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◆ 私は、人見知り <晶>

清美の姉 晶視点です。

それはあと少しで夏休みに突入という時期だった。

ほとんど口をきいた事の無いお洒落な女子に「夏休みに遊ぼー」と、連絡先を聞かれた。何故声を掛けられたか判らなかったが、クラスの女子で私を誘ってくれたのはその子が初めてだったので、少し嬉しかった。「カラオケ行こう」と彼女は笑顔で言っていたけど、社交辞令だろうなって思っていた。だから実際誘われた時は驚いた。私はカラオケボックスと言うモノに入った事さえ、無かったから。


夏休みに入って直ぐに、彼女から待合せ場所と日時についてメールが届いた。

指定された日はちょうどミニバスの合宿日に当たっていて、清美は翌日の夕方まで帰って来ない。両親はいつも仕事で忙しく帰りは深夜に近かったので、清美の存在にすっかり慣れた私としては少し寂しく感じてしまう。そんなに遅くまでいる気はないが一度『カラオケ』を経験してみても良いだろう……と決心して『参加します』と返信した。


『きゃ~~!☆ ウレシイ(*^▽^*)/ 楽しみにしてるね!!(>▽<)☆☆』


と、なんとも親し気な色トリドリのキラキラしたメールが僅か10秒後に返ってきたので、ぎょっとした。

ちなみに私のメールは白黒で要件のみ。返信猶予は1~3日が、許容範囲だ。

なんだかその時少し違和感を覚えたのだけれど、とにかく一度『出席』と伝えてしまったので反故ほごにするわけにもいかない。勇気を出して行ってみる事にした。


が。


行ってみて、更に違和感が強くなった。


女子数人のこじんまりとした集まりだと勝手に思い込んでいた。しかし実際は結構な人数の集まりであり、しかも半数が男子だった。皆1年生と言う事だが違うクラスの人が多い。完全に『アウェイ』。今まで何度か集まっているメンバーが大半らしく、皆顔見知りのようだ。

私の隣に座ったのは大塚君という人だった。見た事の無い背の高い人だ。

お洒落女子佐々木さんは、これまた背の高い高坂君の横に座って楽しそうに肩を叩いていた。どうやら高坂君も初参加らしい。同じバスケ部の大塚君に誘われたようだ。


高坂君には見覚えがあった。同小では無いが清美や唐沢君と同じミニバスチームに所属していた。清美は天使のように可愛いかったが、一方高坂君は少し野性味のある美形イケメンで、当時は清美よりモテていた。あ、今もモテているのかな?クラスが違うからよく知らないけど。

ミニバスの試合に彼のファンらしい女子が観戦に来ていたのを思い出す。ぼんやり想い出をたぐっていると、カラオケ初心者の私に大塚君が入力パッドの操作方法を教えてくれた。


「大塚君、やっさしー。森さん、付き合っちゃえば?」

「えぇ~?何言ってんだよ」

「……」


突然、佐々木さんの良く通る声が響いた。

大塚君はニヤニヤ否定する。

……私は無言。


今日初めて会った人と、何故『付き合う』とかいう話になるのだろうか?話の展開に付いて行けず、何と返して良いか判らなかった。


自分が誰か異性と付き合うなどというような事を、今まで考えたことが無かった。それに近い話を口に出したことも無い。ましてやほとんど会話を交わした事の無い佐々木さんに対して、そのような話題を提供した記憶も無い。

だから「これは佐々木さんの希望なんだな」と了解する。

『人は自分が望む物を他人も望んでいると錯覚するものだ』と何かの本に書いてあった。なるほど、佐々木さんは『彼氏が欲しい』のか。


「……森さん、清美元気?」


会話の流れの頭越しに、高坂君が私に話し掛けてきた。何故か佐々木さんがギョッとして話を止め、彼を振り返る。

高坂君はミニバスの試合を応援に行っていた私を、憶えていたらしい。


「うん、元気だよ。今日、合宿に行ってる」

「あぁ、今年も夕張?」

「そう」

「懐かしーな」


佐々木さんと大塚君はポカンとしている。私達が知り合いだとは露とも思って無かったらしい。

うん、一見全く接点無さそうだもんね。

高坂君は背が高くて運動系が得意そうな体格。容姿も格好良くノリも良さそう―――つまりクラスの中心に常にいるようなタイプ。一方私は……運動は勿論不得意分野。図書館や書店以外出歩かない読書好き。常にクラスの端っこで静かにしている―――つまり地味女子。それに出身の小学校も違うしね。


