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◆ 弟から、逃げ出した <晶>

清美の姉 晶視点です。

朝。恥ずかしさで下に降りられない。




お弁当や朝食を作らなきゃならないのに部屋でぐずぐずしていたらアっという間に学校に行く時間になった。

悩んでいると、扉にノックの音が。


清美だ。


顔を見るのも恥ずかしい。

先に登校してもらうようにお願いした。


シャワーを浴びて着替えて、食事を作って。

両親の朝食にラップをかけて冷蔵庫にしまう。

私と清美のお弁当を作る気にまではなれなかった。……第一どんな顔して渡せばいいんだ……。




いつもは清美に合わせて、朝早く家を出る。歩いている人が少なくて清々しいちょっと冷たい空気の中を歩くのは、気持ちが良かった。


今日は、人混みに紛れて歩く。

ちょっと息苦しい気がするのは―――人が多いせいか、それともいつも横を歩いてくれる大木のような長身がいないからなのか。




清美は私を好きだと言った。


いったい、いつから……?




確か清美には「ずっと諦められない好きな人がいる」って聞いた事がある。あれは、清美が中学生の頃。高校に合格して川喜多さんが訪ねて来た時だった。


高校生になって部活に打ち込む元気な姿を見て、もしかしてその人の事は吹っ切れたのかな?と考えた事もある。相変わらずモテているようだし。

あのモデルのような可愛らしいマネージャー、鴻池さんも清美の事を好きな女子の1人で……。

ちょっと思い込みが激しくて押し付けが強いから―――清美がその思いに応える事は難しいかもしれないけれど。

清美は小学校の頃、川喜多さんに追い回されて意地悪ばかりされていたから、パワハラっぽい態度の女子が苦手な筈だから。


それを考えると清美がずっと好きだった人は、そういうタイプでは無い筈。


……今は私を好きだってことは……その人の事はもう、諦めたのかな。




『本気だよ。例えどんなに障害が大きくたって、世間体が悪くたって―――好きなものは好きなんだ。諦めるなんて無理だよ』




真剣に彼女の事を語っていた清美の精悍な顔を思い出す。

あんなに諦めないって言っていたのに、高校に来て今更私に心変わりするなんて、あり得るだろうか……?




……ん?




鴻池さんみたいな強気女子と真逆の性格で。

恋人になるには、障害が大きくて世間体が悪くて。

それでも、好きで諦められなくて。




あれ?




ひょっとして……




……これって……




も、もしかして、中学校の頃からずっと好きな子って―――『私』?!


そんな筈―――いや、そうだと仮定するといろいろ辻褄が合う。


地学部の合宿の後、迎えに来てくれた清美。

ほっぺたを食べられた。

次の日髪を乾かしてくれて、つむじに吸い付かれた。


あれって、そういう意味?―――意趣返しとか、揶揄いとかじゃなくて。

もしかして……もしかしなくても―――キスされたってこと?!




ドキドキと心臓が五月蠅い。




そう考えると脳の海馬かいばの中から、また違う記憶がぽんっと蘇ってきた。


昨日と同じような状況。

具合の悪そうな清美が抱き着いて来て―――何故かソファに押し倒されて至近距離まで清美の顔が近づいてきた。

実際触れては来なかったけれど、もしかして……あれ、本当にキスしようとしてたってこと……?!


「わぁ!」


私は耐えきれず、声を上げた。

周囲の学生たちが振り返る。


うわ、自分の考えに沈み過ぎていて、周りが見えてなかった。


もうこの事について深く追求するのは、止めよう。


いろいろ思い出せば出すほど、清美の行動に今まで気付かなかった裏付けが浮かび上がって来て―――羞恥心でどうにかなりそうだった。




どうしたら、いい?

わかんないよ。

親には相談できない。

私は、もう考えが纏まらなくて、溢れそうな胸苦しさを押さえるのに手一杯だった。




昼休みが近づいて来る。

お弁当も無い

顔も合わせづらい。


今日は一緒にお昼ご飯を食べる事ができない。

だから、メールで地学部の部室に来なくても大丈夫だと連絡した。


ああ……ごめん、清美。

ねーちゃん、どうして良いのか判らないよ。

自分がどうしたいかも。


それに……それに……第一、恥ずかし過ぎる!!

どんな顔して、清美と会えばいいの?




