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13.ねーちゃんが、家出した

「どしたの」


朝練の後、教室に戻って席に着いた俺に、地崎が声を掛けて来た。


「え?」

「なんかずっと、心ここに在らずだよね」

「……うん」


昨日の帰り道地崎に話を聞いて貰って弱冠すっきりした顔をしていた筈の俺が、再び沈み込んでいるを見て朝練の時から心配してくれていたらしい。


「また、なんかあった?」


俺は暫く黙っていたが、諦めて溜息を吐くと白状した。


「ねーちゃんが……家出した」

「え!」

「暫く帰って来ないって」

「うっそ」

「……嘘じゃないよ」

「そっかー……そう来たかー」


しかし、地崎の顔には『仕方ないよね』と書いてあった。

あ、今『自業自得だよね』とも読めた。


「はー……どうしたら良い?」


俺は疲れて溜息とともに、ボンヤリとした質問を投げた。


「とにかく……そうだ、行先わかってんの?」


ちゃんと、そのボンヤリとした問い掛けにも答えてくれる―――地崎が優しい。

本当の『紳士』って、こういう奴の事だよね。

比べて俺は―――全く『紳士』じゃない。


はい、これでねーちゃんに嫌われる要素、またひとつ追加っ。


……我ながら、自虐的だな。ポジティブなとこだけが長所だったのに。


「いや。ただ『友達』のとこに行くって」

「……森先輩、友達少ないんじゃなかったっけ?1番仲良い友達って誰?」

「たぶん、王子が1番……ねーちゃんの仲良し」

「王子先輩?……まさか、男の家には泊まらないだろ?」

「前チラッと聞いた事があるんだけど―――王子の姉貴とねーちゃん、交流があるらしいんだ。もしかしたら、そのねーちゃんの部屋にいるのかも」


声に出したら、本当にありそうで思わず背筋が震えた。自分の思い付きが怖かった。


「……確認した?」

「……怖くて確認できないよ。あーどーしよう。もし王子の家に泊まっているって解ったら―――どーなっちゃうんだろ」


俺は頭を抱えた。

嫉妬で更に暴走してしまいそうで、自分が怖い。


「他に森先輩が頼りそうな相手っていないの?」

「地学部の……2年の女子ともお昼食べてた」

「その人のうちじゃないの?それか、その人が把握してないかな?森先輩の居場所。聞いてみたら?」

「……」

「なしたの」

「その人……苦手なんだよな~」


勝手に採寸したりするし。

何言ってるか判らないし。

ニヤニヤしてジロジロ見るし。


「何、もしかしてまた言い寄られた?」


地崎が心配そうに覗き込む。

『また』ってなんだ。くそぉ。


「いや、そういう感じじゃない。むしろ……」


安孫子は俺と王子の関係を妄想して―――気味悪くニヤついていた。


「何?」

「……聞いてみる」

「うん、それが良いよ」


地崎は微笑んだ。きっと、俺に何かしら葛藤があるのを察知している。だけど敢えて背中を押すのだろう。


地崎の言うとおりだ。

今の所俺にできるのは―――それしか無い。







** ** **







善は急げ。俺は、次の休み時間に2年生の教室がある2階へと向かった。

ざっと8クラスを覗いてみたが、見覚えのあるツインテールが見つからなかった。もしかしたらどこかに出掛けているか、休みかもしれない。

諦めきれなくて1番階段に近いクラスを再度、覗き込んだ。

背の高い1年生が珍しいのか、入口近くの女子の先輩達がジロリ俺を見て、コソコソと話しているのが目に入った。

俺はそのカタマリの中の1番扉に近い位置に座っている女子に声を掛けた。俺と同じくらい明るい髪色をしている。染めているのかな?


「あの」

「……えっ」


俺が声を掛けると、茶色い髪の先輩は目を丸くした。


「この教室に地学部の人っていますか」

「え!?……地学部?」


茶髪先輩は、ふわふわネコッ毛の髪をカサカサと慌ただしく手櫛で梳き―――その先端近くを指に巻き取りながら、首を傾げて隣の女子に声を掛けた。


「……知ってる?」

「さあ?」

「ねえ、確か館野って地学部じゃなかったっけ?」


『たての』聞いた事あるかも。


その情報を提供してくれた先輩に目を移す。ストレートの髪を肩位に切りそろえた白っぽい顔色の人だった。俺がジッと見ると慌てて目を逸らされる。俺そんなに怖い……?俺はなるだけこれ以上怖がらせないように、謙虚に聞くことにした。


「あの、その館野さんって人……今教室にいますか?」

「え……と」

「いるよ」


ストレート先輩が言い淀んでいるので、茶髪先輩が答えてくれた。


「あそこ、窓際。たーてのー!お客さん」


声も掛けてくれた。茶髪先輩はけっこう親切だった。

窓際で他の男子と話をしていた、ふくよかな体格の男子生徒が振り向いた。


「あれ、森先輩の弟じゃん」


館野さんは、ねーちゃんと違って気後れしないタイプらしい。俺を見るとそう言って近寄って来た。


「ちょっと、良いですか?」

「うん」


茶髪先輩とストレート先輩を含む女子生徒達は、俺達を見てまたコソコソ言葉を交わしていた。

俺は廊下に出る前に一応「ありがとうございました」と愛想笑いで会釈した。何故か皆さん、ポカンと固まって口を開けていた。


言い方、変だったかな?




