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4.夏休みにねーちゃんと(2)

俺達は駅ビル内のデパート『ASTA』に移動した。最近ここにファストファッションのコニクロがオープンしたので、まず覗いてみようと考えたのだ。

本当はもっと高級な店でも良いのだが、敷居の高い店だとねーちゃんが面倒臭がって入店を拒否するかもしれないので敢えて選択から除外した。


「先に本屋、ちょっと寄ってみない?」

「却下。本屋に寄ったら『ちょっと』じゃ、済まないだろ」


俺にねーちゃんの手綱を任せたかーちゃんの判断は正しかったようだ。彼女が本屋を『ちょっと』覗くとなると、最低2時間はうろうろするだろう。そして結局服を買う時間も金も無くなるに違いない。


「今日は服買いに来たんだから。ほら、行くよ」


ねーちゃんを引っ張ってレディスのコーナーまで連れて行く。


「じゃあ、これ」


大量にワンピースが掛かったハンガーのひとつを手に取って、彼女は無造作に俺の前に差し出した。


「ちゃんと選ぼうよ。コレ全然ねーちゃんに似合わないでしょ。サイズも合ってるか確かめてないし―――これ『L』じゃん!『L』なんて絶対合うはずないだろ。ちゃんと試着して」

「めんどくさい」


もー!

俺は、少しイラッとした。何でこんなに無頓着なんだ。


「ちょっと、サイズ見せて」


ワンピースのタグを確認する為に俺は彼女の背後に回った。長い黒髪に手を入れて横に掻き分けると、対照的な真っ白なうなじが覗き思わずギクリと手が止まる。

動かなくなった俺に気が付いて、ねーちゃんが「髪、持った方がいい?」と言いながら自ら艶々とした黒髪を纏めて右肩に流した。


うわ。


クラっと眩暈を覚えた。

先程とは比べものにならないほど大きく晒された白い陶磁器のようなそれに、心臓がバクンと大きく跳ねたからだ。

しかし自分から言い出した手前、逃げ出す訳にも行かない。必死で平静を装い俺はワンピースの後ろのタグを確認した。ちょうど今日彼女が来ていたワンピースも、コニクロの物だったから選びやすい。


「確認できた?髪戻していい?」

「うん」


俺はそっぽを向いて、息を吐き出す。

すると少し気持ちが落ち着いてきたので、サイズの合ったワンピースの中から似合いそうなものを選び出し、ねーちゃんの体にかざして3着ほどを厳選した。


「はい、これ。試着して」

「え、こんなに」

「3着くらいで文句言わない!」


俺は彼女の背を押して、試着室へ連行した。


「ちゃんと、1着ずつカーテン開けて俺に見せてね。俺に見せないで勝手に脱いじゃ駄目だよ」


念のため厳命すると、ねーちゃんは諦めたように頷いた。

そして1着目を着たねーちゃんが、カーテンを開けた。


「……」


俺は、思わず無言になってしまった。


どうしよう。すっごく可愛い。


紺色のハイウエストのワンピースは、背中に大きめのリボンを結ぶ造りになっている。まるで等身大の人形みたいだ。

声を出せないでいる俺の目を、ねーちゃんは心配そうに上目使いで覗き込んだ。


ちょっと、それヤメテ……!


耳が熱くなるのを感じた。俺の顔は真っ赤に変色しているかもしれない。


「……そんなに、変?」

「え!」

「なんか、妙な表情(かお)して、黙り込んでるから」

「え、ちがっ……かわ…その……」


恥ずかしくて『可愛い』の一言が出てこない。

暫くモゴモゴしてから、俺は本心を口にするのを諦めて肩を落とした。


「その、変じゃない……よ」

「そう?良かった」


結局、他の2着はサイズが微妙に合わなくて断念した。ねーちゃんは小柄なので、スカートの丈が中途半端に長すぎたり、あまり存在感を発揮しない胸の辺りが余ってしまったりと……なかなかピッタリとした服を見つけるのは難しかった。

他にカットソーやスカートも試したかったのだが、面倒臭がりの彼女はコーディネイトが苦手で、外出着はスポンと被れば良いだけのワンピースだけと決めているらしい。


我慢して試着したご褒美に、彼女の大好きな甘い物屋さんでの休憩を提案すると、ねーちゃんは一も二も無く頷いた。

ASTAと連絡通路で繋がっているショッピングセンターのレストラン街を物色していると、ピタリとあるショーケースの前で彼女の歩みが止まる。そこには色とりどりのフルーツタルトやケーキが並べられていた。テイクアウトも出来るようだが、併設されているカフェで食べる事も可能らしい。


