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戦国おとぎ語り  作者: 独楽
序 蒼眼の月
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其の肆


 一面、銀色に染まる――すでにわたしの故郷とも呼べるその村は、二年という月日を忘れさせるほど、それは変わり映えのないものでした。

 雪を被った家々。

 その村の景観に人影は見当たりません。

 村とは言ってもそこまでの人数がいるわけでもありませんが……やはり寒いですし、こんな日はお家でのほほんと、温かいお茶をすするほうがいいですよね。

 久しぶりの帰郷なので、わたしとしても、いの一番に村の知人に挨拶くらいはしておきたいものでしたが……しかし残念ながら、今はそんな暇はありません。


「もう! 小比奈が忘れるから――というか重体の人間を忘れるって、それはものすごい神経だと思うのですけど?」


 わたしは愚痴をぐちぐち言います。


「言葉もありません……ですが、止水さまだって忘れていたではありませんか」

「……むぅ」


 痛いところを突かれました。

 それを言われると、わたしも返す言葉もありません。

 小比奈の抱えている男は、もうすでに意識がなく、その命の火は限りなく小さいものになっています。たとえ傷を“止めた”とはいえ、その傷が癒えたわけでは決してなく、予断の許す状態ではありません。

 馬小屋で寒そうに白い息を吐く馬を横目に、わたしたちは道場へとその足を早めました。

 しばらく村を進むと、門が見えてきます。

 それは歩を増すたび次第に大きくなっていき、上部に設けられた看板には≪甲斐信濃二国巫女道修練道場≫の文字。


「……やっと、着いた……」


 わたしたちのお家。

 二年振りということで、感傷に浸りたい気もしますが……やはり、状況がそれを許してはくれません。じんと感動の一つもしたかったのが本音なのですが、そんなこともなく。

 わたしたちはさっと門をくぐり、中に入りました。

 すると、


「……しすい……さま……?」


 茫然と、わたしたちを見る少女……いや、少女達がいました。その姿は皆揃って巫女姿。

 まあ、巫女道場なので当然です。

 納屋の方から焚きを持ってきていたのでしょう。一人がその抱えた焚き木を、ころんと落とします。


「……えっと、ただいま、戻りました」


 我が家だというのに、少し照れくさいのは何故でしょうか。

 わたしの言葉に少女達はわっと駆け寄ってきます。


「止水さま! ああ、止水さま! ご無事なお姿でなによりです。いまお戻りになられたのですか?」

「京はどうでしたか? 本願寺が織田の手に落ちたとの知らせ、止水さまが春先に立たれてから間もなく耳にしましたが――」

「止水さま、積る話もあることでしょう。お茶を用意しますので、ささ、どうぞ中へ」

「なんとお久しゅうございますか止水さま! 長らく帰ってこられないので、私、明けても暮れても止水さまの御身を案じておりました!」

「みんな! 止水さまが、止水さまが戻られましたよ!」

「なな、なっ、なんですとっ!? 今なんと? 止水さまと? 止水さまが戻られたと?」

「ああ、本当に止水さまが! てっきりもう二度と合間見えないと!」

「お久しぶりです! 生きておられたのですね、止水さま!」

「止水さま!」「止水さま!」「止水さま!」――――


「あれ? 止水さま、そのボロ雑巾のような殿方はいったい?」

「……………………」


 あう……。

 道場に戻った途端、後輩巫女達からの猛烈な質問攻めに合いました。

 茫然としていた少女達は、わたしを見るなり騒然と群がり、それの迫力に圧倒されて、わたしは唖然とします。

 なんか後半すごく失礼なこと言われたような気がしますが……、とりあえずボロ雑巾を――じゃなかった。峠で助けた男を後輩に任せます。


「皆、訊きたいこともあると思いますが――とまれ、わたしは千代女さまのとこへと行かねばなりません。土産話はその後に」


 先輩の威厳をかもし出しつつ、わたしはそう言いますが……同時に冷や汗をかかずにはいられません。

 こう見えて後輩からは慕われてたりします、わたし。

 その理由は千代女さまにお目を掛けて頂いているから――というのが一番の理由でしょうか。性格が良いとか、面倒見が良いとか、そういったことではないと思っています。

 しかし、この巫女道場においてそれは結構なことであり、呪術とその他芸が優秀(自分でいうのもなんですが)なこともあってか、後輩からは尊敬と羨望の眼差しで見られまくってるという……。

 正直なところ、人付き合いが疎いわたしにとって、こういうのはちょっぴり辛かったりします……ぶっちゃけると単に苦手なだけなのですが。

 となりにいる小比奈は慕っているわたしがちやほやされて嬉しいのか、どこか上機嫌です。


「あ、そうそう。土産話で思い出しましたが――そういえばありました、ありましたお土産。そんな大したものでもありませんが、京の寺で頂いたお菓子――」


 言って、懐に手を差し入れます。

 後輩たちはお菓子と聞き、「わあ!」と声をあげますが、


「――の包み紙」


 出てきた紙を見るなり、その声色が露骨なまでに一気に下がりました。

 菓子折りつけてとは言いますが、その包み紙だけ出てくるとは思ってもいなかったのでしょう。洒落というか、ちょっとしたお茶目のつもりだったのですが、ここまで落胆されるとは……。

 そもそも、わたしがお菓子をあげるはずなんて、あるはずないに決まってるでしょうに。


「これはご利益のある紙です。ものすごい紙なのです。これで折鶴でも折れば、無病息災間違いなしです」


 と、無理やりな後付けを残し、まるで餌を求める鶏のようにわいわいと集まってきた後輩たちをかわして、その場を後にします。

 旅の疲れがどっと増した気がしました。

 早くお風呂に入ってゆっくりしたいものですが――

 ともかく。

 まずは千代女さまのところへと行かねばなりますまい。



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