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10.ねーちゃんが、絡まれたらしい

スマホにメッセージが入っていた。


珍しい。鷹村だ。


そういえば、来週鷹村の高校と練習試合をする予定だった。おそらくそれで連絡をくれたのだろう。鷹村は西区にある運動部の充実した私立高に通っている。唐沢先輩と同じ高校だ。志望動機は単純に『近いから』。


鷹村は家族と一緒に中3の秋、その私立校から5分の位置にある祖父母の家に引っ越した。高齢になった祖父母の世話の為、二世帯住宅に改築し同居する事になったそうだ。それ以来地下鉄を乗り継いで中学校まで通っていた。

地下鉄駅まで一応バスはあるが本数が少なくて、更に歩きで20分かかる道のりを歩いていた。低血圧の鷹村はこれに懲りて、結局体育会系のその私立高に通う事になった。進学率の良い公立高校にも合格したのに。


『時間空いたら、電話くれ』


簡潔なメッセージ。男前な鷹村らしい。

俺は軽くシャワーで汗を流した後、夕飯前に部屋着兼パジャマのジャージとTシャツ姿で、鷹村に電話した。


『おう、久し振り』


懐かしい声。毎日のように聞いていた少しぶっきらぼうな物謂(ものい)いに変化が無くて、少しほっとする。


「久しぶり。来週試合だな」

『そだな。お手柔らかに頼むぜ~』

「そっちこそ。唐沢先輩は引退?」

『そうだけど練習試合ついてくるって。お蔭で手ぇ抜けねえよ。まあ、本人は高坂先輩と清美に会いたいだけだと思うけどな。審判やるって張り切ってたぞ』


ひとしきりじゃれた後、鷹村が声のトーンを変えた。


『お前、相変わらずモテてんのな』

「は?何の話?」

『ファーストフードでお前を巡って女の争いが勃発していたぞ』


鷹村の口調は物凄く楽しそうで、奴がニヤニヤ嗤っているのが目に見えるようだった。


「えぇ?」


身に覚えがない。


『ねーちゃん絡まれてたぞ、お前の信者に』

「なっ……なんだって?!」


思わず、声が裏返ってしまう。


『相変わらず”天然タラシ”発揮しているんだな。お前の信者、ねーちゃんに偉い剣幕で突っ掛かっていたぞ。』

「『突っ掛かっていた』って……」


信者?……全く身に覚えがない。


『お前の事苦しめるなとか、解放しろとか……そういえば、ねーちゃんに誰だかと付き合ってお前から離れろとか、遠い大学受けてお前の前から消えろ、とか言ってたな。随分、お前に入れ込んでいる感じだったぞ』


俺は驚きのあまり、上手く言葉を発する事も難しかった。


「な……な……なんだって、そんな」

『俺も立ち聞きみたいな真似するの、不本意だったけどな。衝立のすぐ横でお前のねーちゃんが、お前の信者っぽい女に責められているのに気が付いて―――思わず耳ダンボになっちゃったぜ。なんかその信者お前と随分親しい口振りだったし、聞いた事あるような声だったから、ねーちゃん帰った後衝立の向こうチラ見したら―――中学の女子バスの女だったぞ。……名前忘れたけど、結構男子に人気あった副キャプテンの―――』


まさか。


「―――鴻池か」


『そう!それ。鴻池!よく覚えてるな~……もしかして付き合ってんのか?』

「まさか。いま俺の部のマネージャーやっているんだ。同じ高校だから」


俺は、頭からサァッと血の気が引くのを感じた。


完全に裏目に出た。

あの時、俺は何処まで打明けたっけ?

ああ、そうだ。

ねーちゃんのこと、女の人として好きだって。

一緒にいるだけで幸せだからって、そう鴻池に打明けたんだ。


そうしないとアイツ、俺を『シスコン』っていう間違った道から引っ張り出そうともっとしつこく関わってきそうだったから。

そもそも鴻池の考える『間違った道』の解釈からして納得いかないが―――例えシスコンだって俺が好きでやってるんだからいいじゃないか……!

正義感だかお節介だか知らないが、アイツのしつこさにはホトホト疲れた。真面目で部活に一所懸命な性格が災いしたのか?思い込みが激し過ぎるっつーか。


もしかして―――口止めしてないからってアイツ、俺の気持ち勝手にねーちゃんに言ってないよな?!そこまで、無作法じゃないと―――真面目に正面から話せば、理解してくれる奴だと―――諦めて放って置いてくれるだろうと思って話したのに。


「まさか……鴻池、俺が姉貴のことどう思っているか……なんてことまで、本人に話してないよな……」


鷹村に質問したわけではなく、思わず口をついて懸念がポロリと零れただけだった。

しかしトドメを刺すが如く、鷹村が断言した。


「言ってた。ばっちし」


がーん。


まさに俺の背景にはその文字が浮き上がっていたと思う。

一瞬で周りの景色が凍りついたように感じた。


「ど……どんなふうに……?」


……さすがにオブラートにくるんで、遠回しに言っているだろ?


『お前が、ねーちゃんのこと女として好きだって―――お前に聞いたって言ってた』

「そんな……」


全然オブラートにくるんでないっ!