「ここにする?」

「うん!」


普段マイペースで無表情がちな彼女の体温が、少し上昇しているのが見て取れる。素直な返事に思わず噴き出した。

本当に―――ねーちゃんのご機嫌を取るには、甘い物を与えるに限る。




ねーちゃんは苺とカスタードのタルトとミルクティのセット。俺はレアチーズケーキとカフェオレをオーダーした。

注文を取るお姉さんの睫毛がバッサバサに密生している様子が気になって、ついオーダー中彼女の睫毛ばかり凝視してしまった。普段天然物のねーちゃんの見事な睫毛を見慣れているからか、その人工的な装飾に目を丸くしてしまう。


なんだろう……睫毛のアデランスみないなものかな……それに黒い染料みたいな物もこってりと塗られている。瞼にも黒々とした線が引いてあったのだが、それが何の為に必要なのか理解できなかった。舞台役者みたいだな……もしかして、こういう人の心理を利用して、注目を集める為の演出なのだろうか。


そんな下らない事を考えていると、オーダー担当の女性が去った後でねーちゃんがコッソリと声を潜めて囁いた。


「清美があんまりジロジロ見るから、さっきの女の人真っ赤になってたよ」

「え?……だって、すごい不思議な睫毛だったから……」

「えっと……『お化粧』でしょ?」

「あれ『化粧』?何の為にしてるの?」

「え?えっと……うーん……何の為かな。多分……そう!きっと目を大きく見せる為だよ」


ねーちゃんは、普段化粧をしないので少し自信なさげに答える。


「そうなんだ……」


仮装みたいなものかと、思っていた。

ハロウィンみたいなイベントがあるのかなぁ……と。


「清美みたいに見目の整った男の子がじっと見つめたら、彼女に誤解されちゃうかもよ?」


『見目の整った男の子』と言われて心臓がドキリと跳ねるのを感じた。


きゅ、急に変なコト言うなぁ。


「『誤解』って?」

「気があるのかなって、思われちゃうよってこと」

「まさか」


俺は水をゴクリと飲んだ。

全く、ねーちゃんは何を言い出すんだ。


「『彼女』に悪いよ」

「ぐほっ」


思っても見ない台詞に俺は盛大に噴き出した。水が気管に入ったようでゲホゲホと何度か咽てしまう。


「だ、大丈夫?」


さすがにねーちゃんも慌てて、さっき道端で貰ったポケットティッシュを俺に差し出した。俺は有り難くいただいて口を拭く。


「か、彼女?!誰の?」

「へ?清美の彼女……」

「だ、誰のこと?彼女なんていないよ」


ねーちゃんは、首を傾げた。


「え、だって……」

「どうして、俺に彼女がいるなんて思ったの?」


俺は少し声のトーンを落として、尋ねた。自分の彼女がどうとか大声で話しているこの状況も恥ずかし過ぎる!でも、全くの誤解だ。彼女なんかいないし、そもそも部活が忙しくて女の子と付き合ったりなんて時間は無い。それに女ボスに苛められて嫌な想いを味わって以来―――正直俺はねーちゃん以外の女子は苦手なんだ。







** ** **







あのねーちゃんに助けられた一件の後、きっぱりと女ボスを跳ねつけるようになって、だんだん俺への苛めは収束していった。

身長が伸びるにつれ揶揄からかいの言葉を掛けられる事も少なくなり―――気付いたら周りの女子が掌を返したように、凄く優しくなっていた。


女ボスと関わりの無い子ならまだしも、女ボスの後を付いて一緒に俺を嗤ってた女子の態度まで変わってしまったので―――正直、気味が悪かった。

それに小6のバレンタインには、何故か女ボスからチョコレートを貰ってしまった。

受け取りたくなかったけどいつの間にかリュックに入っていたから―――まさかゴミ箱に捨てる訳にもいかず、仕方なく持ち帰った。甘い物好きのねーちゃんならきっと喜ぶだろうから。


しかしその一件は俺の女子への不信感を一層強くさせるのに、十分な出来事だった。


一体何を考えてそんな事をしたんだ?

もう向こうから話しかけてくる事も、勿論こちらから関わる事も一切無い。なのに彼女は何を企んでそんな行動を起こしたのだろうか……?







