14.ねーちゃんを、批判された
昼休み、教室でパンを食べていると鴻池が近づいて来た。
話があると言われて、中庭に連れて行かれる。
何を言うつもりだろう?
しばらく俺を避けていた鴻池が、久し振りに俺に声を掛けたのだった。
「お姉さんと、ご飯食べるの止めたんだね」
「お前、なんかねーちゃんに言ったんだろ?」
「……」
鴻池は嘘が吐けない体質らしい。
無言で肯定していた。
「なんで、余計なことすんの」
「森があの人に振り回されているの、黙って見ていられないの」
「別に振り回されてなんかいない」
「あの人、地学部の同級生と一緒に部室でお弁当食べてるんだよ。中途半端にふらふらして気を持たせるなんて―――最低じゃない!」
「……それ、俺もそこに一緒に居たから」
地学部で食べている時の事だ。不愉快だが―――場所を使わせて貰っているので、何度か3人で食べた事がある。俺がいなくても、地学部の打合せを兼ねて食べる事もあるだろうし。……どちらにしても王子と一緒っていう状態を不愉快に思う事に変わりはないけど。
「え?」
「どっちかっていうと、俺が地学部の昼休みに邪魔しているんだ。そいつだけじゃなくて、他の女子も一緒に食べる事もあるし。それに一緒にご飯食べるくらい、何だよ。お前だって俺達のベンチに割り込んで来ただろ」
俺は溜息をついた。
鷹村も地崎もコイツが俺に気があるって言っていたけど―――それにしてはやり方が滅茶苦茶過ぎないか。
鴻池が『森のために』って口に出せば出すほど、俺の鴻池への好感度がますます下がっていくのだ。それが判らない鴻池では無いだろう。この間もきっぱり撥ね付けて―――結果、泣かせたばかりだと言うのに。
そういう押し付けの行為が、俺を不快にするっていう事は伝わったはずだ。
だいたい王子とねーちゃんが地学部でお弁当食べている事、コイツがなんで知っているんだ。
部活休んでまでねーちゃんに絡んで、お門違いの文句を言うなんて一歩間違えればストーカーじゃないか。
「とにかく、あの人が身を引いてくれて良かった」
「お前、ねーちゃんに付き纏うの止めろ」
「あの人が、森に付き纏っているんでしょ。目の前でウロチョロして」
「―――俺が付き纏ってるんだよ……」
悲しいことに、それが事実だ。
ねーちゃんが、俺に付き纏ってくれれば……幸せなのになー。
「じゃあ昨日から一緒にお昼を食べないのは、とうとう振られたから?やっぱり、もっと真っ当な付き合いができる相手を選んだ方がお互いの為だってあの人もやっと理解してくれたんだね。遅いくらいだけど」
「ちょっと、待て。俺達が付き合ったら『真っ当じゃない』って言いたいのか」
俺はカチンと来て思わず咬みついた。
そんな事言う権利は、鴻池には無い。
「うん」
鴻池は当たり前のように、頷いた。
駄目だ。話が全く通じない。
鴻池の常識は、俺の非常識だ。
もう言い争う気も起きなかった。
話してもラチがあかない。俺は遠い目をした。
ねーちゃんが、いつか言っていたっけ。後悔しないように話し合った方が良いって。
でも。
いつまでも平行線にしかならない相手と話し合ったって、それこそ時間の無駄だ。こいつがいつも言う口癖のとおり。そっくりそのまま、お返しする。
俺は目を眇めて、言った。
「俺にとっては、お前とこういう議論をしている時間が『無駄』だ。分かり合えない―――分かろうとしない相手にもうこれ以上何を言うつもりも無い。もう部活以外で俺に関わるのは止めてくれ」
鴻池の表情が凍りついた。
俺はクルリと踵を返して、体育館へと足を進めた。
「待って!」
制止の声は届いていたが、俺は足を止めずスタスタと歩いた。扉に手を掛けたところで、グイッと腕を引かれる。それが思いのほか強い力で、思わず後ろにふらついてしまう。腕に鴻池が絡みついて来た。
「……好きなの」
「?」
「森の事が好きなの!」
「……俺、好きな人いるって言ったよね」
「お姉さんを好きになるなんて、間違ってるよ。周りが許さないでしょ。それにあんな人、森に相応しくない。」
「……」
「私のこと、好きになってよ……!」
微かに叫ぶように、強く主張する。
俺は喰い入るように、そんな必死な鴻池の顔を見た。
ウルウルと潤んでいる瞳。紅潮した頬。十分に可愛くて官能的だと―――言えるだろう。一般的には。
でも、まるで響かない。
きっと、ねーちゃんと出会わなくても。
俺がコイツと付き合う事は無いんだろうな。そう、思った。
なんでだろうな。
確かに話も合って―――身長とか雰囲気とか、趣味とか。共通点はいろいろある。鴻池が言うように傍から見たらねーちゃんと俺の組み合わせより、よっぽど違和感無く見えるのかもしれない。
だけども、響かない。
全然、心が踊らない。
追い掛けられても、逃げ出したい気持ちが積もるばかりだ。
鴻池を好ましいと思っている男子が多いというのも、頷ける。だけど、それは俺じゃない。
鴻池だって、そんな事本当は分かっている筈なのに。
なんで、見ない振りするんだ。
鴻池の相手は、俺じゃない。
言いたく無かったけど―――もっとはっきり言わなくては分かって貰えないようだ。俺は軽く息を吸い込んだ。
「鴻池。俺はお前の事、全然好きじゃない。だから例えねーちゃんが目の前から消えても、お前と付き合う事は無い」
「……っ」
「だから、これは『無駄な事』だ。もう止めてくれ。俺達に関わるのは」
鴻池の腕の力が緩んだ。
俺はそっと腕を引き抜いて、その場を後にした。
鴻池……岩崎みたいにバスケ部辞めちゃうのかな。
少なくとも、鴻池は岩崎と違ってバスケ部の部活動には貢献していた。情熱も持ち合わせているように見えた。バスケ部のマネージャーを続けて欲しい。そう、思う。
だけど俺と気拙くなって―――参加しなくなるかもな。
俺は自嘲気味に目を閉じた。
穏便に済ませたかった。
人を傷つけるって、つらい。
でも、ここで中途半端に優しくすれば―――これまでの繰り返しだ。
振り向かなかったけど―――鴻池が身じろぎもせず立ち尽くしているのが、見える気がした。
俺は後悔を振り払うように1、2回首を振って、それから早足で体育館を目指した。




