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◆ 弟と、お弁当を一緒に食べたら <晶>

清美の姉 晶視点です。

地学部の合宿の日。

迎えに来てくれた清美に、ほっぺたを食べられた。

次の日髪を乾かしてくれた後、つむじの匂いを嗅がれて吸い付かれた。


「俺もう、子供じゃないから」―――と、言われた。




清美が何を考えてそんなコトをしたのか判らない。


私が清美を子供扱いした事が、気に入らなかったの?

だから、私を驚かそうとしたのだろうか?

齧り付いたり(歯はたてられていないけど)頭を吸い付いたりするのは―――度が過ぎていないか?幼児の喧嘩じゃあるまいし。


『シスコン』だ、『シスコン』だって口では言っているけれど……今まで彼は私にベタベタ触って甘えて来た事は無い。

初めて出会ったのは清美が小4のとき。

その時彼はもう、立派な『男の子』だった。

―――自分に悪意のある行いをする女子に手加減できるくらい。


それとも清美は、もう『子供じゃないから』私が慌てふためくような悪戯をできるようになったとでも言いたいのだろうか?


男子というか、人自体にあまり免疫の無い私。


一方清美はいつも沢山の人に囲まれていて、誰とでもすぐに打ち解けられる。

今では苦手だった女子とも、仲良く話できるようになった。


高校生ともなると……男女でも普通に冗談としてああいったじゃれ合いをするのが普通なのだろうか?……わからない。

今日常的に付き合っている地学部員のメンバーは、比較的地味な性質の人間ばかりなので、清美が属するような華々しい目立つ生徒達の人間関係はピンと来ない。


普通の距離感はどういうものなのか―――という事が全く想像できなかった。




そういえば練習試合の時、清美が『自分に気があるらしい』と言っていたマネージャーはかなりペタペタと頭や体に触れていた。清美はそのの 事を何とも思っていないと言っていたけど―――何とも思っていない相手であの距離感であるならば、仲の良い友人だったらどれほど密着(!)したり、触ったりするのだろう。


薄々感じてはいたが―――体育会系と文科系では、ボディーランゲージが根本から違うのではないだろうか。


そういえば高坂君も……面識はあったけど大して口を聞いた事も無いのに呼び止めるとき私の腕を掴んだっけ。もう1人の……名前忘れたけど五月蠅うるさかったあの人も、やたら肩や頭に触って来たし……。


バスケ部の部員って皆そうなのかな……?親しく無い相手でも触る事に躊躇しないのだろうか?そういえば、彼等は試合や練習で他人の体に触れる機会が多い。


清美もあんな感じで、女の子に触ったりするのかな?


だから私を揶揄うつもりで、あんな事をしたの?


いつまで経っても成長しない私と、すっかり成長して大きく育った清美。

2年間関わらない間に、体だけで無く人付き合いの仕方も随分遠くなってしまったのだろうか……清美にとっては……ああいう距離感って特別な事では無いのかな……?







その日部活から帰って来た清美は、前日の事も朝の悪戯の事も―――忘れた様に普通に私に接して来た。特にその事を気にする素振りも無く、話にも出さない。


やっぱり今の清美にとっては、何でも無い事だったのかな……?

ああいう事に慣れていない私は―――天地がひっくり返る位驚いたのに。


そう。今思い出しても―――胸がドキドキして落ち着かなくなってくる。

清美が何を考えているのかサッパリ判らないけれども―――。


彼がすっかり、私よりも何歩も先を歩くようになってしまったのだと言う事は分かった。

沢山の本を読み何万と言う活字を追っても―――コミュニケーションと言う社会勉強を怠っている私と、日々バスケで他人と関わり言葉を交わし経験値を積み上げて来た清美とでは―――社交性という能力には雲泥の差があるのだと。