** ** **







中学校に入ってから、徐々に女子に対する苦手意識は減りつつある。


中学校の女子は当り前だが小学校の女子より大人だ。

例えば駒沢先輩率いるバスケ部の女子はさっぱりした奴が多くて話し掛けられても嫌な気分にはならない。話題も好きなバスケの事だから苦にならない。

真面目で誰にでも公平な委員長は『女子』と意識しないで話せるし、今のクラスのリーダー的存在の女子は誰にでも率直に口をきく分け隔ての無い性格で気持ちが良い奴だ。

だから『女子は苦手』と偏った考えをしていた俺も、徐々に冷静な目で周囲を見れるようになって来た。


でも集団でヒソヒソ悪口言っている連中は、やっぱり苦手だ。その悪口の対象が自分じゃなくても、嫌な気持ちになる。

そういう女子に近寄られたり話し掛けられたりすると、その手を払いのけたくなる衝動に駆られる。

けれどそんな時はとーちゃんの戒めと、ねーちゃんの褒め言葉を思い出す。だからあからさまな拒絶は避け、不自然にならない程度にそっと体を避けたり、用事を思い出した振りをしてその場を離れるだけに留めている。

……本当は面倒臭いな~と思うけど、やっぱりねーちゃんが『紳士』と誇れるような、そんな弟でいたいから。




正直中学校に入ってから、告白されたり連絡先を渡されたりってコトは何度かあった。でもまだ誰かと付き合いたいって気にはならない。それに皆、俺の事あんまり知らないでしょ?なんでそれですぐ『好き』と思えるんだろうって、不思議に思う。


ちょっと前まで「女みたい」って、女子に苛められてたんだよ?

特に会話が面白いとも思えないし、女子に自分から積極的に関わりもしない。……やっぱ、見た目が外人ぽくって珍しいからかな?それとも、身長が伸びたから……?

小学校の頃も告白されるようになったのは、背が伸びてからだった。女子って『高身長』が好きなのかな?よく、わからん。

―――でも誰も。きっとねーちゃん以上に俺の事を理解して、好きでいてくれる人はいないと思う。少なくともこれまで告白して来た子の中にはいないと断言できる。だって皆、ほとんど口をきいた事も無い子ばかりだった。




しかし、解せない。

なんでそんな俺に彼女がいるなんて、ねーちゃんが誤解しているんだろう。


「うん?だってそう聞いたから」

「何、ソレ」


俺は仰天して目を見開いた。


え、そんなに噂になってるの?

火の気の全く無い所に―――本当に煙が立っちゃっているのか?


「誰が、なんて言ってるの?そもそも俺、誰と付き合ってる事になってるの?」

「バスケ部の1年のマネージャーさんでしょ?たまに用事でバスケ部行くと、いつも親切に清美の事呼んでくれるニコニコした可愛い子。『お姉さん』って呼んでくれるから、てっきり噂は本当なんだなって納得してたんだけど」

「え?それって―――どんな子?」


バスケ部のマネージャーで1年生と言えば、岩崎と田中の2人だけだ。


「髪の毛このぐらいの―――」


と言ってねーちゃんは顎の辺りに手を置いた。岩崎だ。田中は長い髪をいつも一本縛りにしているから。


「照れなくてもいいのに」


隠さなくていいのよ~というようにニッコリ笑うねーちゃんに、俺はムカムカして語気を強くした。


「だから、違うって!その子には告白されたことも無いし」

「え?違ったの?じゃあ、他の()?」

「彼女なんていないって言ってるでしょ!」


俺の話、ちゃんと聞いてる?

苛々して俺は、呑気な無表情のねーちゃんを睨みつけた。


しかし一体、何処どこのどいつが―――そんな根も葉もない噂をねーちゃんに吹き込んだんだ?!


「一体誰がそんな事言ったのさ」

「えーと……あ、あの子。小学校の時、清美にチョコレートくれた……」


その時「お待たせしました~」と声が掛かった。

店員さんの前で言い争うのは拙い。一旦不穏な追求を止めて、俺は黙って飲み物とケーキがセッティングされるのを眺めた。


「ごゆっくり、おくつろぎください」と言われて顔を上げると、先ほどの睫毛の彼女がにっこりと俺に笑い掛けた。へらっと思わず笑い返したけれどもねーちゃんの先ほどの指摘が心に引っ掛かってちょっと笑顔が強張ってしまったかもしれない。


彼女が去った後、俺は身を乗り出した。


「で、誰が言ったのさ」

「ちょっと待って!そんな事より―――先ず目の前の大事な事から手を着けようよ」


ねーちゃんは掌を俺に向けて、真剣な表情で俺を制した。

そして―――苺カスタードタルトの攻略に取り掛かったのだ。




『そんなこと』って……。




タルトに負けた俺は……肩を落としてカフェオレに口を付けた。



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