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■ 一陽来福 <清美>

主人公 清美視点です。

甘めです。


美唄駅から札幌駅まで特急で1時間強。札幌駅で解散して家に帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。そこから地下鉄に乗り換え、俺はねーちゃんの待つ我が家へと向かう。


家に帰るとキッチンの方から物凄く美味しい匂いが漂って来て、俺の胸は沸き立った。


「ただいまー」

「おかえりー」


ハンバーグだ!


落ちてた気分が少し上昇する。

腹ペコだったので、口数少なくパクパクむしゃむしゃとご馳走を平らげた。


「片付けはいいから、お風呂入っといで」


至れり尽くせり。

お湯も張ってあった。


受験生なので最近食事も簡単なものか買ってきた惣菜で済ます事が多かったのに、今日は随分ねーちゃんが俺に手間を掛けてくれる。申し訳ないな、と思うと同時に大事にされているという満足感が、俺の気持ちを更に明るくしてくれた。


「あー……」


お湯に浸かった途端、固まった筋肉が弛緩する感触に思わず声が出る。


今日は疲れたなあ……。


ゆっくりと強張った筋肉が弛緩する感触が体中に拡がって行った。

ねーちゃんの思い遣りが、俺の気持ちと体を温め柔らかく解してくれるように感じた。







ホコホコに温まった体を扇ぎながらながら居間に向かうと、ねーちゃんがソファの前に番茶を置いてくれた。


「残念だったね」

「あれ?」

「ネットで速報、出てたよ」

「ねーちゃん、チェックしてくれたの?」


横に座るねーちゃんの顔を、思わずマジマジと見てしまう。

結果まで気にしてくれるなんて、思わなかった。




美唄の体育館で、選抜予選に臨んだ。スターティングメンバーでは無かったけれどもベンチ入りして交代要員として何度かゲームに参戦する事ができた。チームは準決勝まで進んだけれど……結局ワンゴール差で負けてしまった。相手は以前スカウトを受けて断った強豪私立校だった。

自ら選択したというのに、あちらを選んでいたらウインターカップに行けたのかな……と一瞬想像してしまった自分にがっかりした。実際あっちに行ってたら、今日みたいに補欠でもベンチに座る機会も無かったかもしれないのに。

女々しい自分にうんざりして、げっそり落ち込んでしまった。


だけどねーちゃんが俺に関心を持ってくれて、好物とお風呂でいたわわってくれるって現実で―――かなりふんわりと気分が浮上した。


俺が小学生の頃よくミニバスの応援に来てくれたけど、中学で疎遠になってからねーちゃんとバスケの話をほとんどしなくなった。あ……でも、全中が終わった時初戦突破した事知っていてくれたっけ。そう言えばあれをキッカケに、ねーちゃんと話せるようになったんだ。


「そう言えば、全中の時も結果知っていたよね」

「清美の公式戦は、全部チェックしているよ」


ねーちゃんは何でも無いように言って、番茶に口を付けた。


「え」

「札幌近郊でやっている試合は、たまに会場まで見に行ったし」

「そんな……だってそんな事一言も……」

「清美、思春期だったから。私が見に行くって言ったら嫌がるかなって思って、こっそり見に行ってたの」


俺は開いた口が塞がらない。


「バスケに興味、無かったんじゃないの……?」


ねーちゃんは番茶でぬくぬくと暖を取りながら、にっこりした。




「バスケには無いけど、清美にはあるからね」




……。




「ねーちゃん!」




がばっ。

思わずねーちゃんに抱き着いた。


「き、きよみ!あぶないっ!」


ねーちゃんが手に包んでいた番茶を、体から離した。


「あ、ごめん」


俺はねーちゃんの手からヒョイッと、マグカップを取り上げてテーブルに置いた。そして、改めてしっかりと小柄な体を抱き締める。

久し振りに接した感触は―――ふわふわと柔らかくて暖かい。そして石鹸のいい匂いがした。

ねーちゃんが恥ずかしがってアタフタしている様子が、俺の胸の向こう側から伝わって来るけれども―――この際無視する事にした。




だって、嬉し過ぎる。




俺ばかり、ねーちゃんに夢中だった。―――そう、思っていたのに。

例え弟としてだけだとしても、ねーちゃんが俺を気に掛けてくれていたのだという事実に、胸が熱くなった。しかもあまり興味の無い筈のバスケの試合をチェックしてくれていたなんて。


「き、きよみ……」

「もうちょっと」


俺が甘えた声を出すと、ねーちゃんは大人しくなった。




おお。まだ『甘え』が有効だったか。




そう言えば、小学校の頃たまに泣きマネでねーちゃんを引き留めたな。と思いだす。ねーちゃんに我儘を言う時、俺は声を少し震わせて明らかに涙を堪えている―――演技を何度か用いたことがあった。

中学生になってねーちゃんを意識するようになってから、あからさまな甘えはカッコ悪くて封印してしまった。


でも一周廻って―――俺は狡賢くなったようだ。


そうか。手を繋ぎたい時も、甘えれば良かったのか。


「ねーちゃん」


俺は体を離して、真っ赤になった彼女の顔を見下ろした。恥ずかしさのためか瞳がウルウルしていて―――その光景はとても悩ましい。


「キスしたい」

「え!……駄目だよ……」

「お願い」

「だって、恥ずかしい……」


フルフル震えるねーちゃんは、仔猫のように愛らしい。いつもはここで怯んでしまうのだが―――今日の俺は、その当人に勇気を補充して貰ったばかりだった。


あともう一押し。


「お願い。ちょっとだけ。軽くだから」

「……」

「お願いします!」


俺はできるだけ真面目な表情を崩さず、真剣に言い募った。


「……う、うん……」


土俵際に追い詰められてつい頷いたような微かな肯定を、俺は見逃さなかった。

気が変わらないうちにと、すぐにそのぷるっとした柔らかい部分に唇を寄せた。


ちゅっと音を立てて、軽いキスをする。


顔を離し改めて眺めると、ねーちゃんの顔はユデダコみたいに真っ赤にだった。




変なの。




以前告白直前にここで強引に口付けた時は―――むしろ平然としているように見えたのに。ほんのちょっと掠めただけで、こんなになってしまうとは。


可愛い。可愛すぎる。


込み上げてくるものを抑えきれず俺はつい、ちゅっちゅっちゅっ…と顔といい髪といい続けて啄むような軽いキスを繰り返した。

ねーちゃんは更に真っ赤になって俺を睨んだ。


「……嘘つき!ちょっとじゃないでしょ!」

「軽くしかしてない。―――本気でやるのと比べてみる?」


慌てるねーちゃんが愛おしくて、揶揄い口調でそう言うと―――ねーちゃんは眉間を顰めて黙り込んだ。




ちょっと、調子に乗り過ぎたかな……?




警戒されるのは、本意では無い。

俺はねーちゃんを解放した。

緩んだ拘束に、彼女は安堵の溜息を洩らす。


「ごめんね。すごく、嬉しくて」


俺が素直に謝ると、ねーちゃんはぷいっと横を向いて―――頷いた。


「……うん」


頬を染めて恥ずかしそうに俯く。




ねーちゃん。

ちょっと、チョロ過ぎやしませんか。




少し心配になったけど。

『これからはこの手で行こう』と、俺は心に誓ったのだ。



お読みいただき、有難うございました。


清美がちょっと賢くなりました。

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