だって、私、鈍感すぎる。




清美はいつだって、私と一緒にいたいって正直に話してくれていた。

それを『シスコン』だなんて、断定して。

いや、清美も認めていて『シスコン』であることには、違いないけれども……。


そこには異性の好意も含まれていて。今思うとその感情を、清美は隠していなかった。行動にも表していた。それなのに―――それに気付かなかったのは、私だ。


少し『変だな』とは、思っていた。

でも堂々と清美の傍にいる権利を放棄したく無くて、白黒付ける覚悟も無くて―――無意識にそういった事を無かった事にしていたのかもしれない。




でも、気付いてしまった。


どうしよう。




傍にいたい気持ちはある。

私は清美の事がすごく大事だ。おそらく母親と2人の父親、それから祖母を除けば―――、一番好きな相手だ。

彼に姉としてずっと寄り添って行けるんだって……幸せに思っていた。


だけど異性として惚れた腫れたで関わってしまうと―――そんな風に穏やかなままでいられないかもしれない。今の居心地の良い関係も崩れてしまうかもしれない。




それは、怖すぎる。




私の唯一安心できる避難基地が永遠に失われるようなそんな不安が―――じっとりと私を包み込んだ。







** ** **







部室には、珍しく安孫子がいた。

聖耶のコスプレ衣装が完成したと、ウキウキと報告してくれた。


今日泊めてもらえないかな。

と提案すると、ちょっと手伝ってくれればOKとのこと。


スーパーで食材を買い、作り置きおかずを大量にストックして家を出た。


安孫子に何日か泊めて貰えることはできないかと確認すると、コスプレを要求された。

与えられた衣装は私にピッタリだった。


何故なぜ


そういえば安孫子が地学部に入部して最初にやったのは、私の採寸だったと思い出す。あの頃は「コスプレイヤーが何たるか」という事に微塵も知識が無かったので―――抵抗する事も思いつかなかった。

安孫子の好意らしき(?)ものを、微笑ましく思ったりして。


あの頃の私、無防備過ぎ。




……帰りたくないな。


コスプレは嫌だったけれど、宿泊を保障して貰えるという誘惑に勝てなかった。


だって、清美と顔、合わせられないよ。




背に腹は代えられないので、大人しく着替える。


でも恥ずかしい。


1日1着着れば、1泊追加しても良いと、安孫子は言う。

まあ服ぐらい、いっか……と麻痺した気持ちで了承する。




ホントはすごーく、すごーく、嫌だけど!




だから着せ替えさせられとき、つい眉間に皺が寄ってしまう。不快感をつい露わにしてしまって反省していると、安孫子が「もえ~!」と叫んだ。何を言っているのか、よくわからない。


でも、嫌々ながら従った。

だって、帰って清美と顔を合わせる以上の恥ずかしさでは無い。

このままじゃダメだって思うけど。

逃げてばっかりは、何の解決にもつながらないと思うけれど……。







** ** **







昨日とは違うクラシカルなタイプのメイド服を着せられて、何故か猫耳カチューシャを装着された。


すぐに写真撮影タイムが始まる。

私は、心を空っぽにして立ち竦む。

時折安孫子にポージングの指導をされたり、小道具を持たされたりするが―――よっぽど腹に据え兼ねるもの以外、断らずに対応した。




何やってるんだろう、私。




と、不意に素に戻ったりする瞬間があったけれども。

私はそれを見ないようにして遣り過ごした。




撮影が終わった。

安孫子は何故か1LDKのマンションに独り暮らしだった。両親が長期の海外出張で日本に不在のため、この住処を与えられて独り暮らしをしているのだ。

コスプレ衣装と漫画やDVD、小説に囲まれた趣味全開の部屋。

安孫子の両親が居ないのは、私にとっては気を使わなくて大変楽だった。家出の理由を追及されることも無い。


安孫子は私の家出については、何も尋ねなかった。

なんとなく、その動機について察しているような素振りに見えた。

だけど安孫子はそれより、今手に入れた私を『コスプレさせる権利』に夢中になっているらしく、嬉々として髪結いやメイクに集中しているようだった。


私はちょっと自虐的になっていたかもしれない。


どうにでもなれ。


なんだか写真を取られるのが、私に与えられた罰則のような気がしていた。




安孫子の指示でお風呂に入るまでこのままの恰好でいなければならず、嵩張る衣装のまま参考書を見ていると、来客を知らせるベルが鳴った。


宅配便かな?

ホクホクと安孫子が玄関へ行った。


私のいる居間からは、廊下との間にある扉で玄関を見通せない。

安孫子が戻って来たらしい。ガチャリと扉が開いた。




「ねーちゃん」




聞き覚えのある声がして、どっくんと心臓が縮みあがった。




「迎えに来た」




おそるおそる顔をあげると、そこには深刻な表情の清美がいた。

私はすぐに落ち着いて、冷ややかな気持ちで判断した




あ、安孫子に売られたな、と。




今日の1泊分の宿泊代、コスプレしたのはタダ働きになった。


私はきっと追い出される。


安孫子は完成した『聖耶』の衣装を―――よっぽど清美に着せたかったのだろう。

きっと引き換えに、私を差し出す事になったのだ……。



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