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戦国おとぎ語り  作者: 独楽
序 蒼眼の月
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其の捌


「――さま、――止水さま」

「……ふえ? ……ありゃ? ……わたしの……お団子――わたしのお団子は!?」

「なにをおっしゃっているのですか、止水さま」


 小比奈の声に、わたしは目覚めます。

 お団子はどこかにいってしまいました。


「……小比奈? ……なんでわたしのお布団に入っているのですか?」

「止水さま、それどころではありません」

「いや、わたしもそれどころではなかったのですけれどね? 小比奈のせいでお団子食べ損ねたじゃないですか」

「止水さま、それどころではありません」

「わたしにとっては一大事なのです。……それよりなんでわたしのお布団に……しかも、わたしに覆いかぶさるようにして入っているのですか?」

「止水さまの身を案じて、この小比奈、ここに参上つかまつった次第でありますっ!」


 小比奈は得意気に言い切りました。


「そうですか。それはとてもありがたいことです。しかし、お布団に入り込む理由にはなりませんよね?」

「そんなことより止水さま、大変です。曲者です。この道場に何者かが忍び込みました。知らない足音です。恐らくは忍び、それも相当な手練と思われます」

「あらま、それは大変ですね。千代女さまになんとかして貰いましょう。千代女さまのことですから、すでに気がついていることでしょうし……小比奈は千代女さまの加勢に、わたしはお団子を食べに眠ります」

「心得ました――って止水さま!? そんなのんきな! 起きてください! 止水さま、止水さまっ!」


 寝起きの人間を、そうゆさゆさと揺さぶらないで欲しいものです。

 しかも小比奈もお布団に入って上下に揺さぶるものだから、なおいっそう揺れること揺れること。

 ……これ端から見たら結構危ない図になっているのでは?

 わたしはお布団から小比奈をぽいっと追い出し、頭までお布団をかぶると、ミノムシみたいにくるまりました。


「止水さま! 起きてくださいってば!」


 けれども小比奈は諦めることなく、ミノムシになったわたしを揺さぶり続けます。

 ああ、揺れる揺れる。

 なぜ寝起き早々こんな仕打ちを受けなければいけないのでしょうか……。

 思考を巡らせますが、思い当たる節はありません。わたしとしては、曲者なんてどうでもいいから寝かせて欲しい、というのが本音なのですけれど……。

 しかし、この道場に忍び込むとは、どこの誰だか知りませんが、なんとも哀れな。

 まず思いつくのは峠道で助けたあの男ですか。やはり、どこかの忍びだったのでしょう。おおかた捕えられた仲間を助けにきたか、または……始末をしにきたか。


「――むっ、そこかッ!!」


 小比奈の張り声とともに抜刀音。

 何かを切った音が聞こえ――その直後、わたしの体に衝撃が走ります。


「ぎゃん!」


 なにか重たいものが、わたしを押しつぶしました。


「止水さまッ! ああ、なんということ! ――こんにゃろめ! 討ち捨ててくれる!」


 ひゅおっという風切り音の後、またも衝撃。

 食べてもいないお団子が口から飛び出そうになります。


「痛いっ! もう、一体なんですかっ!?」


 わたしは慌てて飛び起きます。

 すると、部屋の隅に全身を黒い忍び装束に身を包んだ――いかにも忍びといった風貌の男が、忍刀を逆手に構えて立っていました。


「……えっ?」


 状況を理解するのに一秒ほど硬直。

 脳から全身へと危険信号が駆け巡り、血の気とともに眠気が消え失せます。


「……ひっ、ひゃわわああぁぁぁっ!」


 情けない叫び声をあげ、わたしは小比奈の背後へと逃げ込みました。

 小比奈は持った小太刀を立て、正眼に構えます。

 天井は四角に切られてぽっかりと穴が空き、お布団の辺りには落ちた天井が散らばっていました。障子戸からほのかな月明かりが部屋を照らし、冷気と緊張の張りつめた空気に身を縮めます。


「よくも……よくも、この小比奈の止水さまを足蹴に……ッ! ゆ、許さんぞ貴様ぁッ!!」

「小比奈。わたしの許可なくこの部屋を血に染めることは許しませんよ」 


 わたしの言葉に、小比奈は力強く頷きます。

 口ぶりから激昂の体でしたが、やはり小比奈です。敵を前に冷静さを失うような真似はしません。


「あなた、何者です。名乗りなさい」


 わたしは小比奈の影に隠れつつ、先ほど醜態を晒したとは思えないほど堂々と訊きます。

 男の足は内股に、腰を落とし重心はあくまで前へ。握刀は逆に、その切っ先は揺れることなくぴたりと停止しています。いかなる武術しかり、型というものが存在しますが……この男の構え――それが攻めの型なのか、防御の型なのか――次の転化を読ませない、小比奈の構えとは相反した不可解な型。

 それがどれほど脅威であるかは、言うまでもありません。

 男はその攻防予測させない忍び特有の構えのまま、重々しく答えます。


「……かような女子に気取られるとは……不覚。俺の名は≪伊賀鎌瀬家精鋭十人衆≫が一人、鎌瀬鎌之助。手負いの仲間を手当してくれたこと、感謝する。だが、これ以上この地に残す訳にはいかず。返して貰う」

「伊賀……かませ、かまのすけ……」


 訊かれたままそれを名乗る忍びというのも、それはどうかとは思いますが……伊賀といえば記憶に新しいものがあります。

 旅の道中、それは九月の終り頃――わたしは織田軍のひたすらに長い行列を見ました。

 それが伊賀侵攻へ向けられた、五万の大軍だと知ったのは後のことになりますが、それにより攻め入られた伊賀国は、滅びはしないものの、その被害は甚大で……結果、人命保護を条件に和睦を呑み、柏原城を開けたと聞きます。

 その戦で功を上げた滝川雄利という大名がその地を与えられ、守護として置かれているみたいですが……。わたしも政ごとに詳しいほうではないので、知っていることはこの程度です。

 それはともかくさておき、今は目の前の敵に注視すべきことは明白でしょう。

 伊賀の生き残り。

 精鋭伊賀忍者、鎌瀬鎌之助。


「……なんだか冗談みたいな名前ですね」


 まるで物語のはじめのほうに出てくる、主人公の強さを見せるためのやられ役みたいな……。



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