清美が何でも無いように振る舞うのなら―――私も努力して忘れよう。

私だけ拘ってぎこちない態度を取っていては……いけない気がした。

きっと、深い位意味は無いのだろう。

「無いのだ」と、清美が態度で示している気がした。


そう思いやっと平静な気持ちを取り戻した夏休みの終わり頃、清美から新たな提案を受けた。


「早朝も図書室解放しているんだって、だから朝一緒に学校行こうよ」


合宿の帰り道、中学生のとき私と距離を取っていたのを後悔している―――と言っていた。気持ちを吐露して吹っ切れたのか、清美は昔を取り戻すように積極的になった。

自称『ブラコン』の私にとっては、弟の甘えは素直に嬉しい。

だから、私は二つ返事で彼の提案に乗った。


それから更に、お昼ご飯を一緒に食べるようになった。

黙々とお弁当を平らげすぐにバスケ部の練習に走って行くので、私の生活リズムには特に影響は無い―――本来、影響は無いハズなのだが……。


早朝の登校と違ってこちらはかなり目立ってしまう。

今まで独りでご飯を食べていた地味で目立たないクラスメイトのもとに、栗色の髪の長身のイケメンが通ってくるのだ。しかもお互い話もせずに黙々と弁当を平らげ「行ってきます」とだけ言って、イケメンは去っていく。


傍から見たら「どんな関係だ」と、詮索したくなる気持ちは解らないでもない。

このクラスに私達の関係を知る者はいなかったから。


休み時間は本を読んで過ごし時折地学部の部室へ消える地味な女子生徒の存在を、全く気にも留めていなかった人達が、ざわめいているのが分かった。


暫くして他のクラスから情報を仕入れて来たのか、私達が兄妹である事が一気にクラス内に広まった。今まで決して話し掛けて来なかったタイプの女子生徒から、声を掛けられたりする事が多くなった。勿論その人達は私に興味があるのではない。清美の情報を手に入れたかっただけのようだ。


何故か「家に遊びに来たい」という人もいて引いた……。


友人も呼んだ事が無いのに、大して付き合いの無い人を家にあげる気持ちにはなれない。


……頑なだろうか?

第一、受験勉強はどうしたのだ。


そう遠回しに言うと、もう一浪するつもりだから良いのだ、とその子は言うのだ。

いや、貴女あなたは良いのかもしれないが私は現役合格を目指している。だから親しく無い人の為に消費する時間は無いのですよ―――という事は口には出さなかったので……断るのにかなりの労力を要した。


『人見知り』人種にとって新たな人間関係というものは―――大変な疲労を伴う仕事だ。そのような消耗に使うエネルギーはどう転んでも、これ以上捻出できそうも無かった。







日曜日、清美は私の図書館通いに付いてくる。

まあ日曜日は良い。

学校みたいに絡まれて、自分の時間や気力を削られる事も無いし。


苦しゅうない、いくらでも私に付いて来るが良い。


なんちゃって。


清美はそんなに私といたいのか……と、上から目線で姉として内心ニヤニヤ自惚れていた。しかしスーパーでオニギリを買った時に偶然顔を合わせた王子に、清美が言い放った一言で、目が覚めた。




「ナンパけです」




って、なんじゃそりゃ。


心配で付いて来たっていうのか……完全に子供扱いだよね。

姉の威厳は―――もう、無いんだろうな……。


ここ最近の清美の行動や台詞で何となく感じている。

もう、姉として頼りにされる事は無いかもしれない。妹のように心配はされても。




しかし『ナンパ』って。




完全に姉贔屓の欲目だよね。弟が心配するほど、姉はモテませんから。







最近私は―――眠りが浅い。

原因は分っている。……対人ストレスだ。

清美と一緒に過ごす事で学校で注目を受けるようになった。清美にとっては人の視線を集めるのは―――日常茶飯事の事なのだろうけど、私にとってはかなり大きな精神的負担になっている。


だからとにかく―――お昼ご飯を一緒に食べるのは、もう止めにしたい。


どうしたら、良いのだろう?

少しの時間でも一緒にいたいって思ってくれる弟の気持ちは嬉しい。

だから「もう来ないで」っていう……一言が言えない。


「私の平穏を乱したくないから懐いてこないで」なんて。


私って我儘だなあ。

ますます自分が『大人』から遠ざかって行くのを感じる。

清美にとってはこんな事、何でも無い事なのだろうな……。


「……うーん……」


私は、布団の中でゴロゴロ転がりながら唸った。

答えが出ない。そして眠れなくて辛い。




行き詰った私は悩んだ末……地学部の仲間に相談する事に決めて―――目を瞑った。


悩んでも答えなんかでないって事にやっと気付いたのだ。


気付いた途端、スッと瞼が落ちる。

久し振りに―――その日は夢も見ないで眠った。



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