『お前ねーちゃんに未練残したまま、鴻池にもちょっかい掛けてるのか?』

「っ!?―――『ちょっかい』なんか、掛けてないよ。あっちがシツコク文句言ってくるだけで―――でもそもそも鴻池に好きだとか言われたわけでも無いし……『信者』って表現はどうかと思う」

『なんか誤解させるような事、言ったんじゃないか?無自覚なのがホンットいっちばん性質(たち)悪いぞ?……曖昧に優しくすっから、相手が期待するんだ』


グサッと―――久し振りに鷹村の毒舌に切り付けられた。


「……そ、そんなこと……ないと……」


ショックのあまり、言葉が継げない。

ついこの間……ボールを一緒に磨いた事を思い出した。

いや、あれは部員として普通の行動だ。偶然あそこに居合わせたら―――俺じゃなくたって誰だって手伝うだろ……。


『好きだって言われて無いっていうけど―――態度で示されて無いか?それを無い事にしてると、手痛―いしっぺ返しくらうの経験済みだろ?中学の女子マネの岩崎とかさ』


反論できない。


「……友達に、鴻池が俺に気があるんじゃないかって指摘されたけど―――どうしてもそんな素振りに思えなくて、そうじゃないって思い込んでた……」


ハーッと、スマホの向こうで溜息が聞こえた。


どう考えても、呆れている。


『あれは、そーとー入れ込んでるぞ。今までお前のファンでお前の大事なねーちゃん、攻撃してきた奴なんていなかったろ?もしかして誤解させるくらい親しくしていたのか?』


確かに現時点では……ねーちゃんを除いて、鴻池が一番話す機会のある女子だった。アイツがねーちゃんにアレコレ絡み始めるまでは―――暴力的だなと思ってはいたものの、それほど悪い印象を持っている訳では無かった。何より、部活動には熱心だったし。


「マネやっているから、話す機会はあったよ。でも何か誤解させるほど親しかったわけじゃなかったと思う。アイツも俺に気があるって雰囲気は無かったし ―――だけど、俺の練習の邪魔になるって突然ねーちゃんに突っかかり始めて……それで我慢できなくなって俺、鴻池に『放って置いてくれ』って言ったんだ。そしたら泣き出しちゃって。だからここのところずっと……気まずくなってほとんど口もきいて無かったんだ」


そういえば今日、鴻池は部活を休んでいた。

もしかして―――ねーちゃんに何か言うために、わざわざサボったって言うのか?


『……鴻池はなんでお前がねーちゃんのこと好きだって知ってたんだ?』

「―――俺が言ったから……」


思わず声のトーンが落ちてしまう。


『お前馬鹿か?あ、いやバカだったな、そうだった……お前の事好きなのに惚気(のろけ)られたから―――嫉妬でねーちゃんに突っかかっちゃたんだな、あの女』


鷹村の声音には、呆れが滲んでいた。


「いや、先に鴻池に指摘されて―――ねーちゃん追いかけるの止めろっていうから……俺はねーちゃんと居れるだけで幸せだから、いいんだって言っただけ……」

『はい、はい。もう、わかった。お前の馬鹿さ加減は』


鷹村に一刀両断される。

この感覚非常に懐かしいが、全く嬉しく無い。


『俺の彼女も呆れてたぞ』

「え?……彼女?」

『おもいっきし、デートの邪魔されたよ。衝立越しの修羅場にさぁ』

「彼女できたのか」

『まーな。今度奢れよ、お前の所為でデートが台無しだったよ』


そういう鷹村の口調には、そこはかとない優越感が滲んでいた。


『デート』……う、羨ましい……。


だが、羨ましがってばかりはいられない。

一番気になっている事を確認しなくては。


「あのさ……その……姉貴、なんて答えてた?」


おずおずと切り出す。

鷹村が電話口で、ハハッと笑った。


『こっちの問題だから、ほっとけって言ってた。ま、正論だよな。最初やんわり対応してたけど、流石に相手がしつこいんでちょっとキレてた』

「そ、そっか……」


思わずサァッと血の気が引いた。

ねーちゃんが本気で怒ることなんて―――滅多に無い。


『でも、お前がねーちゃんに気があるって事自体は、鴻池の勘違いだって反論してたな。”姉弟(きょうだい)だから”って。やっぱ、望みないんじゃね?いい加減諦めたら?』


鷹村の口調は軽い。


「……無理……」


『やっぱり、そう言うか。もういい加減ちゃんと告白して振られろよ』


ボソリと呟くと、明るくヒドイことを言われた。


―――振られるの前提?!


「……鷹村の鬼……」


『親切に教えてやった友人に対して、言う台詞じゃねーな。また俺の鬼姉、派遣すっぞ』


「!!……それだけは、勘弁してください……っ」


俺は思わず後退って深く頭を下げた。スマホ越しの見えない相手に対して。

初心うぶな中坊の頃対面した肉食姉の衝撃は、それほど凄まじかったのだ……。




『何にしても、ちゃんとしろよ。鴻池、ねーちゃんにビシッと言われて怯んでたけど、いなくなった後でテーブル、バコンって叩いてたぞ。―――あれは反省してないな、全然』




俺は頭を抱えた。




今日もこれから、2人きりで夕食を食べるのだ。


いったい―――ねーちゃんにどんな顔して会えばいいんだ?!



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