■ 質疑応答 <清美>
主人公 清美視点で、後日談を追加します。
日曜日。図書館の帰り道、俺はねーちゃんをカフェに誘った。
以前買い物で通り掛かって、店頭の看板に掲載されていた『ドルチェプレートセット』という、ケーキの盛り合わせにポットたっぷりの紅茶をサービスするメニューが目についたのだ。
ネットで確認すると、どうやらそれはその店の人気メニューらしい。いかにもねーちゃんが喜びそうだな~と、ずっと記憶に留めておいたのだった。
ご馳走すると声を掛けた俺には―――下心があった。
「あのー……聞きたい事があるんだけど」
「何?」
確かめたい事があった。
少しでもねーちゃんの気持ちを和らげたい時、俺はいつも甘い物を持ち出す。
メニュー表を眺めながらドルチェプレートを待つねーちゃんは、狙い通りワクワクという音が聞こえそうなくらい上機嫌だった。
「ねーちゃんって……俺の事、好きなの?」
「……」
ねーちゃんは、プイッと横を向いた。
「何でそんなコト聞くの」
拗ねたような口調だ。
最近のねーちゃんの照れ具合から見て単に『弟』ってだけじゃなく、ちゃんと男として見てくれているというのは―――何となく伝わって来た。
だけど少し前までねーちゃんは、俺の事を歯牙にも掛けていなかったと思う。大事な弟だって認識してくれているのは伝わって来たけど、付き合う対象と認識していたとは到底思えなかった。
だからねーちゃんが『よろしくお願いします』と言った時に、俺は思わず聞き直したのだ。
「だってさ。付き合うのOKして貰ったけど、何で頷いてくれたか未だに自信が無くて」
「……好きだけど」
ねーちゃんは、俯いて頬を朱くした。
なんだこの可愛い仕草。
「弟として大事にしてくれたのは知っているけど、何でこんなふうに意識してくれるようになったのか……未だに不思議なんだよね」
今まで好意をダダ漏れにしてきた俺に対して、ねーちゃんは嬉しそうにはしてくれたけど、動じたりしたことは無かった。
「だって、清美が私の事好きだなんて思いもしなかったから」
視線を彷徨わせながら、ゆっくりとねーちゃんは言葉を紡いだ。
「朝、先に行って貰った時のこと、ごめんね。朝食もお弁当も作らないまま、安孫子の家に逃げちゃって。……自分が思い違いしていたって気付いたらどうして良いか判らなくなっちゃって。清美にどう接したら良いか判らないし、顔合わせるのも恥ずかしくて―――私、誰かに告白されたのなんて初めてだったから……恥ずかしくて清美の顔が見られなかったの」
もじもじ。
と音がするくらい、俯くねーちゃん。耳が真っ赤だ。
「それからかな?清美の事、弟ってだけじゃなく意識するようになったのは」
ええっ?
……つまり俺の告白を聞いて初めて、ねーちゃんの見る目が変わったってコト?!
じゃあ、俺がなし崩しに告白してしまったあの時以前のアプローチは―――全然効果無かったんだ?
ねーちゃんって―――元から知っていたつもりだけど……本気で本当に、かなーり鈍かったんだ……。
まあ……俺もいろいろ葛藤があって、ギリギリ意識させないよう気を使っていたからなぁ。
でも俺がねーちゃんの事好きだって知ってから意識したって―――もしかしてねーちゃん、異性に対してかなりハードル低い?
俺が最初に告白してきた相手だから、好きになったってこと?
まさか告白されたら、誰でも付き合うとか―――無いよね?!
