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◆ 優しい男(1) <鴻池>

バスケ部マネージャー 鴻池視点です。

私は女の武器を使う女が嫌いだ。


特に泣き落としする女。自分の都合が悪くなると泣いて、弱い振りをする―――そんな女っぽい女が嫌いだった。だって父親が絆される浮気相手はそんなタイプばかりだったから。


なのに。

森の前で泣いてしまった。


あれ以来ものすごく気拙くて、森に話し掛けられない。

……自分の気持ちに気付いてしまったから。


これまで私はよく森に絡んで小突いたりしていた。

そんな行動の根本に―――構いたくて、触りたくて―――っていう下心が存在していると自覚してしまった。一旦それに気付いてしまうと、以前のように森に接することはできなくなった。


だけど、勿論毎日部活で顔を合わせる訳で。


森が視界に入るたび、心臓がギュッとして切なくなる。

自覚した途端これだから堪らない。自分以外の人間に夢中な男を好きでいるなんて無駄な事だ……母親みたいに男に夢中になってグズグズ泣いて暮らしたくない。

なのに駄目だと思えば思う程―――その理想的なモーションに目が惹き付けられる。キラキラした精悍な顔立ちに釘付けになってしまう瞬間に気が付いて、そんな自分に動揺してしまう。止めたいのに……止められない。


無駄無駄……!

乙女かよっ!

と、自分に喝を入れる。


そうだ、気分転換しよう。


こういう時はルバンガ札幌の試合観戦が良い。ちょうど次の日曜日『きたうーる』のコートで公式戦がある。1人じゃいろいろ考えちゃうから―――誰か誘って行こうか。


高坂こうさか先輩が以前「試合観戦に行きたいね」って軽口で言ってくれたっけ。受験勉強中で忙しいとは思うけど―――息抜きに付き合ってくれないかな?

そうと決まれば善は急げ。私は高坂先輩のIDに連絡を取った。マメな高坂先輩はすぐレスしてくれた。


週末はイケメンと試合観戦……!森のことなんか忘れて楽しもう。


高坂先輩は力強くクレバーなパワーフォワードだった。190センチに届きそうな長身で、程よく筋肉質。長身な人にありがちのバランスの悪さは無く、スタイルが滅茶苦茶良い。部活動では強気な発言で人を引っ張るのが得意なのに、女の子にはすごく優しくて……今は特定の彼女はいないらしい。受験に専念しているからと笑っていた。―――高坂先輩にはそれまで常に彼女が途切れた事は無かったけど―――サイクルがすっごく短かった記憶がある。


部活を引退した後は沢山の女友達と日替わりで帰っているらしい。休日には年上美女と2人で出掛けている所を目撃されたりしている―――とにかくプライベートは女の子に囲まれていた。本当にちゃんと受験勉強しているのかな……?試合観戦もすぐにOKの返事が届いたし。


はっきり言って、普段男友達に囲まれていて女子に自分から積極的に関わろうとしない受け身の森より、高坂先輩は数段モテる。それは中学の頃からずっとだ。野性的で女子が期待する部分に限り強引で、ふとしたところで優しいイケメン。これだけのスペックでモテないワケがない。


しかし高坂先輩は……私にとっては『変な人』だった。

謎が多いというか、本心で何を考えているのか想像が付かないのだ。いつも余裕があって大人な対応をする人だけど……底が一向に見えない―――そんな印象だった。だから他の女子に対するのと同じように軽口で誘っていただいても……これまで真に受けて本気で2人で出掛けようなんて、考えたことも無かった。







日曜日、私は大通にある地下鉄改札前の待合スペースで高坂先輩を待っていた。大きなテレビがあるこの場所は、地下鉄やバス、市電の停車場が集まっていてアクセスが良い。だから地元の人間の定番の待ち合わせ場所になっている。休日ともなるとそこを、様々な人が通り過ぎて行く。


誘った手前早めに来ていたから、きっと高坂先輩はもう少し後に到着するだろう。スマホを見ていた私は、何の気無しに顔を上げ流れる人波を眺めた。


そこで見慣れた長身が視界に入る。


「あ」


思わず凝視してしまう。


森だった。


栗色の柔らかそうな頭は人ごみの中でも1つ飛び抜けていて、目印のように目立つ。私の心臓はドキリと跳ねた。

なんで喜んじゃうんだろう?偶然こんなところで見かけるだけで。


けれどすぐに私の気分は急降下した。

その隣に小柄な黒い頭が見えたからだ。あれはきっと森のお姉さんだ。

休日も2人で一緒にいるなんて。思った以上の親密ぶりにテンションが下がるのを実感する。

これ以上見続けたら、もっと気分が悪くなるだろう。

そう思うのに目が離せない。私は身長差のある不思議なカップルを凝視していた。そして人混みの隙間に2人が飛び出して来た時―――その手と手が繋がれているのが目に映り……愕然とした。




……もしかして手、繋いでいた?




目を凝らして、更に集中する。

やはりそうだ!

あの2人、姉弟なのに恋人みたいに手を繋いでいる。まるで子供みたいに、お姉さんは森に引っ張られていた。


―――変だよ。いくら義理だからって、高校生にもなって姉弟で手を繋ぐなんて!


