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1.ねーちゃんと、お弁当を一緒に食べたい

新章になります。本編最終章です。

地学部の合宿を最後に、ねーちゃんは部活を引退して受験勉強に専念する事になった。今回は予備校に通わず独学で勉強をするようだ。高校受験で通っていた私塾は大学受験まではカバーできないらしい。


ねーちゃんの勉強スタイルは朝型で、午前5時に起きて勉強を始める。

俺も同じ時間に目を覚ましてストレッチとランニングのため、玄関を出る。

それから2人で朝食を一緒に食べる。


バスケ部の朝練のため俺はいつも朝早く家を出る。

夏休み前までは独り寂しく家を出ていたのだが―――今はねーちゃんと一緒に登校している。どうしても一緒に居る時間が欲しくて、俺が頼んだのだ。

俺達の高校では図書室を朝早くから開放している。俺はその情報を掴んでねーちゃんを説得し、見事一緒に登校する同意を得る事に成功した。学校に着くと朝練の為俺は体育館へ、ねーちゃんは自習の為に図書室に向う。


お昼休みはいつも速攻でお弁当を平らげ、体育館へ練習に向かう。

その短い時間を俺はねーちゃんの席で過ごすようになった。

といっても俺が勝手にねーちゃんの教室に押し掛け、彼女の前の席の椅子を借りて向かい合って机に弁当を広げるだけだ。

無言で弁当を掻き込んでから、ねーちゃんに「行ってきます」と言って体育館へダッシュする。3年の教室の方が体育館に近くてラッキーだった。時間のロス無く行動できる。


バスケ部は今年目標としていたインターハイ出場に手が届かず、現在は新人戦を目指してレギュラー争いをしている所だ。高坂先輩を含め数人の3年生は部活動を引退した後も、息抜きとして昼休みの練習の手伝いに来てくれる。


高坂先輩はねーちゃんの隣のクラスなので、俺が教室を出た所でよく鉢合わせする。

そのうち噂で事情を知ったようだ。


「お昼ご飯、晶ちゃんと一緒に食べてるんだって?」


頷くと少し微笑んで「ふーん」と言った。だけどそれ以上、何も聞かれなかった。


察しの良い高坂先輩には、俺の気持ちがばれているような気がする。

ただ非常にモテる人なので、他人の恋愛事情にあまり踏み込んで来ない傾向があった。おそらく自分の事にも踏み込んで貰いたくないからだと―――俺は想像している。

特定の彼女がいるように見えないが一緒に帰る女子はしょっちゅう替わっているし、休日に年上の女性や他校の女子と歩いているのを目撃されている。


昼練の輪に入りながら、俺は教室のねーちゃんに想いを馳せる。

ねーちゃんはお弁当を平らげた俺が去った後、参考書を拡げて勉強を始めるのだろう。

もっと一緒に居たいけど―――勉強の邪魔はしたくないから長居しないくらいでちょうど良いハズ。

鬱陶しいと思われたくない。

もう既に、思われているのかもしれないけれど。







** ** **







俺の一歩踏み込んだ行動にねーちゃんは怯んでしまった。

彼女の警戒心を解かせる為に、俺は辛抱強く地道な努力を重ねなければならなかった。


あの地学部合宿の夜にやった姉弟を越えた行動を、俺は全く悔いてはいない。

だけどその日からぎこちなく距離を取ろうとするねーちゃんを見て、暫く衝動に任せた行動は封印する事にした。


まるで何も無かったかのように振舞い、敢えて彼女のぎこちなさに気付かないように行動した。

夏休み後半は、きちんと距離を取ってしつこく無い楽しい会話をするに留めた。すると徐々に、彼女の態度に現れていた俺に対するぎこちなさも消えていった。




そして夏休みが開ける頃、俺は行動を開始した。

一緒に登校できるようにねーちゃんを説得し、それからちょっとセコイかもしれないが、夕練前のオニギリをこっそりねーちゃんの鞄に忍ばせてお昼休みに3年の教室取りに行った。

ねーちゃんは何故オニギリが入っていたか記憶に無い為しきりに首を捻っていたが、俺が「間違って放り込んだんじゃない?」と言うと思ったよりアッサリ納得してしまった。

普段から自分がおおざっぱな事を認識しているから、うっかりしたのだと勘違いしたようだった。


案の定ねーちゃんは独りでお弁当を食べていた。机をくっつけてグループでお弁当を食べるなんて行動とは無縁らしい。相変わらず『ぼっち』―――それが俺には大変好都合だった。

「俺もいつも独りで食べているから寂しかったんだ。3年の教室って、体育館に近いね」とか何とかわざとらしく呟きながら、その日からねーちゃんの教室に通ってお弁当を広げるようになった。




