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◆ 弟は、具合が悪いらしい <晶>

清美の姉 晶視点です。



色素の薄い涼やかな瞳が、私を見下ろしていた。

日本人にしては高い鼻梁、何でもパクリと平らげる形の良い大きな唇。それらを囲い込む精悍な輪郭から、柔らかな癖のある栗色の髪が重力に従って僅かにぱらりと垂れ下がっていた。

真正面で私を見つめるその双眸から、目が離せない。


美しい青年だ。


初めて対峙したかのようにそう思った。

毎日何度も、長い間見ている見慣れた顔の筈なのに。


精悍なその顔が……ゆっくりと近づいて来る。


私はあまりの出来事に、呼吸を止めてその様子を見守っていた。


綺麗な顔が限界まで近づいたとき、不意に彼は体を起こした。

私を包んでいた彼の体から発される熱がすっと遠ざかり、少し肌寒く感じた。




もしかして……キス……しようとしていた?




き、気のせいだよね……?




心の中で言葉にしてみて初めて、私は今何が起こっていたのか自覚できたのだった。

その途端ドキドキと早鐘のように心臓が走り出して、自分の体が勝手に動揺している事に驚いてしまう。


いや、でも……勘違い……だよね。

まさか!!そうだよ……ないないない!


自分の突拍子も無い思い付きを、必死で否定する。


その時夏休み中の合宿の朝の記憶が、パッと海馬かいばから飛び出してきた。

玄関で清美が私にした振る舞いがリピートされて、ますます胸が苦しくなってくる。


あの時と同じだ。


私が動転するような、日常の触れ合いを越えた行動を示してきた。

その時私が感じた動揺とショックが鮮明に思い出され、今まさにドクドクと跳ね上がる心臓に、シンクロする。


まさか。

気のせいだよ。


―――自意識過剰なんだから……そう、自分をたしなめた。







母さんが突然の出張のため予定より早く帰って来た。

何やら早口で捲し立て、準備を手早く済ませアッと言う間に家を飛び出して行った。


残されたのは……いつもの2人。


私と、清美。




「俺……もう寝る」




常に無い昏い声を発する清美。

やっぱり具合が悪いのだろうか?


思えば図書館の帰りから様子がおかしかった。


苦手な王子に話し掛けられ、女子を紹介されそうになったり、意に染まない事を言われたりして機嫌を損ねたのかもしれないと邪推していたのだ。


清美は直情型だ。普通は腹が立ったら黙って呑み込むような事はしない。

なのに、むっつりと黙り込んでいるのは―――王子が私の友達だから?私に気を使って我慢していたのかもしれない、と想像していた。


だけど俯く清美の顔色は悪い。

ついさっき私に寄り掛かって来た清美の体は―――熱いような気がした。


機嫌が悪い訳では無くて―――もしかしてかなり具合が悪いのかもしれない。


「え、と……薬とか呑む?」

「……いい。寝れば治る」


清美は相当辛そうだった。こちらも見ずにぶっきらぼうに言い放つ。

だけど、私はそれ以上追及しなかった。どうしても気になるならば、一度夜中に様子を見に行けばいい。


丈夫な彼が熱を出す事は滅多に無いが、そんな日はいつも夜中にこっそり様子を見に行った。スヤスヤ眠っていればそのままにしておき、辛そうに熱で魘されていたら着替えさせたりタオルや氷嚢を替えて冷やしたり世話を焼いた。


だから、そっとしておいた。


2階の自室へ帰る為、清美はリビングのドアを出て振り返らずに扉を閉めた。







私は―――暫くボンヤリと清美が背中を向けて出て行った扉を見つめてしまう。


頬に触れると、少し熱を持っている。

でも、風邪という訳では無い。


清美に対して恥ずかしい妄想をしてしまった。その余韻で、勝手に顔が赤面していたようだ。


未だに、胸の動悸は少し早いままだ。


義理とはいえ―――幼い頃から一緒に暮らしている弟相手に、勝手に早とちりしてドキドキしているなんて恥ずかし過ぎる……清美には絶対、絶対黙っていよう。


そう心に決めて、私はシャワーを浴びて早めに眠った。




******




トントントン……。


包丁で野菜を刻んで鍋でザッと煮る。そうして味噌汁を作った後、我が家で定番となっている、だし巻きではない砂糖に塩少々を入れた卵焼きを焼いていた。

するとシャワーを浴びてさっぱりしたらしい清美がキッチンに現れた。ふんわりと石鹸の匂いがした。


「おはよう」

「はよ」


清美はいつもと変わらない態度だった。鍋を覗きこんで何気ない調子で尋ねる。


「味噌汁の具、何?」

「大根と人参と、揚げ」

「美味そう!大根の味噌汁好き」


無邪気に喜ぶ、体の大きな少年。私の可愛い弟よ……。

リアクション小4の頃から1ミリも変わらないな。


私は、昨日の妄想はやはり勘違いだったと確信を新たにした。

そう認識した途端に羞恥で耳が火照った。体がホカホカしてしまう。


「あつー」


私は右手でヒラヒラと顔を冷やした。


「大丈夫?やけど?」


清美が心配そうに、膝を屈めた。


「ううん、ちょっと汗かいただけ。清美、こっちはいいから着替えてきたら?」

「ありがと。すぐ戻るよ」


そう言えば。


「ねぇ、体調大丈夫?」


出て行こうとする背に問いかけると、ピタリと足を止め清美は振り向いてニッコリ笑った。


「うん、やっぱり寝たら治った」


その笑顔が何だか寂しそうに見えたのは、きっと私の気のせいに違いない。



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