森の気持ちは何となく想像がついた。

きっと彼は嬉々として手を繋いでいるのだろう。


お姉さんは……?

何を考えているんだろう。


弟の好意を当たり前に受け止めて、手を繋がせているの?―――それとも、変だと思いながらも仕方なくされるがままになっているの?


森の事―――あの人どう思っているんだろう……。


私の強い視線にも関わらず、2人は改札に吸い込まれていった。


同じ家に帰るのかな。

……姉弟だから、当たり前か。





「ひーなちゃん、待った?」


野性的な整った顔が、私を至近距離で覗きこんでいた。


「わっ!」


物思いに耽っていた私は、文字通り飛び上がった。3センチくらい。


「こ、高坂先輩っ!……驚かさないで下さ~い」


腰が抜けそう。

高坂先輩はいつもの素敵なパーフェクトスマイルで、私を優しく見下ろしていた。170センチある私の身長も190センチ近い色男と比べれば、小柄に見えるからちょっと嬉しい。


しかし、吃驚した。心臓に悪いな。


「今日は早めに着いたと思ったのに、段取り魔の雛ちゃんはさすがに早いね」

「とーぜんです!私が誘ったんですから、遅刻できませんよ」


私はアハハ、と笑って言った。


「じゃ、行こうか」


高坂先輩と私は改札を潜って、東豊線のホームへ向かった。待ち合わせ場所から試合会場へ向かう地下鉄のホームまでは、少し東へ歩かなくてはならない。

私達は、並んで歩いた。


「さっき、森を見かけました」

「ん?そう。声かけたの?」


高坂先輩は察しが良い。いつも森を構っていた私が最近、森に話し掛けないのを知っているようだった。だからきっと声を掛けたかどうか聞いたのだ。


「いえ。お姉さんと一緒でしたから―――仲良いですよね。高校生なのに、お休みの日に姉弟でお出かけなんて」

「そうだね」


高坂先輩は、何でもないように言った。

森姉弟もりきょうだいと彼も中学校からの付き合いだが、高坂先輩と森は小学校のミニバス時代から一緒だと聞いたことがある。だから2人の歴史には―――私よりずっと詳しい筈だ。

鎌を掛けているわけでは無いけど……2人の近過ぎる距離について客観的な意見を聞きたかった。


できれば『変だ、異常だ』って言って欲しい。そしたら少しは……すっきりするのに。

だけど高坂先輩はそれ以上その話題に興味が無いようだった。だから私は少し()れて、言葉を重ねた。


「手を繋いで歩いていたから、吃驚しました―――ちょっと、仲好過ぎですよね」


これなら2人の異常な関係が伝わるだろう、と私は思った。


モヤモヤした。


2人に嫉妬した事もそうだけど、自分の探るような遠回しの演技に嫌気がさしたからだ。


なんで、こうなっちゃったんだろう。森の事、好きだって気付かないままだったら―――こんな女っぽい感情、抱かずにすんだのに。


しかし、高坂先輩はやはり何でも無いような口調で返事をした。


「清美、晶ちゃんのこと大好きだからな」


当たり前のように言われて、ザックリと刀で袈裟掛けに切り付けられたようなショックを受ける。


「晶ちゃん優しいから、清美がやりたいようにやらせてあげてるんじゃない?」


返事が出来なかった。


高坂先輩が、森がお姉さんを大好きだっていう事を肯定的に受け取っているのが、痛かった。私は同意して欲しかったんだ。あの2人の関係は変で、責める対象なんだって言って欲しかった。


「あ!私サピコ、チャージしなきゃ。先輩ちょっと待っていてください」


私は話題に返答する代わりに、改札前の自動切符販売機へ走った。







** ** **







大好きなバスケの試合を見ているのに、私の頭はさっき見た光景を頭の中でリピートしてしまい、試合展開に全く集中できない。


2人はごく自然に手を繋いでいた。

でも全然似合ってない。大人が子供の手を引っ張っているみたいだった。


―――私の方が、絶対森に似合っているのに。


そんな小さな声が胸の隅から聞こえて、またモヤモヤした。







試合が終わった後、駅のホームで地下鉄を待っていた。

ホームの女性達の視線を集める野性的なイケメンが、すぐ隣に寄り添うように立っているのに、私の心は全く弾まなかった

会話が途切れたときに、ふと尋ねてみた。


「高坂先輩、森のお姉さんって……彼氏とかいないんですかね?」

「ん?何で?」

「お姉さんに彼氏が出来れば―――森の異常なシスコンも治るかなって」


ふっと、高坂先輩が笑った。


「早く目を覚ましたほうが、良いと思いません?」

「……地下鉄来たぞ」


高坂先輩はニヤリとして話を切った。

アナウンスが響いて、列車が駅に近づいていると告げる。

ふわっと、坑道を押し出された空気が肌を撫でた。


「珍しいな、陰口きくの」

「……!」


グサリと釘をさされて、私は口を噤んだ。




やはり、高坂先輩は何を考えているのか判らない。

柔らかい優しげな笑顔を向けられて、固まってしまう。




―――怖い人だ。そう思った。



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