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2.ねーちゃんは、地学部でお弁当を食べるらしい

ある朝、ねーちゃんが言った。


「今日お昼のお弁当地学部で食べるから……私の教室来ないでね」

「……」


俺はショックで声が出せない。


「えっ……何で?」

「……ちょっと約束したから」


地学部で約束って……まさか、王子と一緒に食べるのか?


「……」

「ごめんね。自分の教室で食べてくれる?」


ねーちゃんは、俺を見上げて手を合わせた。

可愛い仕草にいつもなら胸が高鳴る筈なのに―――逆に痛みを感じてしまう。


「……うん」


本当は食事の相手が王子なのか別の部員なのか、若しくは地学部員全員で打合せなのか詳細に確認したかった。


でも、もし王子と2人きりで食べるって答えられたら……。


怖くて聞けなかった。

俺が頷いたのを目にし、ねーちゃんあからさまにホッとした表情(かお)をした。

それを見て、更に凹んだ。







** ** **







「何でそんなに……暗いの?」


地崎が俺の肩を叩いた。

朝練の後更衣室で着替えていた俺は、我に返った。


「え……?そう見える?」

「うん。だってシャツ脱ぎかけたまま、固まってたから」


わ、着替えの途中だった。


つい考え事をしていたらしい。

意識を取り戻すとムワっと男臭い匂いが鼻についた。練習後の男子更衣室って最悪だ。

朝のHR(ホームルーム)までそれほど時間が残っている訳ではない。俺は地崎の質問への答えを後回しにして、ササッと着替えを終えた。


体育館と教室等を繋ぐ廊下で、地崎が俺を心配気に覗き込んだ。


「大丈夫か?……顔色悪いぞ」

「うん……」

「愚痴くらい聞くけど?」







地崎は階段室のほうへ俺を引っ張って行った。俺は大人しく腕を引かれて歩く。何故か悲しい曲調の『ドナドナ』がバックグラウンドミュージックのように、頭に響いた。


人気(ひとけ)の無い階段に、体の大きな俺達は段違いに腰掛けた。


「……森先輩と何かあったのか?」


地崎は察しが良い。

俺が激しく落ち込むのは、ねーちゃん関連だろうと当たりを付けたらしい。


「最近朝も一緒に登校してるし、お昼ご飯も食べてすっげー仲良くやってたじゃん。お前、ちょっと引くくらい機嫌良かったよね」


お見通しのようだ。

そこまで、ばれていたら隠しても意味が無い。

どうせ昼飯時になれば、分かる事だ。


「……今日一緒にお昼食べれないから、3年の教室に来なくていいって言われたんだ」

「それで?」

「……そんだけ」

「え?……それだけ?」


地崎は口をあんぐり開けて、黙ってしまった。


いやいや……俺が落ち込んでいるのはそれもあるが、それだけでは無い。


俺は首を振った。


「地学部で約束があるっていうんだ」

「……地学部員だしな」


地崎は何が問題だか判らないというように、首を傾げた。


「もし王子と2人きりだったら、と思うとムカムカして……」

「王子?それ、通り名かなんか?……もしかして、森先輩の憧れの『王子様』ってコト?……それとも渾名あだなかなんか?」

「ただの苗字。『王子』っていう苗字の3年がいるんだよ。地学部員で姉貴の友達の」


俺はつい吐き捨てるように言ってしまう。


「部活の打合せじゃないの?単なる友達なんだろ?」


さらりと言う地崎。


「王子の方は多分、そう思って無い」

「……」


地崎は少し考える素振りをして、腕を組んだ。

そしてスマホを出して時間を確かめる。

俺も自分のスマホを確認すると、あと3分程でHRが終わる時間になっていた。

立ち上がり教室に向って歩き出す。

窓が小さいため少し仄暗い階段室に差し込む光の道の中に、埃が舞ってキラキラと輝いていた。


「……そもそも今日その王子先輩?と2人きりでご飯食べるって森先輩言っていたのか?他の部員もいるんじゃない?……確認したの?」

「いや、確認してない」

「え?何で?―――そんなに気にしてるのに?」


思っても見ない事を言われた、というように地崎の声が高くなった。


「……万が一2人きりだって姉貴の口から言われたら、ショックで動けなくなりそうで」

「……」


地崎の沈黙が痛い。


わかってる。

ねーちゃんにサラリと聞いてしまえば良いって事は。だって事実は変わらないんだから、悶々としているより聞いてしまったほうが、絶対いいに決まってる。


鷹村だったら俺が自分に突っ込み入れる前に『このヘタレ!』って即座に貶しただろう。


地崎の優しさが、痛かった。


「確認したら?……そんなに具合悪そうにしてるくらいなら」


そうだよね。

他人が今の俺みたいに鬱々と悩んでいたら、俺だってきっとそう言う。


「うん……」


なんとか答えた俺の顔を見て教室の前で振り返った地崎が、その瞬間痛そうな顔になって、俺の肩を叩いた。


「お前、真っ青だ。無理そうだったら―――俺が聞いてこようか?」


地崎は優しい。

俺が女だったら、恋してしまうかもしれない。

だから俺は、首を振って断った。


「いや―――自分で聞いてくるよ。ありがとう」




こんなカッコイイ奴に、ねーちゃんが惚れちゃったら困る。

―――俺が自分で行くと決意したのは、そんな情けない理由に拠るものだった。




相変わらず、俺はヘタレのままだ……。



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