廊下に出て、人溜まりの無い窓側に移動した。


「どしたの?森先輩になんかあった?」


どうしよう。単刀直入に安孫子のクラスを確認しても良いだろうか。

館野さんは何か知っているのだろうか。


「あの、姉にっていうか……2年生でもう1人地学部員の先輩いましたよね。確か安孫子……先輩でしたっけ。ちょっと確認したいことがあるので、クラスを教えて欲しいんですけど」

「なんで?森先輩に聞いたら?」


うー。

そうだよな。そうくるよな。


俺は諦めて、ある程度正直に話す事にした。


「あの。実は、姉と喧嘩しちゃって……友達の家に泊まるって聞いたんですが、どこにいるか教えてくれなかったので、居場所だけでも確認したくて……ちょっと気まずくて直接連絡しづらいんですけど、でも心配で」


館野さんは、意外そうに眉を上げた。


「へえ?珍しいね。すっごく仲良いって、聞いていたけど」


そ、そうなんだ。


ねーちゃんが俺達の事をそう周りに言っていてくれたと分かって、こんな時だけど地味に嬉しくなる。俺は少し耳に熱が上るのを感じた。

しかし仲違いの内容までここでは言えなくて、俺は口を噤んだ。


「……そしたら、安孫子の家にいるかもね。Cクラスだよ。聞いてみれば」


助かった。8クラスもあるので、1つずつ確認し直していたら休み時間終わっちゃうところだった。


「ありがとうございます」

「うん。仲直りできると、いいね」

「あ……はい」


……本当に、仲直りできると良い。

ねーちゃんに避けられると思うだけで―――身が斬られるように辛い。

館野さんの優しい声掛けが身に沁みた。


「あ、そういえば森君、安孫子に狙われているから気を付けてね」

「え?」

「じゃ」


意味がわからず、俺は曖昧に笑って頷いた。


『狙われている』?


俺は、安孫子の話をあまり覚えていない。確か安孫子は王子と俺がアニメのキャラクターに似ているから、カップルになって欲しい―――というような気持ち悪い事を言っていて俺と王子はうんざりしていた。それはあまりにもおぞましい想像だった。だからだろう……俺の体は拒否反応を示したらしく、安孫子の印象は俺の中であやふやだった。ツインテールと大仰な言い回しだけが、ざらっと記憶に引っ掛かっているだけだった。


しかし、行かねばなるまい。


もうすぐ予鈴がなりそうだ。

俺は次の休み時間に2-Cを訪ねる事に決めて1年の教室へ戻った。







** ** **







「おおっ『聖耶』」

「違います」

「冗談よ。森君、どしたの?」


スラっと中性的な体形の安孫子は、俺を見て嬉しそうにした。

改めてみると彼女はまあまあ可愛らしい顔をしている。中身の禍禍しさに反比例する仕組みなんだろう。

嬉しそうに俺をみるその目は、実際に『俺』を見ているのではなく『俺』を通してアニメキャラの『聖耶』を見ているようだった。

ずっとバスケばっかやって過ごしてきた俺はこういう真正のオタクに免疫が無く、時々外国人と話すみたいに言葉が理解できない事があって、どうしても扱いに困ってしまう。姉と仲が良い人だから無下にしたくないけど、できるなら極力―――付き合いたくない。

なんせ舐めるようにこちらを見て始終ニヤニヤしているから、居心地が悪いのだ。

親父にジロジロ見られて気持ち悪く思う女子高生の気分が、今なら手に取るようにわかる。


「あの」


ねーちゃんの事を口に出すのを一瞬、躊躇ためらった。


聞きづらいなー。


色眼鏡かもしれないが、さっきまで安孫子がいた女子の輪も同じようなオタク仲間に見えてくる。ニヤニヤ遠目にこちらを見て話をしているが……一体どんな妄想をしているんだと痒い気持ちになった。


「姉が、お世話になっていますよね」


確信は無かったが俺は決め付けるように言った。本当は「何処にいるか知っていますか」と聞こうかと思ったけど、安孫子家に泊まっていると決めてかかったほうが余計な事を説明しなくても良いと判断したからだ。


「うん」


特に口止めされていないのか、安孫子は素直に頷いた。


あ、やっぱり。


俺はホッとして、息を吐いた。

……良かった。王子と一緒じゃない事が判っただけで、随分気持ちが楽になった。


「迷惑ですよね。早く帰るように安孫子さんから言ってくれませんか」

「迷惑じゃないよ。『お礼』して貰っているから、楽しいよ~」

「『お礼』?ですか」


お礼に料理でも作っているのかな?