ねーちゃん、非常にチョロいです。

本当に―――男に騙されないか心配。


……もう既に俺に騙されているけど。




この年で一緒に弁当を食べる相手がいないからと言って寂しがる男子がいるだろうか。

ねーちゃんは少し違和感を覚えたようだが、特に突っ込む事もせず俺を拒絶しなかった。


きっとねーちゃんは……合宿の夜と翌日の俺の行動を、単なるシスコン過ぎる弟のオフザケとして処理したのだろう。特にそれを責める事無く、俺がじりじり距離を詰めるのを受け入れ始めていた。




まったく、彼女は俺に甘すぎる。




ねーちゃんは自らを『ブラコン』自認している。

だから勿論、俺は家族として愛されていると言う自覚はある。

けれどもこんな時、他の男にもこんな風に警戒心を持たないまま行動しているのではないかと心配になってくる。何せ度重なるナンパを、ナンパと自覚しないまま今まで生きて来たのだから。彼女の他人とのコミュニケーション不足は―――俺にとっては嬉しい事なのだが―――異性の思惑に対する判断力の鈍さは、その副作用なのかもしれない。







** ** **







ねーちゃんは土日に中央図書館へ行く。自習室で勉強するためだ。

土曜日はバスケ部の部活一色の生活だが、日曜日は休息日と設定されている為俺はねーちゃんの後に付いて図書館へ向かう。

重い荷物を奪って市電の座席に並んで腰かける。絶妙な込み具合でピッタリとくっついて座れたから―――かなり楽しい。


電車を降り車道の中心にある停車場から横断歩道を渡る時……堪えきれずねーちゃんの手を取った。

その手がピクリと反応して緊張が伝わって来たので―――横断歩道を渡り終えた後、サラッと放した。


こうしたちょっとした触れ合いには、徐々に慣れて貰いたいと思う。だから、しつこく握り続けたりしない。




2年間のブランクを経て―――やっと隣にいる事が不自然じゃ無くなった。

家の中や学校外で俺が寄り添う事に、漸くねーちゃんは違和感を感じなくなったようだ。だからこれからは―――学校の中で傍にいる事や、俺が彼女に触れる事に徐々に慣れて行って欲しいと思う。




読書室の隣の席を確保して、本棚から漁って来た昔の漫画やバスケ雑誌を読む。

ねーちゃんは既に自分の世界に入り込んで、数式を解いている。

雑誌を手にしつつ―――その横顔に存分に眺め、堪能する。




あー可愛い。

なんでこんなに可愛いんだろう。




ねーちゃんが言う通り、世間一般の常識から言うと彼女は地味かもしれない。


化粧っ気も無く、一度も染めていない腰まである長い黒髪は、やや風変りで古風に映るだろう。誰彼かまわずニコニコする事が無いから、表情も硬めで愛想が無いと言われても不思議はない。

それに高校生になってから、ねーちゃんは大きな黒縁眼鏡を掛けるようになった。中学校では授業中だけ掛けていたらしいが、思う所があって普段も掛け続ける事に決めたらしい。

