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戦国おとぎ語り  作者: 独楽
序 蒼眼の月
17/48

傀儡の忍び 其の壱



 夢を見ました。

 紅蓮に燃える町、赤く染まる空。


 鉄砲の音と悲鳴が入り混じり、田は荒らされ、焼かれる家々。

 押し寄せる軍勢になぎ払われ、地に伏せる人はその形を一線に崩し――積み重ねられていく屍と、屍と、また屍。

 裂けた腹から腸を垂らし、引きずらせながらなお逃げようともがく者――その隣には首元を切られ、皮一枚繋がった首を天に仰がせながら、うつ伏せに倒れる者。地には誰のものかもわからない腕、足が散らばり、身体のどこに収まっていたのかもわからない臓腑が、てらてらと砂利に零れている。


 胸を掻き裂くような怒声。

 木霊するは身の毛をよだたせる叫び声。


 ほんのりと風に香る、鉄の混じった火薬の匂い――戦の匂い。

 大地を揺るがす馬の足音は、横たわる屍の頭蓋をその蹄で砕き、散らされた血糊、脳漿を埋めるように、舞いあがった土埃の上からまた血の雨を降らす。

 そうして幾多もの骸から流れ出た血は、やがて集い、一つの川となって下へ下へと流れていく――


 血華繚乱。

 咲き乱れる血の華は余すことなく、到るところにその花弁を散らしていました。


 その光景をなんと言葉にすればいいのか……否。

 死屍累々、地獄絵図――どんな言葉を並べようとも、その惨状を表せられるとは到底思えません。

 わたしは眼下に広がる非現実的な光景に、ただただ恐怖していました。


「――さま」


 わたしを呼ぶ声が聞こえました。

 振り返ると、そこにはわたしの父さま。その隣には顔の知った男の人、奥には母ではない見知らぬ女性。

 父さまはわたしに語りかけます。

 しかし、わたしにはその言葉が理解出来ず、涙を流しながら首を横に振り続けました。

 そしてわたしは女性に腕を引かれ、父さまと引き離されます。


「父さま! いやです、わたしは……っ」


 優しい目でわたしを見送る父さま。

 焼け落ちようとするその場――その渦中で、父さまの口元が動き、わたしに何かを言いました。

 ですが、やはりその言葉はわたしには届きません。

 そしてその場所は焼け落ち、火炎に包まれた柱が、父さまとの間を裂くように倒れ――



 夢はそこで途切れます。

 目が覚めると、目の前に顔がありました。

 小比奈です。


「…………」

「止水さま? だいぶうなされていたようですが、悪い夢でも?」


 心配した様子で、わたしを覗き込む小比奈。

 わたしはむくりと起き上がり、


「……いえ、大丈夫です。懐かしい夢を……見ていただけです。それよりも小比奈……」


 言って、視線を矮躯へと送ります。

 小比奈は滝のような汗をかいて、着物はべっとりと濡れていました。

 意図を悟ったのか小比奈は、


「あ、これは……早朝の、鍛練の途中で」


 と、自分の着物を見て言います。


「小比奈も、お正月くらいゆっくりと身体を休めればいいのに」

「いえ……なんというか、物心ついた頃から欠かさずやっていますし……、逆に怠ると本調子が出ないといいますか……あはは……」


 小比奈は苦笑いを浮かべました。


「それはそうと、止水さま。外が大変なことになっています。これには流石の小比奈も驚きました」

「大変、というと?」

「真っ白です」

「…………」


 例によってきっぱりと。

 こういう説明の足りないところが、なんとも小比奈らしいといえばそうなのですが。

 いや……そりゃ、冬ですし……。雪が降ったくらいで、そんな犬っころのように反応していても……というか、帰ってからずっと外は真っ白だったじゃないですか。

 と、そう思いつつも口には出さず、わたしはお布団から出ます。

 そして戸を開けてみると、


「――って、真っ白っ!」


 真っ白でした。


「ね? だから小比奈は言ったじゃないですか。真っ白だって」

「……いや、でもこれ……勢いで真っ白って言っちゃいましたけど、白というより灰色では……?」


 昨日までの雪に彩られた真っ白な風景とは打って変わり、そこには灰色に染まる雪景色がありました。

 降り注ぐ灰色の雪。

 触ってみると、雪……というより……なんだか粉っぽい感じがします。

 例えるなら――お化粧で使う白粉のような?

 それは雪の比ではないほどに細かく、触れれば白粉のように手にその色を広げます。周囲を見るに、どうやらこれは辺り一帯に万遍無く降り注いでいるようです。

 この粉に太陽の光も遮られたのか、いまが朝だと忘れさせるほど、まるで夕方のように薄暗くなっていました。


「こんなものが、空から降ってくるものなのでしょうか……?」

「小比奈にはわかりませんが……降ってきたのですから、降ってくるんじゃないんですか?」

「ですかねぇ……」


 小正月、巫女舞い当日。

 天気はあいにくの、曇りのち粉、でした。



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