■ 会稽之恥 <清美>
主人公 清美視点です。
つんつん。
頭を何かが突いている感触に身じろぎして振り払う。
つんつん。
また、しつこく何かが突いてくるので、突っ伏していた机から顔を上げた。
俺を覗き込んでいた安孫子の瞳が猫のように弧を描いていた。
安孫子の後ろで、地崎が不審そうに様子を窺っている。
「げ」
何が楽しいのか、ニマニマ笑いながら、安孫子が口を開いた。
嫌だ、聞きたくない。
「約束忘れてないよね」
「え……何の事ですか……?」
視線を逸らして、窓の外を見た。
うん、そうだ。俺は覚えていない。
約束など、記憶にない。
「ほー……そう来るか、卑怯者」
何と言われようと、コスプレなんか御免だ。
俺は目を逸らしたまま嘯いた。
「何のことだか、全く分かりません」
「お姉さまに訴えるよ」
「どうぞ」
ねーちゃんが、安孫子の味方をするわけがない。
俺は余裕で頷いた。
「ふーん、生意気だな。じゃあ、私も最後の手段に訴えるよ」
「……」
安孫子の眼キラリと細められた。
そして彼女は、俺の耳に顔を寄せて囁いた。
「お姉さまの『写真』……王子先輩に提供しようかな」
「なっ」
何という事を言うんだ。
「―――卑怯だぞ」
視線で殺せるというぐらい殺気を込めて睨むと、安孫子は余裕の表情で姿勢を正し、腕を組んだ。
「約束忘れたって、嘘吐く奴とどっちが卑怯なのかな?」
「……わかったよ」
「ん?聞こえないな」
「今日、部活帰りに寄るからさっさと済ませよう。王子…先輩には絶対渡すなよ」
「……」
安孫子はニヤついたまま、答えない。
「返事は?どうなんだ」
ドスを聞かせて、睨み付けると安孫子は頷いた。
「承知した。―――全く、先輩を敬うってコトを知らないの?お姉さまが居るときと別人なんだから」
「いや、安孫子…先輩と、王子…先輩以外は、ちゃんと敬ってるのでご心配なく」
負け犬の遠吠え。
俺は安孫子に完敗している。
せめて、ねーちゃんの写真を印刷して貰おう。
できれば、データも欲しい。
―――でなきゃ、割に合わない。
安孫子が去った後、地崎が微妙な表情で俺を眺めた。
「また、変わった女に絡まれて……。モテるのも大変だな。女難の相が出ているぞ」
「なっ」
俺は鳥肌を立てて体を擦った。
そして叫ぶ。心の底から。
「―――モテてないから!」
全力で否定した俺を気の毒そうに一瞥して、地崎が肩を叩いてくれた。
ホントにモテてないのに。
―――けれども『女難の相』はその通りかもしれない。
俺は天井を仰いで息を吐く。それから窓の外へと―――視線を移した。
初秋の空は、高く高く澄み渡って気持ちが良い。
鱗雲を眺めながら―――俺はもうひとつ溜息を吐いたのだった。
お読みいただき、有難うございました。
とうとう安孫子の毒牙に掛かる事になってしまった清美です。
安孫子さんはいつも場を明るくしてくれるので、作者は大変助かってます。
2016.5.27 誤字修正(雫隹 みづき様へ感謝)