「ね、ねぇ……高坂君、DUMP OF CHICKEN歌える?」

「……森さん、何歌う?」


佐々木さんと大塚君が、私達の話題をまるで遮るようなタイミングでそれぞれ話掛けて来たのでハッとする。二人の会話への乱入は不自然なものだった。


……もしかしてこういう場で身内の話題ばかりしてはまずかったのだろうか、と思い到る。カラオケに来たら歌に集中するのがマナーなのだろう、きっとそうだ。2人はマナー違反を諌めたのでは?―――と私は察した。きっとこの集まりに初参加の高坂君も、知らなかったに違いない。


高坂君とこれ以上清美やバスケの話をするのは止めよう。

そうだ、後で清美に高坂君と会った事を伝えておけば良い―――何かあれば2人で直接話すだろうし。


そして遅まきながら私は入力パッドに目を移す。

歌かぁ……私が歌えるのって、教科書に載っている童謡と学習発表会で練習した合唱曲しかない。他に歌える曲……あっあれは歌える!実の父親が好きだったって言うイギリス出身のシンガーソングライター。母さんも好きだし、今の父さんも好きで移動中の車でよく掛けているからすぐ覚えてしまった。


横文字のその曲を選択しマイクを持ったら場がシンっと静まってしまった。


「おおっ、それ好き」と反応したのは、高坂君だけだった。彼も古い洋楽が好きなようだ。何だかホッとして嬉しくなる。喜んでくれた高坂君にニッコリすると、彼もニッコリ笑顔を返してくれた。一方隣の佐々木さんは、無表情だ。やっぱり私は……空気を読めてないかもしれない。全員が知っているイマドキの歌を歌えないと場を盛り下げる事になるらしい……ちょっと、いやかなり自分にがっかりして「もう二度とカラオケに参加すまい」と心に誓った。


「二次会には参加しない」そう伝えると、佐々木さんは私の顔も見ずに「ふーん」と言った。どうやら私は『遊び仲間』としては不合格と見なされたようだ。場を盛り下げ過ぎたみたい。カラオケのマナーも判っていなかったし。

……ちょっと切り捨てられたようで寂しい気持ちがしたけど、何だかホッとしてしまった。




……と言う事で帰りがてら本屋に寄りましょう!


気を取り直してフェイドアウトしようとした時、唐突に誰かに手首を掴まれた。


「……帰るの?」


高坂君だった。


「あ、うん……」

「そう、残念」


ちょっと、吃驚した。

家族以外の誰かに触れられる、と言う行為に慣れていない。

だけど彼は返事を聞くとすぐ私の手首を離してくれた。ホッ。どうやら清美への伝言があったらしい。


「清美に中学生になったら『春休みから練習来い』って言っといて。きっと時期になったら唐沢からも連絡行くと思うけど。待ってるからっつっといて」

「えーと……バスケ部?」


気の早い話だ。清美はまだ5年生なのだから。


「そ。……『ちょっとも休ませねーから』って伝えて」


ハハハ……と笑う高坂君は、意外とパワハラ気質らしい。


「……強制?」

「そ、強制」


笑顔が爽やかだから、言っている台詞とのギャップが凄いな。

『体育会系、コワい』とちょっと思ったが、曖昧に笑って誤魔化した。


「高坂君!次行くよ~」


佐々木さんがニッコリと笑って、彼の腕を引いた。彼女に手を引かれ二次会チームに合流しながら高坂君が手を振ったので、私も振り返した。

話した事は無かったけれど、共通の知り合いがいるからか何となく親しいような錯覚を覚えてしまう。単に高坂君の社交スキルがとんでも無く高い、というだけかもしれないけれど。

彼は絶対に『人見知り』なんかしないだろうな……と私は羨ましくも納得した。

けれどもそのお蔭でカラオケボックス内に充満する『アウェイ感』が少し減って助かった。心の中で高坂君にお礼を言って、きびすを返したのだった。




地下鉄に乗る前にシュンク堂に寄って行こう。

本屋を思う存分パトロールしなくては。そうすればクサクサした気分もすぐに吹き飛ぶ筈―――とウキウキしながら歩いていると、後ろから肩を叩かれた。


「森さん、もう帰るの?送るよ?」


大塚君だった。

意外に思う。常連っぽい雰囲気だから、当然二次会出席だと思っていた。


「えっと……いいです、いいです。寄る場所があるので」


無意識に敬語になってしまった。


「じゃあ、スタバ寄ってかない?……森さん、悩みあるなら聞くよ?カラオケでもちょっと暗かったし」


『暗かった』……?


