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戦国おとぎ語り  作者: 独楽
序 蒼眼の月
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其の弐


 しばらく陽が照らし、目が痛くなるほどに白く眩しい峠道を進みました。

 晴れ空はいいものです。

 人の心がそうであるように、曇っていては陰険な感情が芽生えてしまいます。久しぶりの里帰り――とは言っても故郷ではありませんが――は、こう晴々とあるべきものなのです。うん。

 るんるんと、渓谷の風景を眺めながらの帰郷。

 わたしの中にある好奇心が、はしゃぎ出すのも無理はありません。

 新雪を踏みしめ、未開拓の地を突き進む高揚感。思いついたように冬色を被った木に雪玉を投げつけ、雪を降らします。

 おなかが空いたら持参したご飯を用意。

 透き通るような景色の中、疲れを吹き飛ばすちょっと塩を多めにかけた焼き飯。それをほおばると、思わず笑みがこぼれてしまいます。

 えへ、ご満悦。 

 ふと――わたしは足を止めました。


「んや? これって……」 


 そこにあったのは足跡。

 わたしの進む先についているのですから、もちろん自分でつけたものではありません。

 ……はて、いつの間に?

 そう思い振り返ると、自分の足跡とは違うものが目視では確認できないほど前から付いていたことがわかります。

 見る限り出来てからそう時間も経ってはいないようですが……、こんな年の末に、こんな東山道から外れた峠を歩くモノ好きなんているでしょうか?

 ……あ、わたしか。

 まあ。

 それはさておき。

 冬場が近くなると、旅行商の者はよく見かけます。

 ですが、それも雪が降るまでのあいだで、雪が降ってしまえば大抵の者はおうちでのほほーんと年越しのおそばでも食べながら年を明けるのが普通なのですが……。

 そう思いにふけりながら、足跡をたどるように歩いていると、道に横たわる複数のモノを見つけて私は首を傾げます。


「……?」


 最初はそれがなにかわかりませんでした。

 しかし、それを頭が理解した途端、わたしの背筋にぞくりと寒気が走ります。


「残党……でしょうか……?」


 真っ白な雪を血で赤く染め、道の各所に横たわる三つの亡骸がそこにはありました。まっさらだったであろう雪道は足跡で荒されていて、ところどころに赤い血の跡を残しています。

 倒れる手には刀。

 その風貌を見るに、どうやらただの村人ではなさそうですが……。

 この場でなんらかの事情で争い、そして討たれたのでしょうか?


「…………」


 ごくり、と苦い唾を呑みます。

 不意に出くわした目を背けたくなる凄惨な光景に、るんるんだった気分はどこかへ飛んでいってしまいました。きっとしばらくは帰ってこないことでしょう。


「……と、とにかく、このままにはしておけませんね」


 道端に重なるように倒れる亡骸二つを解き、仰向けにします。もう一つは少しだけ離れたところにあったので、引きずって道端に寄せ、そのとなりに並べました。 

 ぬくもりを失った命は、触れて気持ちのいいものではありません。じんと手に残る重く冷たい感触は、死という現実を無情にも突きつけます。

 むしろ(藁で編んだ簡素な敷物)があればいいのですが……残念ながら、そんなものは持ち合わせていませんでした。

 ならばせめてと、わたしは持っていた外法箱の紺色の風呂敷の包みを解き、箱から護摩木ごまぎを取り出します。見開いた亡骸の目をなで、閉じさせてから頭の脇にそれを置き、火をつけました。

 わたしは雪に正座をし、二拝二拍手をして目を閉じます。


「……『あちめおおお、雨土に来ゆらかすはさゆらかす、神わがも、神こそは来ね聞こゆ来ゆらかす』……」


 立ち上る煙。

 静かに手を重ね、祈祷を捧げます。


「……『さつをらが、もた来たのは弓、おくやまにみかりすらしも、弓のはず見ゆ。ひと、ふ、み、よ、いつ、むう、な、や、ここのたり、ふるべゆらゆらとふるべや』……」


 御霊の鎮めの歌を言い終え、二拝二拍手をし、目を開きます。

 ……わたしがいま出来ることといえば、この程度です。

 諸国を旅をしていると、こういったことも多々あり、あまつさえ巻き込まれることもしばしばあります。

 決して馴れたくなどないのですが……時代が時代ですし、致し方なしと言えばそれまででしょうか。難儀な世の中です。

 しばらくして、わたしは立ち上がります。


「……さて、小比奈?」



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