表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国おとぎ語り  作者: 独楽
序 蒼眼の月
6/48

其の伍


 二年ぶりの我が家。

 村もそうでしたが、道場も相変わらずの一言でした。

 変わっているものといえば、庭に植えられた桜の木に爛漫と咲いていた花びらが今は散り、代わりに雪の華を咲かせていることくらいでしょうか。

 そういえば、見ない顔も増えたように思います。

 また千代女さまらが戦孤児を拾ってきたのでしょう。

 それには道場が賑やかになり、仲間が増える喜びもあります。ですが、裏を返せばそれだけ世に悲しみが絶えないということに他ならず。

 明るく振舞う道場の巫女たち。

 その一人一人が、思い返すことさえ躊躇するほどの凄惨な過去と、決して消えない傷をその心に負っているのです。


 ぎしぎしと鳴る廊下を歩いていると、ついついと袖をひかれました。


「おや?」


 振り返ると、少女がいました。

 ちっこいじゃりんこです。

 その子はなぜか眉間にしわを寄せ、じとっとした目でわたしをにらんでいます。


「あら、初めまして――ですよね? あなたのお名前は?」


 わたしはしゃがみ、少女に目線を合わせ語りかけます。


「……おねーたん、しすいさま?」


 舌ったらずで、可愛らしい声。


「はい、そうですよ。あなたのお名前は?」

「……ほんとにしすいさま?」


 少女はいぶかしんだ様子で、再度確認を求めてきます。

 なにを疑うことがあるのでしょうか?

 それを気に留めない風に、わたしは返します。


「本当に止水ですよ。あなたのお名前はなんていうのかなー?」

「ほんとにほんっとに、しすいさま?」

「…………」


 三度目。

 わたしの質問は無視で、またしても。

 こういう一方的な会話って疲れます。


「しつこいですね。本当にわたしが止水ですってば」


 年下を相手に、ずいぶんと不機嫌を含んだ言い方をしてしまいました。

 しかし少女は、


「わあ!」


 裏表のない満面の笑み。

 眩しい、その素直さが眩しい。

 少女はやっと信じてくれたのか、干し柿みたいにしかめていた顔が、採りたての柿のようにぱあっと明るくなります。


「やっぱりしすいさまだったー!」


 ぐぅ、可愛。


「はうぅっ……なんでしょうかこの可愛らしい生き物は……。部屋に持って帰って抱き枕にしたい……」

「んなっ!」


 小比奈が大げさな動作とともに、大声をあげて狼狽えます。


「止水さま! その大役は是非ともこの小比奈めに!」


 無視しました。

 小比奈は、なんというか……わなわなしていますが、わたしはそれを努めて気にしないよう続けます。


「それはそうと、そろそろお名前を教えてくださいな」

「えっとね、ぼくのなまえはね、む……」

「……む?」

「めい!」


 小比奈につられてか、少女も大きめの声。


「……むめい? 名無しのごんべえちゃんですか?」

「ちがう、めい!」

「あららこれは失礼。めいちゃんでしたか」


 めいちゃんは、こくこく、とうなずきます。

 そしてわたしの着物の袖に手を掛け、


「ね、しすいおねーたん! あそぼ!」


 ぐいぐいっと引っ張られました。


「んと……そうしたいのは山々なのですが……止水お姉ちゃんは、千代女さまのところにいかなくてはいけないのですよ。それが終わってからでよければ」


 不意に、千代女さまへの報告を後にして、めいちゃんと遊びたい衝動にかられました。

 しかし、そこはぐっと我慢。

 そんなことをしたら後が怖すぎる。

 わたしの心情を知ってか知らずか、


「んー、うん! わかった!」


 そう聞き分けよく返事をし、


「しすいおねーたん! ぜったいだからねー!」


 と、手を振りながら、どこかへいってしまいました。

 わたしも手を振り、それを見送ります。


「……あんな可愛らしい子が、道場にいたんですねえ……。帰ってきた甲斐も少しはあったかも」

「ぬぬう……」

「ん? どうかしました、小比奈」

「……強敵が、現れました。小比奈はいま、彼奴きゃつを打ち破る策を思案中です」

「…………」


 なにを言っているんだか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