するとすっかり美しい大きな瞳が目立たなくなって、以前より無遠慮に男の視線を集めてしまう事は少なくなったようだ。


それでもなお俺にとって―――彼女の何もかもがドストライクだと言う事に変わりは無い。


サラサラの―――天使の輪がキラキラ輝く真っ黒な髪も。

長ーい睫毛に縁取られた黒目がちな大きな瞳も。

インドア暮らしの賜物の、ソバカスひとつ浮かない真っ白な肌も。

無表情だって言われるけど―――長い付き合いの俺にとっては彼女の些細な表情の変化から感情の動きを読み取る事は造作も無い事だ。

「あ、今ニンマリしてるな」とか「ちょっとムッとしたな」とか「吃驚して固まっちゃってるな」とか―――裏表の無いねーちゃんの感情は手に取るように分かる。







するすると数式を解いていた手が止まって、シャーペンのお尻でコメカミを押さえる。

悩んでいるのか小首を傾げる様子に、俺は内心盛り上がった。

ドキドキして目が離せない。


あまり無遠慮にジロジロ見過ぎた所為か、さしものねーちゃんも俺の視線に気付いて顔を上げた。


「何……?どしたの?」


キョトンと上背の違いの所為で、やや上目使いになる視線に撃ち抜かれる。


「え……と……お腹空いたな~と思って」


咄嗟に口から出まかせを放ったが、スマホを確認するとちょうどお昼だ。

良かった―――この台詞、不自然じゃない。


「そうだね。じゃ、もう少ししたら隣のトーコーストアで食べ物買って来ようか」

「そうしよう。じゃ俺、本返して来る」

「うん」


借りていた本を本棚に戻した後、2人で図書館の隣のスーパーに向かった。

図書館のカフェも利用するけど、最近はあらかたメニューを食べ尽くしたのでオニギリや弁当を求めてこちらを利用する機会が多くなった。


「ねーちゃん、梅?」

「うん。あと、チーズおかか。清美は?」

「俺はツナマヨと鮭と……ザンギ。あと、サンドイッチも食べたい」

「飲み物は?」

「ヨーグルト飲みたい」


カゴを持ってスーパーを一緒にうろうろしていると、俺はあらぬ妄想に旅立ってしまいそうになる。


新婚さんみたいだな~~グフフ……。


「大丈夫?」


ねーちゃんが、かなり下の位置から心配そうに見上げている。


「何か目がうつろだよ?具合悪い?」


はっ、意識が体を離れてしまっていた。俺はプルプルと(かぶり)を振った。


「大丈夫、大丈夫。絶好調だよ」


ワハハ……と笑って見せると、少し不審そうな視線を向けながらもねーちゃんは頷いた。


まさか『新婚さん』気分で妄想に浸っていたなんて、言えるわけがない。




レジを通って2人で袋に食べ物を詰めていると、後ろから声が掛かった。


「森、こんな所で何してんの?」


振り向くと、王子の野郎……もとい『王子先輩』だった。

驚いた表情(かお)で、俺達を見ている。名前のとおり王子様みたいな中性的なキラキラフェイスだ。


「図書館で勉強してるんだ」


ねーちゃんが答えると、王子(やっぱり先輩とは言いたくない。呼び捨てでいいや)は俺をちらりと見た。


「受験勉強?……弟君も?」


勿論俺は返事などしない。

……代わりにねーちゃんが答える。


「うん。自宅でばかりやってると煮詰まっちゃうから、気分転換。清美は……なんでだっけ?暇潰し?」


そういえば、特に理由は言っていない。

何せ単に一緒にいたいだけだから。


……しかし今、重大な使命をひとつ思い出した。




「ナンパけです」




そう、お前みたいな奴を寄せ付けないように―――俺はここにいるんだ。

そんな意味を込めて挑戦的に視線を跳ね返した。

しかし表面上は穏やかに笑顔を作って見せる。大変面白くないが、ねーちゃんの数少ない友達を無下むげにして、不用意に彼女の感情を害したくない。


「ナンパって……何度も言うけど、ナンパされたりしないから。清美の考え過ぎだって」

「そう言う警戒心の無さが問題なんだって」


俺が呟く抗議は、彼女に軽くスルーされる。

ねーちゃんは、王子に視線を戻した。


「そういえば、王子は何でここに?」

「俺んち、この近く」

「じゃ、Y中?」

「うん、そう。今度遊びに来て」


ニッコリと笑う王子の笑顔が黒い気がする。

とんでもない。行かせるもんか。


「そうだねー、受験終わったら皆で打ち上げでもする?」

「……」


王子は更にニッコリする。

しかし―――肩すかしをくらってガッカリしている雰囲気が、俺にはありありと伝わった。


王子の誘いもスル―された。

『皆と』だって。わはは。


俺は堪え切れずにんまりした。

ちらりと王子の視線がそんな俺の顔に走ったのは、気の所為だろうか。


「うん、おいでよ。大歓迎。姉貴も森に会いたがってるし」


めげずにニコリと爽やかに笑う王子。


「わあ。私も久し振りにお姉さんに会いたいな!打ち上げ、是非やろう」


ねーちゃんも微かにニコリとする。


え?……ねーちゃん、王子の姉さんとも知合いなの?

王子と家族ぐるみで付き合いがあるのか?

……どういう事だ?




「ねーちゃん、腹減った」




俺は憮然として、ねーちゃんの袖を引っ張った。


子供かっ!


……って、咄嗟に自分突っ込みしちゃうけど。

しょうがない。これ以上、王子と仲良く話すのを傍観しているのは辛い。

俺の我儘な声掛けに、ねーちゃんはハッとして店内の時計に目を走らせた。


「あ、そうだね。結構時間経っちゃった。じゃ王子、勉強頑張ろうね」

「うん。……ねえ森って、いつも日曜日、図書館来てるの?」

「そうだね。最近は休みの日は図書館ばっかりかな?」

「ふーん……じゃ、お互い頑張ろう。また学校で」

「うん、バイバイ」


王子くらい親しいねーちゃんの友人を、男子でも女子でも俺は見た事が無い。

空白の2年間に、彼は思った以上に彼女の空間に食い込んでいたようだ。

いろいろ根掘り葉掘り聞きたい事が心に浮かんだが、俺は一旦それを仕舞い込んだ。

ゆっくり機会を見て尋ねよう。ねーちゃんの勉強の邪魔はしたくない。


というか、邪魔をして嫌われたくない。




とりあえず。

受験後の王子の家の打ち上げを阻止するか、それが駄目なら保護者として付いて行くという事は決意した。




王子―――あいつは俺にとって、排除すべき目の上のタンコブだ。



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