其の伍
二年ぶりの我が家。
村もそうでしたが、道場も相変わらずの一言でした。
変わっているものといえば、庭に植えられた桜の木に爛漫と咲いていた花びらが今は散り、代わりに雪の華を咲かせていることくらいでしょうか。
そういえば、見ない顔も増えたように思います。
また千代女さまらが戦孤児を拾ってきたのでしょう。
それには道場が賑やかになり、仲間が増える喜びもあります。ですが、裏を返せばそれだけ世に悲しみが絶えないということに他ならず。
明るく振舞う道場の巫女たち。
その一人一人が、思い返すことさえ躊躇するほどの凄惨な過去と、決して消えない傷をその心に負っているのです。
ぎしぎしと鳴る廊下を歩いていると、ついついと袖をひかれました。
「おや?」
振り返ると、少女がいました。
ちっこいじゃりんこです。
その子はなぜか眉間にしわを寄せ、じとっとした目でわたしをにらんでいます。
「あら、初めまして――ですよね? あなたのお名前は?」
わたしはしゃがみ、少女に目線を合わせ語りかけます。
「……おねーたん、しすいさま?」
舌ったらずで、可愛らしい声。
「はい、そうですよ。あなたのお名前は?」
「……ほんとにしすいさま?」
少女はいぶかしんだ様子で、再度確認を求めてきます。
なにを疑うことがあるのでしょうか?
それを気に留めない風に、わたしは返します。
「本当に止水ですよ。あなたのお名前はなんていうのかなー?」
「ほんとにほんっとに、しすいさま?」
「…………」
三度目。
わたしの質問は無視で、またしても。
こういう一方的な会話って疲れます。
「しつこいですね。本当にわたしが止水ですってば」
年下を相手に、ずいぶんと不機嫌を含んだ言い方をしてしまいました。
しかし少女は、
「わあ!」
裏表のない満面の笑み。
眩しい、その素直さが眩しい。
少女はやっと信じてくれたのか、干し柿みたいにしかめていた顔が、採りたての柿のようにぱあっと明るくなります。
「やっぱりしすいさまだったー!」
ぐぅ、可愛。
「はうぅっ……なんでしょうかこの可愛らしい生き物は……。部屋に持って帰って抱き枕にしたい……」
「んなっ!」
小比奈が大げさな動作とともに、大声をあげて狼狽えます。
「止水さま! その大役は是非ともこの小比奈めに!」
無視しました。
小比奈は、なんというか……わなわなしていますが、わたしはそれを努めて気にしないよう続けます。
「それはそうと、そろそろお名前を教えてくださいな」
「えっとね、ぼくのなまえはね、む……」
「……む?」
「めい!」
小比奈につられてか、少女も大きめの声。
「……むめい? 名無しのごんべえちゃんですか?」
「ちがう、めい!」
「あららこれは失礼。めいちゃんでしたか」
めいちゃんは、こくこく、とうなずきます。
そしてわたしの着物の袖に手を掛け、
「ね、しすいおねーたん! あそぼ!」
ぐいぐいっと引っ張られました。
「んと……そうしたいのは山々なのですが……止水お姉ちゃんは、千代女さまのところにいかなくてはいけないのですよ。それが終わってからでよければ」
不意に、千代女さまへの報告を後にして、めいちゃんと遊びたい衝動にかられました。
しかし、そこはぐっと我慢。
そんなことをしたら後が怖すぎる。
わたしの心情を知ってか知らずか、
「んー、うん! わかった!」
そう聞き分けよく返事をし、
「しすいおねーたん! ぜったいだからねー!」
と、手を振りながら、どこかへいってしまいました。
わたしも手を振り、それを見送ります。
「……あんな可愛らしい子が、道場にいたんですねえ……。帰ってきた甲斐も少しはあったかも」
「ぬぬう……」
「ん? どうかしました、小比奈」
「……強敵が、現れました。小比奈はいま、彼奴を打ち破る策を思案中です」
「…………」
なにを言っているんだか。