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戦国おとぎ語り  作者: 独楽
序 蒼眼の月
18/48

其の弐


 巫女舞い。

 それはこの≪甲斐信濃二国巫女道修練道場≫の小正月における伝統的な行事の一つ。

 巫女によって舞われる神楽かぐらをそう呼び、地域によっては巫女神楽とか、八乙女舞やおとめまいとも呼ばれたりします。

 これの元を辿ると、巫女舞いの原点は、降神巫こうしんふによる神がかりの儀式にあったといわれていますが……まあ、これは説明をするとすごく長くなってしますので省略しますね。簡単に言えば、村、兼ねては武田家の今年一年の無病息災、豊作、富国を祈願する為の行事です。


「ようやっと、という感じですね。止水さま」

「ですね。小比奈、今日はわたしの晴れの舞台です。天気はなぜか粉ですが……わたしの勇ましい姿、ちゃんとその眼に焼きつけておくのですよ」


 やってきました。

 いよいよ巫女舞い当日です。

 道場の巫女を代表し、神楽を舞うという大役を任されているわたしは、二十人は乗れるであろう大きな祭壇を前に、先輩風を吹かせていました。

 白衣に緋袴を身にまとったその姿は、誰がどう見ても巫女のそれ(というか、巫女なのですけれどね)。祭儀が開始までまだ一刻ほどの時間はありますが、意気込んだわたしはすでに左手に扇、右手には鈴を構えています。

 やる気十分。準備万端。

 帰って早々にそれを千代女さまに申しつけられてしまった感は否めないですが……任された以上、責任を持ってやり遂げたい。柄にもなくわたしは朝から気合をいれていました。

 それもそのはず。

 この祭儀には道場、村人はもちろんのことですが、隣国の大名、小名、曾根一族が参られるのです。微塵も持ち合わせていない気合いでも、奮わねばなりません。

 これまで散々後手に回ってきたというか、後手後手というか、もう駄目駄目って感じで全く良いところもなかったわたしですが……実は、舞いには自信があります。京での旅でもそうでしたが、戦うのは小比奈のお仕事。その代わりに交渉や調略といった頭脳面、呪術や祈祷といった巫女のお仕事面をわたしは担当してきました。

 ……一応、担当してきました。

 そのつもりです。……多分。

 ですので、戦いにおいてわたしが――言ってしまえば足手まといなのも、それは仕方のないことで。むしろ巫女でありながら、ずば抜けた戦闘能力を持っている小比奈のほうが異端であり、異常なのです。

 忍びと対等以上に渡り合える巫女など、探してもそう見つかるものではありませんし……さらに言えば、芸と武、その両方を兼ね揃えた千代女さまは、稀有……というか、もう有り得ないと言っても過言ではないでしょう。

 とまれかくまれ。

 旅先での巫女は芸者として見られることも多く、実際にその仕事を引き受けることも、少なくありません。わたしもその土地の大名など相手に、舞いや三味線を披露することも多々あり、その度に両手を叩いて賛辞を呈して貰ったのは良い思い出です。(遠い目)

 褒められるのは嬉しくも恥ずかしいものですが……やはり、嫌な気はしません。自画自賛のようで気遅れしますが、わたしの芸能の才は自他ともに認めるほどなのです。

 ですから、つまり。

 これはやっと回ってきた、わたし――止水氷月の汚名挽回の機会、というわけです。


「おおー、立派な祭壇だ。なにか祭りごとでもあるのかな」

「あっ、こ、これは将監さま……と、紗綾? なんか意外な組み合わせですね」


 声に振り向くと峠で拾ったあの男、仁木将監がいました。

 その後ろには、なぜか千代女さまの侍女である紗綾が。二人とも粉を嫌ってか傘を差しています。


「これは止水さま。実は、将監さまが村を回りたいとおっしゃいまして……それで」


 なるほど。

 しかし、付き添う紗綾が、どこかまんざらでもない風なのは気のせいでしょうか?

 紗綾は将監さまの三歩後ろにつき、しとやかな様を装い、火照り赤みを帯びだ顔に微笑を浮かべていました。そこにいつもの紗綾の顔はありません。

 ややっ、これはもしや……乙女の顔では?


「寝てばかりいては身体が鈍って仕方ない。散歩がてら村を案内してもらおうかと思ってな。……しかし、ここはすごい雪だな」

「今年は特にひどいです。散歩とはいっても、寒いだけでなんの目新しさもないところですけど……将監さまの生まれは、このように雪は降らないので?」

「ん、その『さま』というのは……なんというか、馴れないもので、こそばゆい。俺としては将監と呼び捨てて欲しいものなのだが……氷月殿は恩人でもあるわけだし」


 将艦さまは頭を掻きながらそう言います。

 わたしとしては殿方を呼び捨てることが馴れない、というより有り得ないものなのですけれど、それは……。


「ぜ、善処します。あの……しょ、将監は、御身体の方はもうよろしいのでしか?」


 噛んだ語尾を隠すように、持っていた鈴がしゃりんと音を立てます。

 異性は、苦手です。

 それも昨日が初対面(ではありませんが、意識のなかった人に対し、面識があるというのも、それはおかしな話なので)というのもあって尚更です。


「うむ、心配には及ばん。あの程度の傷、飯を食えばすぐに癒えるというものだ!」


 はっはっは、と。

 本人はそれを笑い飛ばしてはいますが……昨日、将監さまは昏睡状態から回復し、実のところまだ一日も経ってはいません。峠での出来事からも、まだ半月といったところです。

 いつか鎌瀬鎌之助が言った――あの男は斬っても死なん、という言葉。

 あのときは比喩というか、ただの戯言だと思っていましたが……実際にその回復力を見せつけられては、わたしもそうだと頷くしかありませんでした。

 この人、どこか身体の構造がおかしいんじゃないでしょうか?


