮ってるの~。最近、可愛い弟と話できなくて寂しくてさ」


か、可愛い弟…。


嬉しいような嬉しくないような……こそばゆい感覚にニンマリと口が笑いそうになるが、必死で堪えた。


どうしよう、なんか起きてるってますます言いづらくなってしまった。


「忙しいのも疲れているのも分かるんだけど、何か全然話し掛けてくれなくなっちゃったんだ……何でかな?」


な『何で』って…。


そっちこそ『何で』俺を挟んで大きな声で、こんな話始めるのですか?

森家の女性陣は『デリカシー』って言葉、ご存知なんですかね……?


「え~?男の子なんてそんなもんでない?きっと、思春期なのよ~~」

「『思春期』そうか……」

「それか反抗期?もうお姉ちゃんの後にくっついて回る年じゃないからねえ。実際見た目だけなら晶より年上に見えるしね」

「『反抗期』そうか……なるほど」


『なるほど』……?


えっ?何?

いま、納得?納得したの??


俺が悶々と悩んで時に眠れなくってゴロゴロベッドの上を転がり回ったり、ねーちゃんの事を下卑た口調で揶揄ったあの先輩に苛ついて、ボコボコにしたくなった気持ちも―――『思春期』とか『反抗期』だからとか、その一言で済ませちゃうの??




お…おおざっぱ過ぎる……!




「あ、もうこんな時間だ」

「本当だ。明日7時48分の特急に乗って稚内行かなきゃならないから、もう寝るわ」

「うん、私も寝るね」

「清美、どうしようかな」

「なんか熟睡してるね。起こす?のは可哀想か…動かす?」

「無理。重すぎ…よし、後で帰って来る和美に託そう」

「え…遅くなるんじゃない?」

「大丈夫、大丈夫。あ、毛布掛けてやって」

「はーい」


その日放置された俺は、何だか悲しくなってそのままソファでふて寝してしまった。残業で遅く帰ったとーちゃんが俺を起こしてくれて、やっとベッドで眠る事ができた。

その日女性陣の自分に対する適当な扱いに、こっそり枕を涙で濡らしたのは言うまでもない。



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