あー……ねーちゃんの料理、食べたくなってきた。まる1日食べないだけで、恋しくなってくる。


安孫子はニンマリ気味悪く嗤って、俺においでおいでと手招きした。俺は呼ばれるままに、背を屈めてその口元に耳を寄せた。

安孫子の仲間方面から何故か「きゃあ」と歓声が上がった。何かあったのだろうか。


「コ・ス・プ・レ。1泊ごとに1着してもらう約束だから、楽しいのよ~~。だから当分、返したくないの」

「……」

「昨日は、王道のロリ系メイドでしょ。今日は猫耳の予定。まだまだ着せたい服があるから、当分返さないよーん!」


俺はバっと、飛びずさった。


「な……な……」


呆れて言葉がでない。

暫く口をパクパクさせて、震えてしまう。


あ、あのねーちゃんがコスプレ?

そんな……み、見たい……じゃ、なくて!

絶対嫌がっている筈!


「な、なんてことを!止めてください、今すぐ返して下さい!」

「えー」

「ねーちゃ……あ、姉は、嫌がっているでしょう!?」

「まーね。でも嫌がっているのに無理矢理着せるのが、いいんじゃない」


嫌がっているのに。

無理矢理。


俺の脳内に突然バっとその光景が浮かんだ。


涙目のねーちゃんが、メイド服を着て恥ずかしそうにしている。滅多に穿かないミニ丈のスカートにニーハイソックス。それから、猫耳……。


「ご主人さま……」


なんて言って、上目使いにこっちを見上げて……。

り……リアル仔猫!!


はっ

ブルブルブル。


俺は頭を振った。そして妄想を振り払った。

じぃっと観察するような安孫子の目と、視線がぶつかる。


やばい。見透かされそうな眼だ。


でも実際安孫子が考えているのは―――もっとおぞましい事だった。


「森君の衣装もあるから、おいでよ~~王子先輩とセットで写真撮ってあ・げ・る」


キャピッと可愛い感じでポーズをとっているが、台詞がとんでもない。


ぶんぶんぶん。


今度こそ、大きく首を振った。

そんな事したら、俺の中の何かが決定的に壊れてしまう……そんな気がした。


「えー!残念。ま、いいわ。暫く私は森先輩で楽しむから」

「そ、そんな。帰るように言って下さい」


俺が縋るように言うと、安孫子の目がキラリと光った。


「だって、森先輩本人が『帰りたくない』って言うし」


好奇心に溢れた瞳の奥が冷たく光っていた……ような気がした。

今度こそ、見透かされている。

何処まで知っているか知らないが―――少なくとも安孫子は、ねーちゃんがうちに帰りたくないって考えている事は承知しているらしい。そしてそれが俺絡みであると―――把握しているか、少なくとも推測はしているようだった。




「あの」




どうする。

考えろ。

一番、良い手は。




「もし、ねーちゃんをすぐ帰してくれたら」




俺は瞼を閉じた。




「俺が代わりに、コスプレします。だから、返して下さい」




頭を下げた。




遠くで、おおっと声が上がった。たぶん、安孫子の友人はずっと俺達を観察しているのだろう。どう考えても歓声があがるタイミングが良すぎる。話が聞こえる距離じゃないんだけど。


顔をあげると、満足気な安孫子の笑顔があった。


安孫子の笑顔は爽やかで可愛かった。


でも、俺がコスプレするからって、この笑顔……。

すげぇ、残念な奴。


俺はげんなりして、その笑顔を眺めた。

なぜか、安孫子の仲間達が更にきゃあきゃあ盛り上がっていた。


もう、何もかもどうでもいい。


どうでもいいから、俺にねーちゃんを返してくれ。


「その言葉、二言にごんは無いな?」


悪代官・安孫子屋が、嗤った。

そんな芝居じみた台詞は聞き流したかったけど、俺はかろうじて小さく頷いた。


「俺今日部活終わったら、安孫子さんの家に姉を迎えに行きたいんですが、いいですか?……できれば姉にはこのこと、黙っていて欲しいんですけど」

「おぬしもワルよのぉ……」




……もうこの人、やだ。




更にげんなりして、俺はツインテール安孫子のニヤニヤ顔を見ていた。今の台詞、了承の意味でいいよね……。


俺の中の何かが、この休み時間でがっつりと減った。


疲れた!昼休みの練習行きたくねー!


でも、行く。

だって俺の取り柄って、バスケくらいしか無いから。




ねーちゃんが与えてくれた、そして誉めてくれたこの取り柄だけは、失いたくない。


例えねーちゃんが2度と。

俺の試合を―――見に来てくれなくなったとしても。



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