え?普通だったけど。


確かに慣れない場所で緊張していたし、自分が如何にこの場にそぐわないかって思い知って凹んだけれども。

それだって本屋に寄れば直ぐに回復する程度の憂いだ。


もしかして私の見た目が地味だから、そう見えるのか……?

『お菊人形』とか『暗い』ってよく囁かれている自覚はある。聞きたくない台詞ばかり耳が拾うって―――何だかお年寄りにそういう人いるよね。私、もうご隠居さんレベル?


まあ家庭内以外で『明るい』って言われた記憶はほとんど無い。内弁慶だし人見知りだから初対面の人とどう話して良いか判らなかった。それにカラオケで歌う曲を思い付けずに考え込んでいたから、そう見えたのかな?


悩みなど今は全く無い。

むしろ、狭いカラオケボックスを脱出して本屋をうろつける!という解放感で、心が弾んでいるぐらいだった。


「いや、いいよ。特に悩み無いし。これから用事あるから」


と断わったのだが。大塚君は私が彼に遠慮していると思ったらしく「遠慮しないで」とか「俺は味方だ」と、妙に食い下がって来た。


本屋に一刻も早く行きたい活字中毒の私は、あまりのシツコサにちょっとうんざりして最後の方はつっけんどんになってしまった。言葉の冷たさに漸く本気で断っていると気付いてくれた大塚君が、サッと表情を凍らせて去って行った。去り際に「せっかく親切で声かけたのに」「無理して呼ぶんじゃなかった」と私には意味の判らない独り言をぶつぶつ呟いて去って行った。




「大きい男子って怖いな」とその時初めて思った。

大塚君に感じた嫌悪感は、どちらかと言うと『怖い』と言うより『気味が悪い』と言う印象が強いかもしれない。

清美や小学校の同級生だった唐沢君、親し気な雰囲気の高坂君のように、今まで面識のある背の高い男子に対して感じた事のない威圧感が、大塚君の態度にはあった。


彼はこちらの言う事に耳を傾けてくれなかった。

自分の都合や考えにしか興味が無いように、思えた。

体格の良い人にそういう態度で近寄られると、本能的な恐怖を感じてしまう。


他人が怖い。

それは今まで味わった事の無い種類の感覚だった。







その後佐々木さんからのお誘いは当然のように無かった。私はきっと遊び相手としての彼女のお眼鏡に適わなかったのだろう。―――と私はそう解釈していた。しかし佐々木さんの気持ちは……少し、いや大分違ったようだ。

夏休みが終わって学校が再開すると、佐々木さんとその友達に何故か冷たくあしらわれるようになった。


例えば―――朝挨拶した時。

目線をチラリと合わせてから返事をせず、そっぽを向いて突然大声で友達同士で話し出す。

それから聞こえるか聞こえないかというギリギリの音量で私の名前が囁かれる。振り向くと彼女達は明後日の方向を見て「ほんと女子と話さないくせに、男子とばかり話して……ねぇ!」「男好きなんじゃない?」クスクス……と言った、芝居染みた台詞回しを目の当たりにさせられる。


そんな事が、毎日少しずつ降り積もって。

何だか無性に、疲れてしまった。


……私は人に悪意をぶつけられて平気な人間ではない。

「気にしないのが一番」と思って聞き流してはいたのだけれど―――正直悩んだし、嫌な夢を見て夜中に目を覚ます夜が続いた。原因不明の頭痛と眩暈で、学校を早退したこともある。




そんな時は―――清美に限る。

清美とテレビでお笑いを見て笑ったり、冗談を言い合ったりしていると……すっと気が紛れた。短気なくせに怒りの長続きしない彼を見てると、悩んでる自分が馬鹿らしく思えて来るから、不思議だ。


清美は何があろうと好きなコトに集中してる。お笑いで笑ったりバスケの為に走ったり、ストレッチしたり、美味しいご飯を夢中になって食べたり。怒って笑ってぐっすり眠ると―――翌朝にはケロっとしている。