「それより氷月殿――その格好。なかなかに点の高い……これは七年といわず、三年と見るべきかな」

「……はい?」


 点? 三年?

 言葉の意味はわかりませんが、三年というと桃栗三年、柿七年とかその辺りが頭に浮かびました。

 ……あれ? 八年だったかな?


「いや、いい。なんでもない。見るに、どうやら今日はこの地の初神楽か。懐かしいな。俺もよく毘沙門堂びしゃもんどうに初神楽を見に行ったものだが――そう比べると、ここはあそこよりもずいぶんと広いな」

「毘沙門堂……というと、安土の総見寺でしたっけ?」

「おお、知っているのか。そう、まさしく。あそこは境内が狭くていかん。押しかけた人に石垣が崩れ、よく怪我人が出たものだ」

「……それは、大変ですねえ」


 安土。

 言うまでもなく、その地を治めるは織田信長。

 ……やはり、この男はそこに繋がりがあるのか……。

 千代女さまは、この男を監視するでもなく、しばらくは野放しにするようです。その意図こそは測りかねますが、千代女さまのことです。きっとなにか考えがあってのことなのでしょう。


「……おい、男。少しばかり止水さまに馴れ馴れしいのではないか?」

「ん? お前は……」


 小比奈が将監さまにつっかかりました。そういえば小比奈は初対面だったかもしれません。

 もちろん、意識の無い将監さまを抱え、武石峠からここまで運んで来たのは小比奈ですので、初対面というわけではないのですが……わたしと同じく、意識を戻してから初対面ということで。

 将監さまはわたしを命の恩人と、そう思っているようですけれど――それは半分正解といったところ。前にも言ったように、死にかけた将監さまを迅速に運んだのが小比奈なので、いうなれば小比奈こそが将監さまの命を救ったようなものです。

 そんな命の恩人に対し、将監さまの第一声目は、


「……ふむ、ぺったんこだな」

「ん? なにがだ?」

「いや、気にするな。なんでもない。ただの独り言だ」

「ちょっと待て、どういう意味だそれは! なんだその憐れむような目は! よくわからんが侮辱された気分だ!」


 両結びの髪をふりふりと揺らし、小比奈は地団駄を踏みます。

 ……なるほど。三年とはそういう意味か。

 最低ですねこの人。


「小比奈。将監さまは、まだ怪我が治りきっていないのですから。ほどほどにね」


 なだめるように紗綾が言いました。


「……いや、紗綾。その台詞はおかしくないか? それだとまるで小比奈が悪いみたいじゃないか」

「そうは言ってないけど……だって小比奈、言い出したら聞かないし」

「それがいまなんの関係があるのだ! というか、なぜ紗綾はその男の肩を持つ?」


 紗綾の視線がつつーっと下へ、


「べ、別に肩なんて持ってない……小比奈が駄々をこねるから……」

「だ、駄々っ!?」


 小比奈はその言葉が遺憾なのか、わなわなとし始めました。

 なんか、微笑ましい。


「まあまあ、小比奈。落ちつきなさいって」

「駄々なんて……小比奈、駄々なんてこねてないもんっ!」


 小比奈の語尾がおかしくなりました。

 顔を真っ赤に、肩はぷるぷると震えています。


「……もん?」


 ハッとしたように、「駄々なんてこねておらんわ!」と言い直しますが、その失言が消えるはずもなく。

 後輩たちの意外な一面に、わたしは終始頬が緩みっぱなしでした。 




補足。

 今回、呼び方の話題になって止水は「将監」と呼びましたが、実は戦国の時代において、男を下の名で呼ぶようなことは基本的にあり得ないのです。

 例えば大河ドラマとかで「の、信長さまー!」と秀吉らが言いますが……あれ、実際に言ったら多分ブチギレされます。


 というのも、「実名」は、またの名を「いみな」ともいい、これは「呼ぶことを忌み嫌う名」という意味で。

 なぜ呼ぶことを嫌うかというと、実名というものがその人の人格を表す名という意味があったから――だから、それを敬う気持ちから呼ばないことが礼儀とされた、らしいです。呼ぶときは官命で、「弾正」とか。官位によって変わるものなのです。

 武田信玄が真田幸村とかに「御屋形様ーッ!!」って呼ばれるのが良い例?ですね。


 加えて、女性の場合。

 嫁入り前なら○○姫。(○○は幼名)

 嫁いだら嫁ぎ先の城の名や、元いた城の名を冠したものに変わります。例えば、お団子城の城主のところに嫁いだら、お団子殿ってな具合。


 ともあれ。

 作中ではそういうややこしいのは抜きにして、現代風に書いていきたいと思いますので、よろしくお願いしたします。

 


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