王子もかなり積極的だったし、中学の時のバスケ部の大塚とか……駒沢先輩もねーちゃんに言い寄る男子が多かったって言っていたし、実際街でよくナンパされていた。初めて告白されたなんて事有り得ない筈だけど……。
「『初めて』って事は無いでしょ?」
「初めてだよ。男子に告白された事もモテた事も無いし」
「いやいやいや……俺の目の前で、何回ナンパされたと思っているの」
「それは、清美の心配し過ぎ……!勘違いだっていつも言っているでしょう?」
え……あんなに俺がうるさく注意して来たのに、まだナンパって分かってないの?それに、少なくとも大塚は本人が振られたって認識するぐらい積極的にアピールしていたと思うんだけど。じゃなかったらあんなに俺に絡んで来ないし、唐沢先輩にねーちゃんに好意を持っていたって打明けなかっただろう。
「唐沢先輩に聞いたけど、中学のときバスケ部の男子に付き纏われなかった?」
「付き纏う?……ああ、何だか私の事『可哀想だから構ってやる』って話し掛けてくる人はいたけど……別に好かれていたわけじゃ無いよ?お節介っていうか」
「駒沢先輩も言っていたよ、よく言い寄られていたって」
「別にそんな―――あ、もしかしてあれかな?よく話し掛けてくる男子が何人か居て、その男子の事を好きだっていう女子に誤解されて八つ当たりされた事があって……本当に疲れちゃったんだよね。だから、親しく無い人と話すのに懲りちゃって……でも、別にモテてたわけじゃ無いよ?ぼっちをほっとけないタイプの人とか、誰にでも気さくな人とかにたまたま構われていただけで」
俺は心配になるより、少し怖くなった。
もしかして……ねーちゃん、想像以上のド鈍感?!
だから、僕がねーちゃんに告白した『初めての異性』って事になっているのか?
きっぱり分かりやすい告白をした自覚はあるけど、駒沢先輩が把握できるくらいはっきりと言い寄っていた奴は何人か居た筈だ。もしかして『付き合って』って言葉で言われなければ、告白ってカウントに入れていなかったって事?
そういえば、ねーちゃんが付き合いのある人間って少ない。まさか『好き』って言われる免疫が無いから僕が好きだって言っただけで意識しちゃったの……?
「私みたいな地味な人間、好きだって言ってくれる男子がいるなんて貴重だよ。清美くらいだわ、こんな物好きな人」
「まさか、そんなこと……」
否定しようとして、口を噤む。
やっぱりそうなのか?
ねーちゃん、異性に女性として好かれたの―――初めてだと思い込んでる?今まで誰にもモテた事無いって誤解しているのか?
あ、でも。
王子は?あんなに仲が良いのに、王子の好意に気付いて無いなんて事があるだろうか……?
……有り得る。
僕のダダ漏れの好意にも気付いてないねーちゃんだ。
王子のアプローチにも、もしかして気付いて無い……?!
聞いてみたい。確かめたい。
でももし僕が聞いた事でねーちゃんが王子の好意に気が付いてしまって―――王子を意識し始めちゃったら……元々趣味も雰囲気も合う王子の事を―――年下の趣味も性格も見た目も正反対の俺より、男として好きだって気が付いちゃったら……?
聞けない。
俺は一気に不安になる。
ねーちゃんがそんないい加減な人間だって思いたくないけど―――万が一って事もある。王子の事は―――俺から口に出すのは止めよう。この時そう、心に決めた。
「ねーちゃんって、俺の何処が……」
「あ、来た来た!」
ウエイターがドルチェプレートセットを運んできた。
ねーちゃんは、すっかり夢中ではしゃいでいる。
―――そのまま、話はウヤムヤになった。
あー、聞きたい。
でも、聞けないっ。
ねーちゃん、俺の何処が好きなの?
告白されたから、好きになったの?
もしかしてソコだけ?!俺が王子に勝てた理由って?
ぐるぐる考えていると、フォークが止まってしまったようだ。
「……食べないの?」
すっかり平常運転に戻ったねーちゃんが、俺を心配そうに覗き込んでいた。
その瞳の中に、愛情が存在する……と、思う。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
そう、大丈夫。
不安はあるけど。頑張ろうって決めたから。
俺がにっこりと笑うと、ねーちゃんも笑った。
この笑顔を大事にしよう。俺は自分用に注文したチーズケーキを頬張りながら、そう思った。
お読みいただき、有難うございました。
姉のチョロイン(=チョロい+ヒロイン)疑惑に怯える清美でした。
清美を安心させようと思って書いた後日談だったのですが、かえって不安が増す結果に。申し訳ない。