私も悩んでる暇があったら、本を1冊読むか、お笑い番組を1つ見よう。好きな事をしよう―――そんな風に切り替えられたのは、ひとえに、本能に忠実な清美のお蔭だった。




人脈と影響力のある佐々木さんの根回しで、元々孤立していた私はクラスでますます遠巻きにされるようになってしまった。

夏休み前までは、構われる事は無かったけど悪意を受ける事も無かった。だから少し寂しく感じたとしても、気持ちは平穏だった。

けれども当て擦りや嫌味を言われ、冷たい態度を見せつけるように取られると―――打たれ弱い私は憂鬱になってしまう。


でも嘆くのは止めにした。

孤立して更に空いた時間を、好きなコトに充てる事にした。


発想の転換である。


すると徐々に自分自身の気持ちも凪いで来て、平常心を取り戻すことが出来るようになった。


嫌味が聞こえない場所―――例えば図書館に休み時間は逃げ込んだ。冷たい態度を目にしないように、つい夢中になってしまうような冒険小説を選んで集中した。

私は弱い。―――だから壊れる前に逃げよう。まず自分を守る、それからだ。




そうして『慌てず、騒がず』を心掛けてなるべく楽しく日々を過ごすうち―――噂を聞いた他クラスの同小出身の子が心配して声を掛けてくれた。その子は部活に集中していて忙しい筈なのに。

バスケ部の弓香ちゃんが「私が言ってやるか!?」と男気溢れる台詞を放ってくれた時、恋愛感情と言うのは相変わらずピンと来ないけれど、アイドルや芸能人に憧れる人の気持ちは理解できたと思う。彼女が高坂君並みに女子に人気らしい……という噂はきっと事実なのだろう。


その頃には私の意識は『諦念・達観』の域にシフトしていたので、気持ちだけ有り難くいただいて、そっとして貰うようお願いした。


でも心配してくれる人がいるって良いもんだ。

分かってくれる人がいるってだけで、すっごく気持ちが楽になった。


『独りぼっち』でも―――自分が自分を分かってさえいれば誤解されても平気、家に帰れば可愛い弟の清美が癒してくれるし―――って前向きに考えようとしていたけれど。


やっぱり問題の起きているその学校ばしょで、誰かが自分を分かってくれているという安心感は、何ものにも替えがたい。


人間ってやっぱり『社会的な動物なのだな』そう思った。




信頼できる人間関係は大事にしよう。

そして、弓香ちゃんみたいに。

私もいつか信頼できる誰かを元気づけられるカッコイイ人になりたい。







大塚君は暫く学校でも、よく解らない同情(?)で話し掛けて来たけれど、見当違いの事ばかり言うので私は返事をするのが億劫になって彼を避けるようになった。どうしても逃げ切れず話さなきゃならない時は、素っ気ない態度になってしまう。その内大塚君は佐々木さんに倣って、聞こえよがしの当て擦りを言うようになった。


私の言い分に耳を貸さない大塚君は、いつかこういう手段に出るのではないかと何となく予想していた。佐々木さんの悪意に晒されて、鈍い私も学習したのだ。

しかし割り切っていても悪意に晒されると―――やっぱり消耗する。


佐々木さんはどうやら高坂君が好きだったらしい。

高坂君と私が、自分の判らない清美やバスケの話をしていた事や共通の古い洋楽に詳しかった事が―――彼女にはかなり面白く無かったようだ。


と言うのは後に弓香ちゃんから聞いた話。


『バスケ部のイケメンエース』に対して―――佐々木さんが揶揄するトコロの地味な『お菊人形』が媚びていた、そして自分のお気に入りを横取りしようとした―――と噂をばら撒いていたようだ。『男好き』とも言っていたらしい。

どうやら高坂君に幾らアプローチをしても相手にされず、佐々木さんはヤキモキしていたらしい。


『男好き』って失礼だな。


男女関係なく『人見知り』なのに。


そう、私は『ブラコン』なだけだ。

高坂君は弟の知り合いだから、話せたのだ。




―――もう、いいや。諦めた。『人見知り』は、無理に克服しない。


だって私には見抜けない。これから新しく出会う人が、男にせよ女にせよ私に対して何を求めて接して来るのかなんて。相手の思い通りに私が行動しないからと言って八つ当たりされたり陰口言われるのは嫌だ。それで体調まで悪くしちゃうなんて、間違っている。




清美はいいな。

強いし、綺麗。

その肌と髪の色のように、軽やかで明るい。


私は……周囲のドロドロにすぐ影響されて、身動きが取れなくなってしまう。

人の悪意を受けると―――自分の中に暗いヘドロのような物が溜まって、辛くなってしまう。佐々木さんの言うとおり、これじゃ呪いの『お菊人形』そのものかも。




そんな訳で中学生になった私にとって―――

清美を愛でたり、清美とおしゃべりとする事が一番の癒しで、ストレス解消法となったのだった。




あ。『ブラコン』が悪化している……!




気付いた時にはもう、遅い。



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