◆ 弟の合格発表 <晶>
清美の姉 晶視点です。
クゥ~ンと鼻を鳴らす犬のように神妙にしているから、苦笑して許すしかない。
どっちにしろ怒ってはいない。
ただ―――恥ずかしかっただけだ。
絆されたのは決して目の前に鎮座した『苺大福』の所為では無い。
そう、決して。
……決して甘い物で懐柔された訳では無い……。
** ** **
最近清美の行動は、行き過ぎているように思う。
姉である私を、子供扱いする事甚だしいのだ。
彼と別行動で出掛けると「何処に行ったか、誰と居たか」と根掘り葉掘り聞きたがる。
ちょっと道を聞かれたら、ナンパだと騒いで機嫌を悪くする。
「ねーちゃんは、危機意識が足りない。考え方が幼すぎる」と、とにかく口煩い。
髪が跳ねていると言って直してくれる。自分でやると主張しても「ねーちゃんは雑だからダメ」と言って、ドライヤーを取り上げられる。
一緒に歩いていて段差や階段があると、荷物のように抱え上げられる。
それから脱ぎ捨てた服を文句言いながら片付けてくれるし、私が丸く掃除した部屋の隅の埃を掃除機のノズルを替えて、綺麗に取り除いてくれて―――あ、これは前からか。
とにかく体格が良くなって見た目が大人のようになってしまったものだから―――サイズにほぼ変化の無い小柄な、見た目も童顔で特に大人っぽく成長していない私の事を上から目線で注意する。
それが偶に的確な場合があって、余計腹立たしい。
「ねーちゃんは頭良いくせに、常識が無い」
って一刀両断されて、言い返せない時がある。
かなり本気で、悔しい。
あーあ。
可愛い不器用な少年だった、清美は何処に行ってしまったのだろう。
今日だって、そうだ。
合格発表に付いて来て欲しいって、甘えてくれて。
やっぱり清美も不安なんだな。頼ってくれるんだって嬉しかった。
なのに。
抱っこされてブンブン振り回され、高い高いの状態で持ち上げられたまま。
周りの好奇の視線に晒されて恥ずかしい事この上ない。
幾ら手を突っ張っても足をジタバタ動かしてもビクともせず、自分の抗議の声を無視されて。
恥ずかしさに泣きたくって情けなくって涙声になったら、やっと下ろしてくれた。
姉として言った言葉は無視されて。
泣きそうになったら、渋々言う事を聞くなんて。
私の矜持はズタボロだった。
「はい、下ろしたよ」
って、まるで兄が妹に言うように優しい声音で言われて。
口惜しくて涙が滲んだ。
その時これまでチクチクと苛ついていた様々な事が思い出されて、思い切り睨んでしまった。
同時にもっと余裕で優しく対応したいのに、自分が扱われる通りの幼い存在になったようで、モヤモヤと鬱屈が溜まってしまう。
ところがそんな葛藤を知ってか知らずか、我が弟は―――
ニヤニヤ嗤っていた。
「子供扱いして、私で遊ぶのは止めて……」
「子供扱いしてない」
「じゃあ、なんでそんな楽しそうにニヤニヤしているのっ」
そう言うと、清美はキョトンと首を傾げた。
どうやら自分でも気付いていなかったらしい。私が口惜しがっているこの状況を面白がっていた事さえ。
思わず。
「もう!私帰るっ、清美のバーカ!デリカシー無し男!」
と、叫んでしまった……。
―――おい。
どこが『子供扱い』されたくないだ。
その捨て台詞、十分子供だろう。
私は家に帰ってベットに飛び込んだ後、盛大に落ち込んだ。
これじゃあ荷物のように抱え上げられても、文句言う資格も無い。
** ** **
なのに清美は私の態度に怒りもせず、向こうから頭を下げて来た。
私が大好きな『苺大福』を携えて。
「本当にあり得ないくらい嬉し過ぎて―――合格できたのって、全部ねーちゃんのお蔭だし。だから感極まって抱き着いちゃって―――周りの事全然目に入って無かった。ねーちゃんに恥ずかしい思いさせて―――本当に、ごめん!!」
いや。
私の方こそ。
勝手に清美に置いて行かれたような気分になって……自分が優位に立てないからって拗ねて爆発してしまった。
合格発表での度を越えたはしゃぎ様はむしろ子供の頃の清美に戻ったような行動だったのに。
ただ清美の体が成長し過ぎてしまって、私が抵抗できなかっただけで。
……清美はそれを悪気があってした訳では無くて。
「私もごめんね。清美が頑張って合格した事、一緒に喜びたかったのに……怒って置いて帰っちゃって……大人気無かったよ」
「いや、あれは俺が……」
「ううん。私勝手に成長した清美に敵わないからって、落ち込んでいたんだ。それで余計に苛ついちゃって。完全に八つ当たりだった。本当にごめん」
「ねーちゃん……」
「……許してくれる?」
テーブルに下げた頭を少し持ち上げてこちらを見る子犬のような目を、やや不安な気持ちで覗き込んだ。清美は大きく頷いてくれた。
「もちろんだよ」
心なしか清美の顔が赤い。
照れているのだろう。
私だって正直に腹を割って話した今、恥ずかしくってユデダコになってしまった。
「さ。もう、忘れよ。清美の買ってきてくれた苺大福、食べたいな」
「―――そうだね、食べよう!」
お互い、ニッコリ笑って仲直りした。
大福が大きな口にあんぐりと呑み込まれていく。
モグモグごっくんとアッと言う間に口を空にした清美が言った。
「今日から春休みだけど、ねーちゃん一緒にどっか行かない?」
「え?清美、出掛ける時間あるの?」
「そりゃ、入学式まで暇だもの」
私は首を傾げた。
どうやら連絡が届いてないらしい。
「高坂君が言っていたよ。『すぐ練習始まるから。休ませないから』って」
「……えっ」
清美が、お代わりしようと豆大福に手を伸ばしたまま……固まった。
このパターン、前も見た気がする。
清美が中学に入学する前に、たまたまカラオケボックスで一緒になった高坂君から伝言を預かった経験があった。
「明後日から練習だって言っていたけど……聞いてないみたいだね」
「え……じゃ、じゃあ……ねーちゃん、明日は?……明日どっか行こう!動物園とか……」
「ごめん、地学部で集まる約束しちゃってる。今まで清美の受験、優先してたから断れなくて」
「そ、そうなんだ。うん、わかった……でもこれから同じ学校だから、一緒に帰ったり寄り道したり……できるよね」
清美がかなり落ち込んでいる。
そんなに、私と何処かに行きたかったのか。
ぶれないシスコン振りに主導権を握れたような気がして、なんだか安心してしまう。
しかし、私は知っている。
高坂君が、平日も土日も清美を扱こうと―――いや、可愛がろうと―――手薬煉引いて待っている事を。
ごめんね、清美。
そろそろ私も、自分の部活動に専念します。
高校最後の年。今では地学部にオタク仲間もできて、中学校時代と違って私は学校生活を謳歌しているのだよ。
清美の事は大切だけど。
ねーちゃんも、いろいろ忙しいの。
受験勉強もあるしね。
あ、でも趣味の清美の試合観戦は、隙を見て続けるつもりです。
目立たない容姿を利用して、こっそりね。
頑張れ、清美!
ねーちゃんは、影ながら応援しているからね!!




