傀儡の忍び 其の壱
夢を見ました。
紅蓮に燃える町、赤く染まる空。
鉄砲の音と悲鳴が入り混じり、田は荒らされ、焼かれる家々。
押し寄せる軍勢になぎ払われ、地に伏せる人はその形を一線に崩し――積み重ねられていく屍と、屍と、また屍。
裂けた腹から腸を垂らし、引きずらせながらなお逃げようともがく者――その隣には首元を切られ、皮一枚繋がった首を天に仰がせながら、うつ伏せに倒れる者。地には誰のものかもわからない腕、足が散らばり、身体のどこに収まっていたのかもわからない臓腑が、てらてらと砂利に零れている。
胸を掻き裂くような怒声。
木霊するは身の毛をよだたせる叫び声。
ほんのりと風に香る、鉄の混じった火薬の匂い――戦の匂い。
大地を揺るがす馬の足音は、横たわる屍の頭蓋をその蹄で砕き、散らされた血糊、脳漿を埋めるように、舞いあがった土埃の上からまた血の雨を降らす。
そうして幾多もの骸から流れ出た血は、やがて集い、一つの川となって下へ下へと流れていく――
血華繚乱。
咲き乱れる血の華は余すことなく、到るところにその花弁を散らしていました。
その光景をなんと言葉にすればいいのか……否。
死屍累々、地獄絵図――どんな言葉を並べようとも、その惨状を表せられるとは到底思えません。
わたしは眼下に広がる非現実的な光景に、ただただ恐怖していました。
「――さま」
わたしを呼ぶ声が聞こえました。
振り返ると、そこにはわたしの父さま。その隣には顔の知った男の人、奥には母ではない見知らぬ女性。
父さまはわたしに語りかけます。
しかし、わたしにはその言葉が理解出来ず、涙を流しながら首を横に振り続けました。
そしてわたしは女性に腕を引かれ、父さまと引き離されます。
「父さま! いやです、わたしは……っ」
優しい目でわたしを見送る父さま。
焼け落ちようとするその場――その渦中で、父さまの口元が動き、わたしに何かを言いました。
ですが、やはりその言葉はわたしには届きません。
そしてその場所は焼け落ち、火炎に包まれた柱が、父さまとの間を裂くように倒れ――
夢はそこで途切れます。
目が覚めると、目の前に顔がありました。
小比奈です。
「…………」
「止水さま? だいぶうなされていたようですが、悪い夢でも?」
心配した様子で、わたしを覗き込む小比奈。
わたしはむくりと起き上がり、
「……いえ、大丈夫です。懐かしい夢を……見ていただけです。それよりも小比奈……」
言って、視線を矮躯へと送ります。
小比奈は滝のような汗をかいて、着物はべっとりと濡れていました。
意図を悟ったのか小比奈は、
「あ、これは……早朝の、鍛練の途中で」
と、自分の着物を見て言います。
「小比奈も、お正月くらいゆっくりと身体を休めればいいのに」
「いえ……なんというか、物心ついた頃から欠かさずやっていますし……、逆に怠ると本調子が出ないといいますか……あはは……」
小比奈は苦笑いを浮かべました。
「それはそうと、止水さま。外が大変なことになっています。これには流石の小比奈も驚きました」
「大変、というと?」
「真っ白です」
「…………」
例によってきっぱりと。
こういう説明の足りないところが、なんとも小比奈らしいといえばそうなのですが。
いや……そりゃ、冬ですし……。雪が降ったくらいで、そんな犬っころのように反応していても……というか、帰ってからずっと外は真っ白だったじゃないですか。
と、そう思いつつも口には出さず、わたしはお布団から出ます。
そして戸を開けてみると、
「――って、真っ白っ!」
真っ白でした。
「ね? だから小比奈は言ったじゃないですか。真っ白だって」
「……いや、でもこれ……勢いで真っ白って言っちゃいましたけど、白というより灰色では……?」
昨日までの雪に彩られた真っ白な風景とは打って変わり、そこには灰色に染まる雪景色がありました。
降り注ぐ灰色の雪。
触ってみると、雪……というより……なんだか粉っぽい感じがします。
例えるなら――お化粧で使う白粉のような?
それは雪の比ではないほどに細かく、触れれば白粉のように手にその色を広げます。周囲を見るに、どうやらこれは辺り一帯に万遍無く降り注いでいるようです。
この粉に太陽の光も遮られたのか、いまが朝だと忘れさせるほど、まるで夕方のように薄暗くなっていました。
「こんなものが、空から降ってくるものなのでしょうか……?」
「小比奈にはわかりませんが……降ってきたのですから、降ってくるんじゃないんですか?」
「ですかねぇ……」
小正月、巫女舞い当日。
天気はあいにくの、曇りのち粉、でした。